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思慕の頸飾(黄昏市場のオークションに向けて)

大変ご無沙汰しております。

魔導装具取扱店か~まの店(時々Michelの館)という屋号で、アクセサリー製作:販売をおこなっております、か~まいんと申します。

普段は製作したアクセサリーに、装備効果とフレーバーテキストを添付しているのですが、今回は2024年11月9日に開催される 【黄昏市場 -TwilightMarkeT-】のオークションに出品するアイテムのお話を語らせていただきたきました。

待ち遠しい黄昏市場当日までの慰みにでもお目通しいただければ幸いです。

遠方の皆様におかれては、単独の読み物として少しでもお楽しみいただければ幸いです。



 ――――――――――

 アイテム名:思慕の頸飾

 効   果:詳細不明、愛する人を思う思念が残されている

 ある商人が貴族の令嬢に贈った求婚の首飾り。

 当時は首飾の絢爛さゆえに金で爵位を売ったのではないかと無責任な噂が飛び交ったが、実態は仲睦ましく幸せな結婚だったと言われている。

 揃の耳飾は現在行方不明。

 ――――――――――

挿絵(By みてみん)


 ルゥが初めてその令嬢と出会ったのはヴェルサイドの神殿でのことだ。


 その日は貴族たちが神殿へ供物を捧げる祭日で、ヴェルサイドの街中から階位を問わず多くの貴族が神殿を訪れていた。

 彼らはいかにも信仰深いそぶりで、金貨の山に気の利いた施物を添えた盆を捧げ持つ従者を引き連れて、己の財と神への信仰を見せつけるように神殿の中へ進んでいく。


 ルゥはヴェルサイドの街にある商会の長男で、物心がついた頃から父の後について商売を学んでいた。

 この日、父親に連れられて神殿にやってきたのは、市井に向けて売り渡される貴族の婦人たちの作った刺繍やレース(まぁ、そのほとんどはお抱えのお針子たちの作なのだが)などを仕入れるためだ。

 彼女たちの夫が直接的な財を誇るように、夫人たちは自ら手間と時間をかけることでその信仰を示し、その売り上げを神殿へ喜捨することがこの街では慣例となっている。

 そしてそれらの品は質の割に安価で売られているため、商機に明るいルゥの父は以前から仕入れの良い機会としていたのだ。


「ルゥ、お前も十歳になったのだから、そろそろ目利ができるようになっただろう」

 そういって父は銀貨の入った袋をルゥに手渡した。

 ルゥが袋を開けると、中には真新しい銀貨がきっちりと二十枚入っていた。

「この金で、お前が良いと思った品を買ってきなさい。わかっているだろうが、自分が欲しいものではなく、売れると思うものを買うのだよ」

 ルゥは小さくうなずくと、神殿の鐘が三つ鳴ったらこの場所に戻る約束をして、広場へと駆け出して行った。


 広場では貴族の婦人たちが洒落たテーブルを召使に運ばせ、備え付けた日傘(パラソル)に光沢のあるリボンを飾り付けていた。

 その上に彼女たちが刺繍した(ことになっている)ハンカチやレースの敷物などが美しく並べられていく。

 中には、バターをたっぷり使った焼菓子や、香ばしく炒った乾果を使ったタルトなどを置いているものもあった。


 ルゥは商会の長男として教育を受けてきたので、父から預かったお金を自分の為に使うことはなかったが、虹のように艶やかな蜂蜜飴を見つけたときには、それを我慢するには並々ならぬ自制心が必要だった。


 ルゥは子どもの素早い足で、まずは広場を一周見て回った。

 ヴェルサイドは剣士と騎士の街で、神殿に祀られているのは剣聖ヴェルグドル。

 そのためだろうか、刺繍に使われている意匠も剣や盾をモチーフにしたもの、また鷹やグリフォンなど勇ましいものが多いようだ。


 二周めは1つ1つのテーブルを丁寧に見て回った。

 だが、ルゥにはまだ刺繍の巧拙は良くわからなかった。

 色糸で剣や幻獣の描かれた手巾はどれも同じように格好よく見えたし、ビーズを使った少しばかり豪華で、価値のあるように見えたものは、ルゥが買い求める前に売り切れてしまっていた。


