村一番の狩人の証(3)
ぼちぼち続いておりまする~
狩りの成果である獲物が運び込まれると、血抜きのために頭を下にして広場に吊るされる。
この時、獲物に刺さった矢は抜いてはならない。
誰がしとめたものか、最後まであきらかにするためだ。
夜明けまであと一刻というところだろうか。
広場には次々と獲物が運び込まれており、すでに三頭の獲物を狩って村へと戻っているものも出始めている。
エレ=ミアはまだ、東の沢を抜けて、さらに奥にある深い谷間で1頭の狼を追っていた。
さきほどから何度か矢を射かけているのだが、狼は上手くその身をかわし、いまだに仕留められずにいる。
エレ=ミアの追っている狼は、夜目にもわかるほど美しい銀鼠色の毛皮を持っており、復活祭の捧げものとして申し分のないものだ。
彼女はこの狼をしとめて、一番の狩人の栄誉を得るつもりなのだろう。
狼とおいかけっこを続けていたエレ=ミアは、開けた谷の突きあたりでようやく獲物を追い詰めたようだ。
十分な間合を維持したまま、弓をかまえる。
と、エレ=ミアは何かに気が付いたように突然振り返った。
そこには新たな狼が、いまにもエレ=ミアに飛びかかろうと身構えているではないか。
エレ=ミアは素早く身をひるがえし、二頭が視界にはいる位置まで走りだそうとした。
が、その先にはまた別の狼が一頭、まるでエレ=ミアを待ち構えていたかのように静かに立っていた。
「かこまれてるぞ!」
広場がざわつきはじめる。
「誰か助けに……」
「間に合うわけがないだろう!」
「ミア!ミア!」
事態を把握したものたちが増え、騒ぎが広がっていく。
狼はもとより頭の良い動物だ。
複数頭で群れをつくり、仲間で協力して狩りをすることもある。
谷の奥に追い詰めたつもりが、追い詰められていたのはエレ=ミアの方だ。
焔ごしに見るかぎりでも、少なくとも五頭の狼が、エレ=ミアを取り囲もうとしている。
狩るものと狩られるものが入れかわったのだ。
エレ=ミアが弓を構えるそぶりをみせると、右にいる狼が襲い掛かろうと走り寄ってくる。
あわててそちらに弓を向けると、今度は後ろにいたものが走り寄り、それを牽制しようと向きをかえれば、また死角となったところから別の一頭がエレ=ミアに近づいてくるのだ。
じわりじわりと狼たちは距離を詰めてきた。
これだけ迫られては、もう弓は役にたたない。
ついにエレ=ミアは弓を手放し、小剣をかまえた。
一瞬でも隙を見せれば、五頭の狼の餌食になる。
あれだけ騒がしかった広場は静まりかえり、みな、息をつめてことの成り行きを見守っている。
この開けた場所の入り口まで戻ることができればエレ=ミアにも勝機はある。
ただし、そこまで逃げきれればの話だが。
エレ=ミアは、一縷の望みをかけてもと来た道を戻ろうと駆け出した。
背後から2頭の狼がエレ=ミアに迫る。
と、エレ=ミアと狼との間に、1条の矢が突き刺さった。
一瞬だが、狼たちが怯んだ。
その隙を逃さないよう、エレ=ミアは足を止めずに走り続けている。
エレ=ミアの進む先から、狼たちを制するために次々と矢が放たれる。
アダンだ。
彼の篝火に、エレ=ミアとそれを追う狼の姿が映っている。
アダンの矢は、エレ=ミアをかすめるかと思うほどの近さで放たれている。
が、彼女はそれを恐れる様子もなく、ただ矢の飛んでくる方を目指して走り続けている。
あと少しで谷の狭窄部、つまり狼に囲まれた場所から抜け出せると思ったその時。
エレ=ミアが追っていた銀鼠色の狼が、ひときわ速度をあげて彼女に近づいてきた。
逃げきれない!
次の瞬間、これまでは動きを牽制しながらも、決して狼自身には当たっていなかったアダンの矢が、狼の左目に突き刺さった。
狼は痛みのあまりだろうか、エレ=ミアを追うのをやめ、その場で狂ったように暴れだした。
血を流しながら頭を振りまわしたかと思えば、岩に体をぶつけだしたりと全く動きが読めない。
この隙にエレ=ミアは十分逃げ切れる。
そう安堵した矢先、今度は彼女が予想もつかない行動に出た。
エレ=ミアは足を止め、小剣を構えると我を忘れて暴れている銀鼠狼に体当たりしたのだ。
体当たりの衝撃で、狼はどぅっと横に倒れた。
その脇腹にはエレ=ミアの小剣が深く突き刺さっている。
が、腹の傷ではすぐに命を奪うことはできない。
エレ=ミアは起き上がろうとする銀鼠狼の上に乗りかかりとどめを刺そうとしたが、強い力で跳ねのけられてしまった。
立ち上がった狼にむかって、エレ=ミアはもう一度体当たりをした。
今度は低い位置から突き上げるように小剣を腹にえぐり込む。
倒れた狼は口から血の混じった白い泡を吐きながら、それでもまだ息絶えることなくあがき続けている。
エレ=ミアは背後から狼にのしかかり、前足を膝で抑え込むと、心臓に向けて小剣を引き寄せるように突き刺した。
最後までもがき暴れていた狼だったが、彼女が三度、小剣をひねったところでついに息絶えた。
もうちょっとかかりそうです。




