青銅騎士団の証(2)
ぼちぼち続いております。
少し長くなりましたが、お付き合いくださいませ。
翌日のこと。
折角ヴェルサイドの街まで降りてきたので、森に帰る前に仕入れに出かけることにした。
少々懐が暖かくなったので、いつもより質の良い貴石を探してもいいかもしれない。
露店を出していた路地を2本北に上ったところにある通りは、彫金や石工を生業にするものたちが集まっている。
そこには北の鉱山から採れる貴石や、冒険者から買い取った魔石を扱う店もあるのだ。
屋台で買った揚げ麺麭をかじりながら、なじみの店に入ろうとしたところで、後ろから昨日と同じ声で、同じ言葉がかけられた。
「あの、すみません」
間違いない。
昨日、ご主人への贈り物をお求めになったお客様だ。
「先日は当店の品をお買い求めいただき、ありがとうございました」
食べかけの揚げ麺麭をあわてて隠し、昨日のお客様にお礼を述べると、彼女は少し困った顔でごめんなさい、と小さくつぶやいた。
「あの……昨日の品なのですけど」
「はい?」
「お返しさせていただく訳にはまいりませんか?」
まさかの返品である。
「当店の品に、何か不都合がございましたでしょうか?」
「い、いえ、そんなことはないんです!」
うつむいた女性は、申し訳なさそうに昨日の品物の包をもった手をじっと見つめている。
「ただ……主人が、返してこい、と」
「あぁ、旦那さまのお気に召さなかったのですね。
それは残念ですが、仕方のないことでございます」
愛しい人のために贈り物を選んでいた彼女の、昨日のうれしそうな姿との落差が切ない。
奥様の心をくんでやれよ!と、心の中で悪態をつきながら、安全に品物とお金の受け渡しができそうな場所を探す。
「よろしければ我が家までお越しになりませんか?
この通りのすぐ先ですから」
「ご迷惑でなければ、よろこんで」
彼女の屋敷は、下級貴族と商家が入り混じっている、いわゆる「神殿の西」と呼ばれている地区にあった。
ヴェルサイドの街は神殿を中心に、北は領主をはじめとする貴族たちの住む区域で、南に下るほど庶民的な場所になっていく。
神殿の西は、財を損なった没落貴族や、貴族たちを相手に大きな商いをする豪商たちの屋敷、また剣の腕ひとつで騎士の身分を得たばかりのものなどが入り混じっているところだ。
東と南には、いわゆる平民街が広がっているのだが、特に南には街の外から来たものたちの仮住まいが多く、人の入れ替わりが激しい。
たどり着いた彼女の屋敷は古い建物で、調度品や装飾も質素なものだった。
だが、どれも丁寧に扱われているようで、みすぼらしさは感じない。
客間に案内されるままに腰かけると、間もなく執事が紅茶を用意してくれた。
使用人も十分ではないようだが、丁寧に入れられた紅茶はとても美味しかった。
「せっかく譲っていただいたのにごめんなさい」
「いえ、お客さまのお求めに応えきれずに、残念に存じます」
彼女がテーブルに差し出した昨日のアイテムを手に取ってあらためる。
間違いなく私の作ったものだ。
傷も、すりかえもない。
鞄を開け、昨日の売り上げから品代をお返しする。
魔法のほどは自信のあったアイテムだったので、正直なところ非常に残念だ。
「もし、さしつかえなければ、旦那さまが気に召さなかった理由をお教えいただけませんか?」
改良の余地があるなら知っておきたい。
「いえ、決して品物が悪い訳ではないの。
とても素敵な品だったわ。
ただ、主人の出る試合では魔法が禁止だったの。
私がそれを知らなかったのよ。
ごめんなさいね」
「試合?もしかして神殿の奉納試合でしょうか?」
「ええ。」
「では、旦那さまは騎士でいらっしゃるのですね」
「そうよ。去年叙されたばかりなのだけれど」
彼女の話をまとめるとこうだ。
この屋敷の旦那様……つまり彼女の夫は、私の住む森よりずっと西にある王都で、ある貴族の私兵としてなかなかの功績を立てていたらしい。
だが、王都はいまだに古い階級社会で、どれだけ剣の腕が立っても平民が身分を得ることはむつかしい。
そのために、王都より良い条件の仕官先を探して、剣の街ヴェルサイドにやってきたところで、奥様と出会い、恋におちた。
奥様は、今は落ちぶれているが由緒のある貴族の出自だったので、その夫たるもの、最低騎士号くらいはもっていないと釣り合わない、と考えた旦那様は、昨年の青銅騎士団の入団試験に挑み、その実力を認められ、騎士に叙されたのだ。
ヴェルサイドには4つの騎士団がある。
神殿直轄の白銅騎士団、ヴェルサイドの領主配下にある黄銅騎士団と青銅騎士団、そして王都から駐留している炎銀騎士団だ。
中でも領主が叙任権を持つ騎士団の1つ、青銅騎士団は、平民が騎士号を得るための門戸が開かれている。
ヴェルサイドでは、たとえ平民であっても、強さと、それにふさわしい精神性を持つものであれば、騎士号を得ることは夢ではないのだ。
また、王都と違い、少なくともこの街では、階級を超えて剣の技術が高く評価される。
騎士団も階級でいえば、炎銀、白銅、黄銅、青銅の順に高位とされているが、それはヴェルサイドでは絶対的な価値ではない。
ここでは、強くて(騎士道的に)正しいものが偉い。
シンプルなルールである。
それを最も体現しているのが神殿の奉納試合だ。
これは、新しく騎士号を得たものたちが剣聖ヴェルグドルの前で、己が騎士にふさわしいものであることを明かすために行われる神事である。
奉納試合は、神籤によって対戦が組まれるため、階級や所属の枠を越えて戦うことになるのだが、それがヴェルサイドの気風ともあいまって、毎年多くの観戦者でにぎわうのだ。
この屋敷の旦那様も、多分に漏れず今年の奉納試合に参加するのだが、怪我を心配した奥様が、旦那様に防御魔法を使えるアイテムを贈ったところ、魔法の使用はルール違反だったという訳だ。
奉納試合は一生に一度しか参加できず、騎士としての人生を送るものが公に評価される最初の場でもある。
どうしても力が入りすぎて、例年怪我をするものも多い。
奥様の心配する気持ちは痛いほどわかるが、こればかりは仕方がない。
そんな試合で魔法に頼ったとなれば、それこそ騎士の名折れになるだろう。
今度から奉納試合の近い時期に扱う商品には気を付けよう。
奥様のお話をうかがっているうちに、気が付けば陽がかたむきかけていた。
と、間もなく旦那様が戻られたので、それと入れ替わるように私はお屋敷からおいとますることにする。
旦那様はこちらを一瞥すると、お忙しそうにすぐにお部屋に向かわれてしまったようだ。
まぁ、こちらから挨拶ができるほどの立場でもないし、理由もない。
屋敷をあとにして、段平通りに戻った時にはすっかり陽が落ちていたので、私はもう一日ヴェルサイドで宿を探すことになった。
この時間になると、賄いつきの宿はどこもいっぱいだ。
私が段平通りから離れたところにある木賃宿を見つけた頃には、すっかり夜も深まっていた。
かじりかけの揚げ麺麭が、この日の夕食になった。
毎日、20時の更新を目指してがんばります。