 三周めにはルゥはすっかり疲れてしまって、もう、どれでもよいので適当なものを買うのと、良い物がなかったと何も買わずにおくのとの、どちらが父に怒られずにすむだろうかと考え始めていた。

 とぼとぼと歩くルゥだったが、ある机の前で、他とは少し毛色の違う刺繍の文様が目にはいった。

 それは、枝になった赤い木の実や、紫色の花をつけたハーブなど、これといって何の変哲もない草花をモチーフにした手巾だった。 

 よく見てみると、刺繍されている布も他のものと少し違う。

 それらは流行りの薄手の光沢のあるものとは異なり、太めの撚糸で織られたやわらかな布で、少々古めかしさはあるがそれがかえって草木のモチーフと上手く合っているようで、ルゥの目にはとても良いものに見えた。

 テーブルの前には、ルゥと同じ年くらいの令嬢が静かに座っている。

 彼女の母らしき婦人は、隣のテーブルの婦人との話に夢中で、ルゥの事に気が付がついていないようだ。

 貴族同士が話しているところに声をかけても良いものか、ルゥが思案しているうちに、仲の良い婦人同士はテーブルを離れ、どこかに立ち去ってしまった。

 ルゥは少し考えたあと、思い切って目の前の令嬢に声をかけてみることにした。

「あの、すみません。こちらの品物はいくらですか?」

 令嬢はちらりとルゥを一瞥すると、

「別に……いくらでもいいわ」

 と、何の興味もなさそうに答えた。


『いいかい?ルゥ。 相手が自分から値段を言い出さない時は、こちらも簡単に金額を伝えてはいけないよ』


 父の教えがルゥの頭に響く。

 ルゥは、この令嬢がどうすれば値段を教えてくれるか、一生懸命考えながら言葉を紡いだ。

「僕は貴族の方ほど良いものを見る機会がありませんが、それでもこちらはとても素敵な品だと思います。 僕はこのハンカチが欲しいのですが、あなたにいくら払えばいいのか本当にわからないのです」


 上品に編み上げた金の髪を揺らしながら令嬢が椅子から立ち上がった。

 陽の光を受けた彼女の髪はキラキラと輝き、それはまるでさっき見た虹色の蜂蜜飴のようだった。


「本当に……いくらでもいいのよ。だって、いくらで売れたって結局は全部神殿に渡しちゃうんだもの」

 どこか拗ねたように令嬢が話すと同時に、ルゥは くぅ~、と腹の鳴る音を聞いた。

 令嬢は、自分のお腹が鳴ったことに気が付くとあわてて椅子に座りなおし、恥ずかしそうにルゥから顔を背けた。


 気まずい沈黙のあと、先に口を開いたのは令嬢の方だった。

「だって、お母様ったら私が刺した刺繍を全部持ってくるんだもの。 本当ならアリーに頼んで街で売ってもらって、そのお金でやわらかいパンとチーズを買うつもりだったのよ! それなのにお母様ったら見栄ばかりはって!」

 話しているうちに気持ちが高ぶってきのか、令嬢は涙を堪えて小さく震えている。

 その貴族の令嬢らしからぬ姿に追い打ちをかけるように、彼女の腹が再びくぅ、と鳴った。

 恥ずかしさと情けなさでいっぱいになった令嬢は、背中をまるめ、人目をはばかることもなくただ涙を流している。


 ルゥは、広場から一目散に『だんぴら通り』(※神殿広場から南にまっすぐ伸びたヴェルサイドの商業街)に向かって走り出した。

 そして馴染みの店から、まだ暖かいやわらかなパンと、ルゥの顔ほどもある丸いチーズ、それからしっかりと身の詰まった腸詰を買うと、来た時と同じ勢いで広場に引き返していった。

