忘れられた鎖鎧の記憶(2)
今回は、ひとつめの話からずいぶんと時間が経った後のお話になります。
ようやく主人公の出番がやってきました。
お楽しみいただければ幸いです。
「この先ですか?」
「ええ、もう少しで見えますよ」
心底うんざりとした顔で、建築師のフェネルが私の前を歩く。
街道から、森の奥に伸びた緩やかな坂の先にある開けた土地。
使われていない古い村だろうか。
すでにほとんどの建物は壊され、整地が進んでいる中で、ぽつりと一件、古びた家が残っている。
「あの家です」
「……普通の家に見えますね」
「ですが、この家を解体しようとした大工が、もう、三人も怪我をしてるんです。斧で自分の足を切ったり、折れた鋸の刃が飛んできたり」
「それは大変でしたね」
「そのせいで、滅んだ村の呪いだ! とか言い出す奴が出てきましてね。もう、魔法使いの手をお借りしないと、収まりがつかないのです」
「大工の方々は、古い風習や伝統をとても大事にされますから」
「ええ、まったく。迷信を信じすぎるのも困ったものです」
私の姿を遠巻きに見ている大工たちに、フェネルが声を張り上げた。
「おい! 偉い魔法使い様にきてもらったぞ! 今からきちんと呪いを祓ってもらうから、お前たちは仕事に戻れ! 」
こちらを気にしながらも、しぶしぶと方々に散っていく大工たちを眺めながら、フェネルは大きくため息をついた。
「そうそう、もし、この家に何の問題が無くても、適当に何かを祓うフリだけはやっていただくようにお願いします」
「と、いいますと?」
「『何もなかった』と、いうだけでは、彼らは納得しませんから」
「なるほど」
フェネルの言う通りだ。
大工たちが本当に怯えているのは呪いなんかじゃない。
自分が呪われるかもしれないという、根拠のない不安だ。
本当に呪いがあるかどうかなんて、彼らにとっては実はどうでもいい。
ただ、自分が呪われないという安心が欲しいだけなのだ。
逆を言えば、呪いがありませんでした。といっても納得しない。
それが事実であってもだ。
「呪いがあってもなくても、まぁ、私には本当にそんなものがあるかどうかはわかりませんが、何かそれらしい儀式を見せていただければ十分です。それで大工たちは安心して仕事をしてくれますから。 ……おっと、これは魔法使いの方には失礼でしたか」
「いえ、逆です。フェネルさんにはとても感服いたしました」
「と、いいますと?」
「魔法を学んでいないフェネルさんが、呪いの本質を理解されていることにです」
「それはお褒めいただいた、と喜んでよいのでしょうか? まぁ、とにかくなんでもよろしいので、呪いとやらを祓ってやってください。呪いの有無にかかわらず、きちんとお約束の対価はお支払いします」
フェネルはなかなかの現実主義者のようだが、職人たちの心を把握するすべを心得ている。
こういう人物は、客としては悪くない。
「フェネルさんは、呪いを信じていらっしゃらないのですか? 」
「信じる信じないというより、呪いより恐ろしいものがあるだけですよ」
「と、いいますと? 」
「私は来年の夏までにここに別荘と庭園を造らなければ、首を刎ねられますから」
……たしかに、それは呪いよりよほど恐ろしい。
他愛のない話をしながら歩いていると、ほどなく件の家の前に着いた。
重ねた板の上に白い土を塗り固めた三角屋根、小さな張り出しのついた玄関。
雪が多いこの地方の伝統的な形の家だ。
張り出し屋根を支える柱に、まだ新しい傷がある。
おそらく解体のために斧を入れた痕だろう。
「外から見るかぎりは、特に呪いの類は感じませんが……。中に入っても? 」
「ええ、お願いします」
フェネルが扉に手をかけると、ギィ、と、錆びついた蝶番がきしんだ。
家の中には、朽ちた机と椅子があり、そちらも砂と埃にまみれている。
だが、あたりを良く見回すと、内装や家具の傷みと比べて、家の躯体そのものの傷みは少ない。
丁寧に掃除をすれば、いまでも住めるのではないだろうか。
部屋の奥へと足をすすめると、灰色の床のうえに私の軌跡がくっきりと残る。
あたりを見回し、軽く魔力を走らせると、暖炉の方から強い力を感じる。
まっすぐに居間の中央にある暖炉に近づくと、灰の中にある不自然なかたまりが目にとまった。
灰まみれのかたまりを軽く手ではらうと、その下に幾重にも重ねられた鎖が現れた。
