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六仙花の珠水

八仙花とは紫陽花の古語です。

この世界では六仙花としましたが、雨に濡れた艶やかな紫陽花を、年中愛でることができればいいなぁと思う今日この頃です。


少し長くなりましたが、この一話で完結しております。


梅雨の合間にお楽しみいただければ幸いです。


 ――――――――――

 アイテム名:六仙花の珠水

 効果:VIT+2

 水無月の雨は生命の泉

 六仙花の蓄えた珠水が、大地を生きる全てのものを育む。

 恵の雨。豊穣の約束。

 ――――――――――


  挿絵(By みてみん)


 六仙花ろくせんかは、古来「水の器」と呼ばれ、水の精霊の力を宿す性質をもっている。


 六仙花は、実はそれほど珍しい植物ではない。

 雨が多く降る土地の崖の上、川沿いの村にある土手など、四季の移り変わりと水が豊かな場所であれば、どこにでも見ることができる。


 また、六仙花には面白い特性があって、咲いている土地の魔力属性によって花の色が変化する。

 六仙花自身は水の属性の配下にあり、普段は青緑色の花を咲かせるのだが、わずかでも火属性の魔力が宿る土地に育つと、その花は美しい紫色に染まるのだ。


 そんなありふれた六仙花が、雨季になるとその花の中に水の精霊の力を宿し、万物を育む珠水の器となることを知る者は少ない。


 それなりの領主がそれなりに土地を治め、それなりに治水が進んでいる今の大陸では、遠い時代に人と水の精霊とが交わした古い約束を覚えているのは、一部の遊牧民と、辺境に住む魔法使い、そして歴史書ばかりを眺めている魔導院の魔導師くらいなものだろう。


 ここから先は、ある辺境の村に住む呪師まじないしに聞いた話になる。


 まだ、精神と物質、人と精霊との境界があいまいだった時代。

 火の精霊が歩けば大地が焼け、水の精霊が行けば、その地が川になる。

 精霊が大地や空を自由に闊歩する単純シンプル混沌カオスな時代、人は弱きものとして精霊たちの狭間で、なんとかその営みを続けていた。


 ある村に、フランという青年がいた。

 やせた土地を耕し、ほそぼそと農耕を営む小さな村にフランは暮らしていた。


 ある日、フランがいつもどおり岩と礫だらけの粗末な畑を耕していた時のこと。

 水の精霊が一体、突然の雨をひき連れて空から落ちてきた。


 フランの住む村から山をひとつ超えたところにある平原は、精霊たちが激しく入り乱れる場所で、そこで精霊たちは意味もなく大地を己の色に染めあっていた。

 精霊たちの娯楽ともなぐさみともつかぬそれは、人の目には炎と水、大地と風とが争い、この地の覇権を得るために激しく戦っているかのように写り、人はただそれにまきこまれぬよう、身を隠すようにこの村で暮らしていた。