 袋の中の銀貨は、10枚になっていた。


 戻る途中で、ルゥはさっきの蜂蜜飴を一瓶買い、こっそりと肩掛けの鞄にしまった。

 銀貨の残りは6枚になった。


 慌てて戻ったルゥの前には、目をはらした令嬢とそれに寄り添うメイドの姿があった。

「エメリアさま、そんなに泣いてはお化粧が崩れてしまいますわ」

 メイドはエメリアという令嬢の頬にそっとハンカチをあてている。

 彼女の母である婦人はまだ戻っていないようだ。

 ルゥは息を切らしながら、エメリアと呼ばれていた令嬢に話しかけた。

「すみ……ません。 これ、で、そこにある刺繍のハンカチを……全部……いただけませんか?」

 声に驚いて振りむいた令嬢とメイドは、ルゥの姿を見ると、先程まで泣いていたのが嘘のように顔を見合わせて笑い出した。

 二人の目の前には、右手にパン籠、左手には自分の顔ほどもあるチーズを抱え、さらには腸詰を首飾りのようにかけた少年が、大汗をかき、息を切らしながら立っていたのだ。

 なまじルゥの身なりがきちんと整っていたものだから、そのことが一層のおかしさを増していた。


 ひとしきり笑った後で、メイドがルゥに話しかけた。

「笑ってごめんなさいね。 とてもうれしい申し出なのだけれど、ここの売り上げは神殿に寄進することになっているのは知っているかしら?」

「はい、知っています。 でも街ではお金以外でも物を交換できるのですが、ここではだめなのですか?」

 メイドは少し困った顔をしてルゥを見た。

 本当はルゥの申し出に飛びつきたい気持ちでいっぱいなのだが、貴族に仕える者の矜持としてなんとかそれを抑えている。

 もともと彼女の主人であるエメリアが作った刺繍は、彼女がこっそりと街の商人に売り払い、いくばくかの生活の足しにするつもりだったものが、子爵夫人の命でこの場に並べられることになったのだ。


 アリーはヴェルサイドの子爵家に雇われているメイドだ。

 子爵に一人娘のエメリアが生まれたときから、彼女の傍仕えとして子爵家に奉公している。

 子爵家は歴史のある銘家だが、エメリアの祖父の代に王都の砂糖相場に手を出して、その財の多くを失った。

 商才のない祖父が亡くなった後、エメリアの両親は歴史のある子爵家の名誉を守ることだけに心を砕き、社交会での品格の維持のために、残り少ない財をただただ食いつぶしている。

 子爵家で給金の支払いが滞りだしてからは辞めていく使用人も増えたが、昔から子爵家に仕えているものたちの中には、これまでの恩義と最低限保障されている食事のために、屋敷に残っている者もいる。