力の出どころは、これのようである。
「何かしら? これ。悪いものではなさそうだけど」
思い切って手にとってみると、鎖が擦れて、シャラリと美しい音をたてた。
どうやら古い鎖鎧のようだ。
流石におもてに晒されていた部分は傷んでいるが、内側はまだ十分に金属の光沢を残している。
しかも丁寧なことに、鎧の裾にはこの地方に伝わる古い守り石がいくつもあしらわれており、そちらもほとんどが割れずに元の姿をとどめている。
……大切にされていたのだろう。
いや、それ以上にこの鎖鎧を身に着けていた者が大事にされていたのだろうか。
この鎧からは、朽ちてなお、ただ『護る』という強い意志だけが伝わってくる。
なるほど、これが原因で間違いないだろう。
この鎖鎧は護るべき主の亡きあと、その代わりに主の家を護りつづけていたという訳だ。
……これは上手く還してあげないと、下手に未練を残すと本当に呪いになっちゃうわ。
早速、鎖鎧に宿っている力を昇華し、還してやろうとして、ふと、思いとどまる。
『これ、何かを護りたいっていうのなら、護らせてやればいいんじゃないかしらん?』
「フェネルさん」
「はい、いかがでしたか? 」
「この家の呪いの正体がわかりました」
「なんと! それはよかった! それでは早速祓っていただけますか? 」
「いえ、それには少し準備が必要です。 と、その前にお伺いしたいのですが、この現場に関わる職人は何人ですか?」
「私が直接雇い入れているのは八人ですが、弟子を連れてきている者もいるようでして、……実際に出入りしているものは十二~三人といったところでしょうか」
ふむ、それくらいの数ならなんとかなる。
「わかりました。 それでは明日の朝、大工のみなさんをここに集めてもらうことはできますか? 」
「ええ、このくらいの時間なら、全員ここに来ているでしょうから、可能ですが」
「お願いします。その場でみなさんの心配を祓ってしまいましょう」
「……わかりました。よろしくたのみます」
フェネルに、明日またここに来てもらうよう頼んで、私は今夜、この家で過ごすことにした。
あたりに散らばっている廃材を集め、砂だらけの暖炉に火を入れ、雑草を束ねたほうきで床の埃を掃きだしたところに厚手の外套を敷けば、一夜だけなら十分に快適な寝床の完成である。
日が落ちるまでは作業の邪魔にならない程度にあたりをうろつき、何人かの大工と話をした。
呪いは、大工たちの間ではかなりの信憑性をもって語られているようだ。
私がうっかり今夜あの家に泊まるのだと話したところ、あそこには魔法使いが一晩がかりで祓わねばならないほどの恐ろしい呪いがあるのだと、また勝手な噂が広まってしまった。
……まぁ、仕方がない。
日が落ち、人の気配が消えた時間。
私は先程の鎖鎧をひろげて、持ち歩いている細工道具を取り出すと、鎧から一条の鎖を切り離す。
複雑に編まれた金属の環に、パチリ、パチリと刃を入れるたび、鎧の声が聞こえた。
……マモれなかっタ
……護リたかッた
……まもッタ
……マモらナケレば
……マモル
……マモル
元来、鎧は人を護るためにつくられるものだ。
己を身に纏うものを護ろうとするものは、鎧自身がもつあたりまえの性質だ。
だが、この鎧は、ただ主を護るだけでなく、護れなかったことを後悔しつづけている。
きっとこの鎧の主は皆に愛され、この鎧はその主を護ることを強く望まれ続けていたのだろう。
その人々の強い望みや思いが、護るべき主を無くしたこの鎧を今も縛りつけている。
見方を変えれば、呪われているのはこの鎧のほうだ。
善意の人々の言葉に、この鎧は呪われているのだ。
そして『人々の望み』に縛られた鎧は、今なお自ら朽ちることを許さず、ここに在りつづけている。
いいよ。
おまえは何かを護り続けることでしか在りえないのなら。
だったら、私がおまえに護るものを与えてやろう。
主を護れなかったという後悔を、贖う機会を与えてあげよう。
1つずつ丁寧に守り石をはずし、鎧から切り離した鎖に結びなおす。
私の手から、ひとつ、またひとつ、と、素朴な御護が生まれる。
そして空が白む頃までには、十分な数の御護ができあがった。
今回もお読みいただきありがとうございました。
このお話は次回で完結する予定です。
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