 落ちてきた水の精霊は、おそらくその平原からやってきたのだろう。


 フランが見たそれ・・は、美しい人の姿をしていた。

 水のように透けた肌と流れる川のような髪をもつそれ・・に、フランはそっと近づくと、おそるおそる手を触れて、その肢体をゆすった。


 それ・・は目を覚まし、目の前にいた人間の男を見た。

 なんだろう?この生き物は。

 妖精スプライトよりも魔力が小さく、穴鬼トロールより力が弱い。

 そういえば、ヒトという生き物がいると聞いたことがある。

 これがそれだろうか。


 だが、先程から自分に向けられているささやかな力は、どこか心地が良い。


 水の精霊は、人間の男……フランに興味をもった。


 それから水の精霊は、しばしばフランの元を訪れた。

 フランはそれ・・を、畏敬と慎ましやかな愛情をもって迎えた。


 だが、水の精霊が現れるたびに村は大雨に襲われ、畑は洪水に流された。

 それ・・が気まぐれにフランの元を訪れるたびに、村には大きな水害がでたのだ。


 フランはそれ・・に、どうか人を蹂躙せぬよう、その力をおさめてくれるよう願った。

 水の精霊は、人の村のことはどうでもよかったが、フランを困らせたくはなかったので、彼の畑の側に生えている六仙花を見つけ、それを依り代とすることにした。


 六仙花は水の精霊の器となり、その力を受け止めた。

 水の精霊がフランのもとを訪れるたびに六仙花が咲き、いつしか、村の到るところに六仙花が育つようになった。

 また、六仙花に宿った精霊の力は村をうるおし、実りと豊穣をもたらした。

 最初はそれ・・を恐れていた村人も、いつしかフランに倣い、敬いをもってそれを受け入れるようになった。


 ある日のこと、精霊たちのたわむれに決着がついた。

 山を越えた先にある平原は炎の精霊のものとなり、ほかの精霊たちは新しい遊び場をもとめて去っていった。


 炎の精霊の配下におかれた土地は、日を追うごとに乾き、フランの村もまた少しずつ乾きはじめた。


 フランと村人たちは、きまぐれな水の精霊の訪れを心待ちにするようになった。



 が、その年の夏、それは村を一度も訪れることはなく、干ばつで作物が育たなくなった人々は飢えた。



 次の年も、それは村に現れず、飢えと渇きで幾つもの魂が失われた。



 また次の年の春、それ・・は、ようやくフランの元に姿を現した。


 それ・・が連れてきた雨は、乾いた大地をうるおし、灼の暑さと渇きに耐えていた植物の種が精霊の力を宿した水で一斉に芽吹いた。

 それを見たフランと村人はそれ・・に、どうかこの地にとどまってくれるよう懇願した。


 だが、ここはすでに炎の精霊の配下にあり、それ・・にとっては決して居心地の良いところではなかった。

 今日も、炎の精霊にちょっかいをかけたときに深追いしすぎて、彼らの領土に入り込んでしまい、またまたこの場所を思い出しただけのことだった。

 それ・・は、村のことはどうでもよかったが、フランの願いの中にある、自分に会いたいという純粋な気持ちが心地よかったので、気が向いたらまた会いにきてやっても良いと思った。