 アリーもその中の一人だが、彼女の給金も実は半年前から支払われていない。

 ただ、幼い時からずっと仕えてきたエメリアから簡単に離れる気になれず、いまだに彼女の傍仕えとして勤めている。


「ところであなたは、どちらのご子息なの? 」

「あ、失礼しました」

 ルゥは息を整え、姿勢を正すとあらためて目の前の令嬢……エメリアとそのメイドのアリーに貴族に対する礼をとった。

「はじめまして。 僕は、ルゥといいます。 父はトラス商会の会頭で、僕はその商会で見習をしています」

 商人の子と名乗るルゥの礼儀正しい姿は、エメリアとアリーの好感を得るには十分だった。

「さきほどはハンカチのお値段を教えていただけなかったので、お金ではなくお嬢様の欲しい物を持ってくれば交換してもらえると思ったのですが、ダメでしょうか?」

 その言葉にアリーはエメリアの方を見た。

 自分の主人はこの少年に、貴族の矜持を捨ててパンが欲しいと伝えたのだろうか。

「あの……ごめんなさい。 僕は相手が欲しいものをもってくるのが商人の基本だと習ったのですが、お気に召しませんでしたか?」

 心配そうに見上げるルゥに声をかけたのはエメリアだった。

「あなた、私のためにパンやこんな大きなチーズを持ってきてくれたのでしょう? いいわ。 全部交換してあげる」

「お嬢様! それでは奥様に叱られます! 」

「いいのよ。 アリー」

 エメリアはやんわりとアリーを制すると、テーブルの上の刺繍をすべて集め、ルゥに差し出した。

「ありがとうございます! 」

 受取ろうとしたルゥは自分がまだパンとチーズを抱えたままだったことを思い出し、あわててそれらのすべてをメイドのアリーに手渡した。

 もちろん、ソーセージの首飾りも忘れてはいない。

 かわりにエメリアから受け取ったハンカチを肩掛けの鞄に大切にしまうと、ルゥはもう一度姿勢を正し、笑顔で『ありがとうございます』と言いながら貴族に対する正しい礼をとった。


