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村一番の狩人の証(4)

通勤時間が短くなれば、その分テキストを書く時間が生まれることをこの歳になって実感しております。

 

遠巻きに様子をうかがっていた残りの四頭は、銀鼠色の狼が動かなくなったことを知ると、一匹、また一匹と静かに姿を消してゆく。


 どうやら、もうエレ=ミアを襲う意思はないらしい。


 安堵したエレ=ミアが、獲物のロアを背負おうとしたところに、アダンが駆け寄ってきた。


 これは、自分の危機を救ってくれたアダンとの素敵なロマンスがはじまるのかと、少々下世話な期待をしたのだが……。

 彼女を心配して駆け寄ってきたアダンに、エレ=ミアは、大きくひとつ平手打ちをぶちかました。


 それまでエレ=ミアの死を覚悟して静まり返っていた広場の空気が一変し、緊張が一気に解かれた。

 エレ=ミアの目に映るアダンのキョトンとした姿に、オルテの村中が大きな声をあげて笑っている。

 みんな張りつめていた糸が切れたのだろう、エレ=ミアの母は涙を流しながらも笑いが止まらないようだ。


 焔の中では、まだアダンとエレ=ミアが何かを言い争っているようだが、アダンがロアを担ぎ上げると、エレ=ミアはしぶしぶとその後ろにつき、ようやく二人はオルテの村までの帰路についたようだった。


 アダンとエレ=ミアがオルテの広場に戻ったのは、ずいぶんと日が高くなってからのことだ。

 あの距離を獲物をかついで戻ったことを考えると、それでも十分に早い時間だといえるだろう。


 最後の獲物と参加者たちが戻り、ついに感謝祭への捧げものと、村一番の狩人を決める時がきた。

 村に戻ったばかりのアダンとエレ=ミアは担いできた獲物の血でドロドロに汚れているが、本人たちも含めて誰もそれを気にする様子はない。


 捧げられるべき獲物を決めるのは、森の意思だ。

 祭のはじまりと同じように、広場に6人の参加者が並び、その前に村長のアダ=ァランとアダ=リェルが立つ。

 6人それぞれの篝火の前に、それぞれの獲物が吊るされている。


 今年の獲物は、


 ボア(猪)が七頭。

 ドー(鹿)が八頭。

 キジに似た美しい尾羽を持つ鳥が二羽。


 そして、ロア(狼)が一頭。


「これですべての獲物と狩人がそろった」


 アダ=ァランが宣言する。


「では、復活祭の捧げものに最もふさわしい獲物がいずれかを森に問うが、その前に、エレ=ミア!」

「はい!」

「このロアには、アダンの矢が刺さっているが、お前の獲物で間違いはないか?」

「その狼は、私がこの剣で仕留めたものです」

「森に誓ってか?」

「森に誓います」


 エレ=ミアはどこか悔しそうな顔を浮かべながらも、この狼が自分の獲物であるとはっきりと主張した。


「次に、アダンに問う」

「……はい」

「このロアにはおまえの矢が刺さっているが、おまえの獲物ではないのか?」

「いいえ、それはエレ=ミアの獲物でございます」

「この狼はエレ=ミアのものであって、おまえの獲物ではないのだな?」

「私のものではございません」

「森に誓ってか?」

「森に誓って」


 アダンも、きっぱりとこの獲物がエレ=ミアのものであることを認めた。


 これは正しい判断だ。

 アダンはすでに三頭の獲物を狩っている。

 ここで、アダンがこのロアを自分のものだと主張すれば、その時点で四頭目を狩る禁を犯したことになるからだ。

 しかし、本来なら英雄扱いでも良いはずのアダンは、どことなく申し訳なさそうである。


「すべての獲物の所有に、一点の争いもないことが明かされた。それでは、森の託宣を!」


 アダ=ァランの声に従い、アダ=リェルが前に進み出て祈りを捧げる。

 彼女がすべての獲物に森を祝福を乞うと、その祈りに応えるように、穏やかな光が広場をとりかこむ。


 その光が、突如風にまかれるように集まったかと思うと、一匹の魔獣に姿を変えた。

 それは、はるか古に種を絶ったとされている、獅子に似た魔獣のようだった。


 光に輝くそれは、ぐるりと優雅に広場をひとまわりすると、銀鼠の毛皮をもつロアの前で立ち止まる。

 オルテの村人たちが固唾をのんで見守る中で、魔獣はその場でほどけるように光に戻り、そのまま狼の中に吸い込まれていった。


「森の託宣が下った!」


 アダ=ァランが、厳かに、それでいてひときわ大きな声で宣言する。


「この年の村一番の狩人は、エレ=ミアとする!」


 わぁっ!と広場が歓声につつまれた。


「エレ=ミア!」

「ミア!ミア!」


 広場は、割れそうなほどに彼女を称賛する声で満たされた。


 ここからは村中をあげて獲物の解体と、今夜の宴の準備がはじまる。

 復活祭の狩りの獲物は、これから訪れる厳しい冬を越すための貴重な食糧になる。

 村人は総出で解体にあたり、肉は塩漬けや燻製に、毛皮はなめして交易品として見栄えのするように整える。


 そして、復活祭の捧げものに選ばれた狼は、選ばれたエレ=ミア自身がさばく習わしだ。

 丁寧に毛皮を剥いだあと、真っ直ぐに腹を裂くと、そこから魔石が3つこぼれおちた。


 魔石は親指ほどの大きさで、魔獣の爪のように先が尖っている。

 これはえらばれた獲物からしか得られないもので、その色や数は年によってさまざまだ。


 今年とれた魔石は3つ。

 深い泉のような青をしたものが1つと、トパーズのような蜂蜜色のものが2つ。


 村一番の狩人となった者は、その中から1つを選び、身に着けることを許される。

 魔石には森の魔力が宿っており、身に着けるものに、狩りを助ける力を与えてくれるからだ。


 エレ=ミアはその中から、一番大きい蜂蜜色のものを選ぶと、これでお願い、と私に差し出した。


「夜の宴には間に合わせるわね」

「たのむ」


 彼女から託された魔石を、私は装備品として加工する。


 流れる水で魔石を清め、通し穴をつくり、蝋引き色を編みながら魔力の流れを整え、皮紐で首飾りとして仕立てあげるのだ。


 魔石に宿る魔力は魔獣のように荒々しいけれど、とても清らかで、そして強い。


 それは、本当に強く美しいエレ=ミアの胸元を飾るに、ふさわしい魔石だった。


次のお話でこのエピソードは完結する予定です。

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