 フランは、それ・・がきまぐれな性質たちのものであることを良く知っていたので、留まることができぬなら、次に会うための手段を与えてほしいと切に願った。


 それ・・は少し躊躇したが、フランが自分の前にひざまずき、つま先にそっとくちづけたことに心を良くして、彼に1つの約束を与えた。


『おまえに私の真の名を教えよう。

 わたしの力を真に必要とするとき、六仙花の前でわたしの名を呼ぶがいい。

 その求めが真であれば、わたしはそれに応えよう』


 それ以来、フランの村は水に困ることはなくなった。


 フランは心のありようが正しい人だったので、水の精霊の力を、みだりに使うことはなかった。

 その名をむやみに呼ぶことなく、ただ村の発展のためにその名を呼んだ。


 かわりに、フランはそれ・・に会いたいと思うときには、名を呼ぶ代わりに、六仙花に語りかけることにした。


『あなたのおかげで今年も小麦が実り、その穂が夕日で黄金色に輝いています。

 あなたにもこの景色を見てもらいたい』


『羊が仔を産みました。

 とても元気な仔ですが、右の目が見えないようで心配です。

 でも、毎日あなたの恵みの水で目を洗っているので、きっとよくなるでしょう』


 やがて平原は砂漠になったが、彼の村は水と緑にあふれ、年中六仙花の咲く美しいオアシスの街となった。


 そして時が流れて、フランは老い、その魂が還るときが近づいてきた。

 それまで、むやみにそれ・・の名前を呼ぶことを戒めていたフランだったが、最後にもう一度だけ、あの美しい水の精霊に会いたいと強く願い、その名を呼んだ。


 フランの呼びかけに水の精霊は応え、部屋の窓からみえる六仙花の上に、優しい雨とともに現れた。


 それ・・は、いままでフランが六仙花にささやいていた言葉を、すべて聞いていた。

 そして、フランが毎日のように語り掛ける小さな日常の出来事や、ささやかな喜びによって、それ・・は、人の営みや、人の世のことわりを知るものとなっていた。


 水の精霊は、人には命の終わりがあり、今、フランがその時にあることを理解していた。


『いくら私を呼んでも、おまえの命を救うことはできぬぞ』


「いえ、そのようなことは願っておりません。

 最後に、この地に実りと恵みをもたらしてくれたあなたに、お礼と感謝を伝えたかったのです。

 あなたが力を貸してくれたのは、ほんのきまぐれだったかもしれない。

 ですが、そのおかげで人々は飢えることがなくなり、村は街となりました。

 本当に感謝しているのです」


『おまえの心地よい崇拝の対価に、望みを1つかなえてやろう。

 なんなら私がおまえの足に、くちづけてやってもよいぞ』


 いたずらに笑うそれ・・にフランは言った。


「力ある方よ。

 私がいなくなった後も、どうか人に力をお貸しください。

 もう、二度と渇きと飢えで人が死ぬことのないよう、この街をあなたの力でお守りください」


『いいだろう。

 私はこれから毎年、この季節にここを訪れ、雨を降らせよう。

 私の力を宿した六仙花が命を育み、おまえの街に実りをもたらすだろう』


 その答えを耳にしたフランは、安堵し、心からの感謝を水の精霊にささげた。


「ありがとうございます。

 これでもう思い残すことはありません。

 最後に、もう一度あなたに会えてよかった。 『       』 」


 フランは、水の精霊の名を呼ぶと、その顔に笑みを浮かべて静かに息をひきとった。


 その手の中には、雨に濡れた一枝の六仙花があったと伝えられている。


 --- ◆ ---


 これは、世に名高いオアシスの街の開祖、フランツ王の物語だ。


 知られている伝説では、フランツ王はそのおおいなる力で水の精霊を使役し、砂漠に街を造ったと伝えている。

 また、この話は精霊魔法の歴史書の序文にも記されており、人がはじめて精霊を使役した事例とされている。

 だが、これは、あくまでもフランツ王の威光と偉大な魔力によるもので、普遍的な魔法としての研究対象にはなりえないと結論づけられているために、今となってはこれを深く掘り下げる魔導師はほとんどいない。


 優しい農夫と水の精霊とが交わした古い約束は、権威主義的な歴史に埋もれ、六仙花に秘められた力も、今なお厳しい土地に生きる人々が細々と伝えるのみとなっている。


 雨上がりの六仙花があのように美しいのは、その身に水の精霊の力を宿しているからだ。


 その力をこぼさぬように……魔導を修めるものだけの秘密の方法で封じ込めたものが、この耳飾りの材料となる。


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 ええ、これから砂漠に向かわれるのでしたら、この耳飾りはお客様の旅にぴったりのお品かと存じます。


 水の街……いえ、いまでは立派なオアシスの国でしょうか、砂漠の旅では必ず立ち寄ることになりましょうから、その折には是非フランツ王の廟をごらんになってくださいませ。

 なんでも水の精霊の祝福を受けて、1年中六仙花の咲くとても美しい廟とのことですよ。


 それでは、こちらの品をお買い上げですね。

 旅からお戻りになられたら、またこちらにも是非お立ち寄りくださいませ。


 当店をご利用いただき、誠にありがとうございました。


 お客様にどうぞ良き風が吹きますように。



  挿絵(By みてみん)


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 アイテム名:六仙花の珠水

 効果:VIT+2

 水無月の雨は生命の泉

 六仙花の蓄えた珠水が、大地を生きる全てのものを育む。

 恵の雨。豊穣の約束。

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最後までお読みいただきありがとうございました。


雨上がりの紫陽花を見た時に、こんなお話もあったなぁと思い出していただければ嬉しく思います。


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