「さて、奥様にはなんと言い訳をしましょう? 」

 アリーは困り顔を浮かべながらも、受け取ったパンやチーズから目が離せずにいる。

「私からお母様にお話するわ。 神殿に喜捨するよりずっと良かったんですもの」

 そう言いながらもエメリアの表情はどこか重い。

 刺繍をすべて物と交換し、喜捨するお金がないことで婦人からどのような叱責を受けるか。

 それを考えると、目の前のおいしそうなパンでさえ、どこか色あせて見えた。


「あの、僕のもってきた品物では満足いただけませんでしたか?」

 ルゥはまだ立ち去らずに、その場にいた。

「いいえ、そんなことはないわ。 美味しそうなパンにチーズ、それにソーセージまで。 本当に嬉しくてよ」

「でも、お嬢様は笑っていません」

「え?」

「……どういう意味かしら?」

「父が言っていました。 商売は相手も自分も笑って終わらないといけないって。 どちらかが悲しい顔で終わるのは、本当はよくない取引だって」

「そう……あなたのお父様はとても良い商人なのね」

「はい、僕の自慢の父です。 今日僕は父に初めて仕入れを任されました。 だから、僕の初めてのお客さまが悲しい顔で終わるのは嫌なのです」

 真っ直ぐにエメリアの目を見ながら力強く訴えるルゥの手には、皮袋と小さな瓶があった。

「あと、僕が出せるのはこれだけです。 これでお嬢様にご満足いただけますか?」

 ルゥは革袋から取り出した銀貨を6枚と、蜂蜜飴の瓶をテーブルの上に置いた。

 瓶の中の蜂蜜飴は、エメリアの髪と同じようにキラキラと輝いていた。


 すると、どうしたことか、今度はルゥのお腹がグゥ~と大きな音をたてて鳴った。

 ルゥはあわてて自分の腹を手で押さえたが、美しい貴族の令嬢の前でのことに、恥ずかしさでいっぱいになった。

 その様子を見たエメリアとアリーは、お互いの顔を見合わせると、再び声を抑えながら大きく笑った。


「ありがとう、小さな商人さん。 それじゃこちらは対価としていただくわ」

 エメリアは蜂蜜飴の瓶を指さすと、アリーにその封を切らせた。

 そうして中から虹のように光る飴を一つ取り出すと、テーブルから身を乗り出し、ルゥの口に放り込んだ。

 蜂蜜飴はとろけるような甘さの中にふわりとした柑橘の香りあって、ルゥがこれまでに食べた飴菓子の中でとびきりで、いちばんの味だった。


 エメリアとアリーも蜂蜜飴を一つずつ手にとり、それを口にいれた途端に笑みが浮かんだ。

 蜂蜜飴を食べながら、三人はいろんな話をした。

 ルゥの父は蜂蜜飴より蜂蜜酒(ミードの方が好きなこと。

 エメリアの刺繍したハンカチは、実は祖母のドレスをほどいて作ったこと。

 アリーがハンカチに刺繍した剣を同室のメイドに見せたところ、あまりにも目が不ぞろいで蛇と間違えられたこと。

 売り物にならなかったそのハンカチは、今アリー自身が大事につかっていること。


 そうしているうちに教会の鐘が三つ鳴り、ルゥは二人に礼を言うと、あわただしく父の元へ戻っていった。

 蜂蜜飴の瓶はすっかり空になっていた。


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 トラス商会の会頭に就任したばかりのルゥエリンが子爵家の令嬢であるエメリアに求婚した、という噂がヴェルサイドの街中をかけめぐった。

 トラス商会はある時期から貴族とのつながりを強めて、近年ではヴェルサイドの街で一二を争う大きな商会として急成長してきた店だ。

 商会の跡取り息子であるルゥエリンは、誠実なだけでなく、貴族の心の機微を読んで細かい所まで気が回ると評判の人物で、彼の元には王都の大店の娘や、下級貴族の令嬢から日々見合い話が山のように寄せられているという。

 そのルゥエリンが若くして会頭を引き継いだ直後、件の求婚話が飛び出したものだから、ヴェルサイドの街では社交界から下町の酒場までこの話でもちきりになったのだ。


 少壮気鋭の好青年とはいえ、商人の方から子爵の令嬢に求婚するとはいかがなものか。

 いや、あの子爵家はもう何年も前から金に困っていたはずだから、娘を売ってでもトラス商会の財力が欲しいのだろう。

 トラス商会も勢いのあるこの時期に貴族相手の商売を広げたいのだろうが、よりによって古いだけがとりえの、あの子爵家とねぇ。

 金に困った子爵家の足元を見ての求婚だろう。誠実そうに見えてあの息子もなかなかやり手じゃないか。

 さてさて、プライドだけは高いあの子爵家がそう簡単に求婚を受けるものかね。


 街には無責任な噂や憶測が飛び交い、挙句の果てにはこの婚姻が成立するか否か賭け事を行う者まで現れる始末だ。

 ヴェルサイドの商人の中には、商談にかこつけて直接トラス商会に求婚の結末を訊ねた者もいたが、ルゥエリンはもとより、トラス商会の者達はみな微笑んで話をはぐらかすばかりである。


 そんなある日のこと。

 この年も神殿へ供物を捧げる祭日がやってきた。

 例年にたがわずあまたの貴族が神殿を訪れ、剣聖ヴェルグドルへの捧げものを携えて、歩みを進めている。


 その中で、ひときわ目立つ令嬢がいた。

 今、話題の人物、子爵家のエメリア嬢である。

 この日のために新調したのであろうか、質の良いドレスを身にまとい、しずしずを足を進める彼女の首には、一見清楚にみえるが貴石や魔石が豪奢にちりばめられた大振りの頸飾があり、虹のような輝きを放っていた。

 パリュールとして揃えられたのであろうか、また彼女の耳飾も同じように陽の光を受け虹色に輝き、それはエメリアの美しさはもちろん、子爵家の品位を誇っているかのようであった。


 次に衆目を集めたのは、エメリアの後ろに立つ青年、トラス商会のルゥエリンだ。

 ルゥエリンの品よくまとめられた上下の揃いには、エメリアの首飾と合わせたスカーフ止めが付けられており、また、さりげなく商会の意匠が縫い取られたハンカチが胸にあしらわれている。

 そして、彼が捧げ持つ子爵家の盆には、貴石のちりばめられた小箱いっぱいに詰められた大金貨と、美しい硝子の瓶に詰められた蜂蜜飴が一瓶。


 二人の姿を見た街中の者が、ルゥエリンの求婚は受け入れられ、トラス商会と子爵家の間に婚約の成ったことを知った。


 ルゥエリンとエメリアの結婚式はヴェルサイドの街を挙げて盛大に行われた。

 二人の結婚にやれ身分違いだ、子爵家は金に目がくらんだのだ、などと噂する者もいたが、ルゥエリンとエメリアの仲睦ましい姿を見た者たちの耳には、そういった口さがない言葉は届かなかった。

 ルゥエリンは求婚の際に、あの時一緒に食べた蜂蜜飴のように虹色に輝く頸飾と、それにあわせた耳飾をエメリアに贈ったのだという。

 そのお返しとして、エメリアは、トラス商会の意匠を刺繍したハンカチを贈ったのだが、ルゥエリンはそれをとても大切にし、大きな商談の際には彼女の刺繍したハンカチをいつも身に着けていたという。


 二人の婚姻の後、トラス商会と子爵家は大いに栄え、やがてヴェルサイドの街を離れて王都で栄華を誇ることになる。

 五人の息子と二人の娘に恵まれたルゥエリンとエメリアは、幸せな人生を送ったと伝えられている。


 だが、二人の死後、五人の息子と二人の娘たちとの間で遺産の相続をめぐって諍いが起こった。

 この時代、長子がすべての財を相続することが習いではあったが、次男が『子爵家は兄が継げばよいが、商会はこれまで一番商売に携わってきた自分が誰よりも詳しいのだから、兄に代わって継いでやろう』と口にしたことを切っ掛けに、他の兄弟たちも商会の持つ権利をそれぞれに主張しはじめたのだ。

 ルゥエリンとエメリアの元ではあれほど仲睦ましかった兄弟たちの関係は、みるみる険悪になっていった。

 お家騒動を抱えたトラス商会の勢いに陰りが見えるとともに、これまで商会の財をもって貴族社会に影響力を得ていた子爵家も、同じように傾いていった。


 ルゥエリンとエメリアの子供たちの代までは、なんとかその体裁を保っていたトラス商会と子爵家であったが、孫の代には王都でもヴェルサイドでもその名が人々の口にあがることは無くなっていた。

 噂ではトラス商会は王都の大店にすべての権利を安く買い叩かれて、解散になったという。

 また、子爵家はエメリアの幼少期以上に困窮を深め、爵位を返上したということであった。


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 はい、こちらの「思慕の頸飾」、今は無きトラス商会のルゥエリンが子爵令嬢に贈ったものに相違ないかと存じます。

 え?なぜそのようなことが分かるのかって?

 お客様がお疑いになる気持ちは大変良くわかります。

 ですが、ヴェルサイドの商業ギルドに古い肖像画が残されておりまして。

 ええ、そうです、お見込みのとおり、エメリア嬢とルゥエリン氏の結婚式を描いたものでございます。

 その肖像画でエメリア嬢が身に着けている頸飾とこちらの品、ほら、全く同じでございましょう?

 それに、これだけ大きな魔石をとりつけた頸飾、なかなか市場に出ることはございません。

 故あって手にいれたこちらの頸飾ですが、流石にこれだけの品を当店の棚先で眠らせておくにはあまりにももったいないことですから、今回ウエストグロウで開催されるオークションに出すことになった次第でございます。

 お客様も黄昏市場のためにウエストグロウに向かうということでしたら、オークションの当日には、実物を間近でご覧いただくこともできましょう。

 いえいえ、無理にとは申しません。

 是非ともその目でご覧いただき、もし、お客様のお目に叶う品でありましたらならば、是非オークションでの楽しみとしていただければ幸いに存じます。


 それでは、ウエストグロウでお客様と再びお会いできますことを、心より楽しみにしております。

 その日までどうぞ、お客様に良き風が吹きますように。

黄昏市場にお見えになる皆様におかれては、ウエストグロウの町でお目にかかれるのを楽しみにしております。

また、こんな更新までの時間がアレなテキストを楽しんでいただいている皆様には、心よりの感謝を。


追記:この首飾りですが、オークションで某宗教団体の教祖様が落札されました

   教祖様のご威光を示す一助となれば幸いです

   こころ優しき教義を布教する際のよき友になりますように

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