青銅騎士団の証(15(最終))
少し長くなりましたが、このお話はここで完結になります。
二コラとリカルド様との対戦は最後の試合になる。
それまでの3組の試合も盛り上がってはいたのだが、それぞれの騎士達の実力はヴェルサイドでは広く知られており、おおかたその予想を外れぬ結果となっていた。
神殿の前でかけ札を売り買いする賭博師にとっては、さぞかしつまらぬ試合だったろう。
だが、次の試合は違う。
平民から叙され、わずか1年足らずで副団長の地位についた二コラ。
王都において近年勢力を伸ばしているアルター伯爵家の嫡子リカルド。
ここ数年、負け知らずの炎銀に、今年こそは青銅が一矢報いるのではないか。
カードが決まったときから、そんな期待と下馬評が闘技場中に渦巻いている。
賭博師たちの予想は炎銀のリカルド様が有利だが、期待をこめて二コラに賭けるものも多いようだ。
二コラとルカルド様が闘技場に入ってきた。
試合の前に2人は剣聖ヴェルグドルの像の前で、これまでの己の剣の研鑽を捧げるとともに、これからの騎士として正しくあることを誓って祈る。
両者が向かい合い、互いに騎士の礼をとる。
試合の一挙一動を見逃すまいと静まり返る闘技場に、両者! はじめ! の号令が響いた。
だが、剣を構えたまま、2人は動かない。
ただ、じり、じり、とお互いの出方をうかがいながら距離をつめている。
互いの剣の切っ先が触れた瞬間、二コラは一気に柄まで剣をたわめて切りかかろうとした。
それを受けたリカルド様はくるりと剣を巻き、その切先をかわす。
間髪をおかず上段から切りかかる二コラの剣をリカルド様が横から叩くように反らしたあと、切先の向きを変えずそのまま突こうとしたところを、今度は二コラが剣の根本でたたき返す。
戦場で腕を叩き上げてきた二コラと、貴族の嫡子として剣術を学んできたリカルド様。
己の属する騎士団の名誉にかけて、卓越した剣技が闘技場で交錯する。
誰もが息をのみ、2人の剣技にみとれている中で、私はただ1人魔力の流れを視ている。
二コラとリカルド様。
彼ら自身がもっている固有の魔力にあわせて、揺れうごく2つの力。
リカルド様の耳飾りから流れるのは、護りの力。
彼の体を取り巻くように、静かにおだやかに流れている。
二コラの耳飾りから流れるのは、穿つ力。
二コラ自身のもつ魔力……武に心得のあるものなら、闘気といったものに見えるそれと混じりあい、二コラの体から彼の振るう剣の先にいたるまで巡っている。
二コラが再び上段から切りかかる。
それを丸盾で受けようと左腕を上げたリカルド様の脇に、二コラの剣が円を描くように回り込む。
見事なフェイントだ。
避けきれなかったリカルド様に、二コラの剣がヒットした。
よろめきながらも後ろに距離をとるリカルド様の顔に苦悶が浮かんでいる。
よし!剣が入っている!
魔力の流れもそれを示している。
二コラの剣先がまとう魔力が、リカルド様を包む魔力を激しく乱しているのが見える。
二コラは腰に剣を構えたまま、距離を詰めようと前に出る。
それを再び丸盾で受け流そうとしたリカルド様だが、さきほどのダメージが入っているのだろう、うまく盾を支えきれずに、腕をはじかれてしまった。
隙を与えずに追撃する二コラの口元に、嗤いが浮かんでいる。
いつも困ったように笑う男が、己の勝ちを確信し、笑みを浮かべている。
腕をはじかれた勢いで体の崩れたリカルド様の胸に、二コラの突きが真正面から入る。
そのままどうっ、と、真後ろに倒れるリカルド様。
リカルド様が立ち上がる前に、二コラはその喉元に静かに剣を突き付けた。
「それまでっ! 勝者! 青銅騎士団二コラ!」
二コラの勝利を宣言する声に、闘技場中が沸いた。
それは二コラを勝利を祝するものはもちろんだが、炎銀に勝った青銅騎士団を讃えるもの、勝敗を超えて二コラとリカルド様の剣技を褒めるものなど、みな、それぞれの思いのままに声をあげ、この試合を讃えている。
ゲオルグ様は周囲にあわせて拍手をおくっているが、まだ結果を受け入れられないのだろう、その様はどこか虚ろだ。
ルイス様の方も今は言葉を語ることなく、闘技場の方を見つめてただ拍手を送っている。
周囲の貴族たちは、2つの騎士団の長のどちらに先に声をかけるべきかを図りかね、ただ遠巻きに様子をうかがっているようだ。
さて、シャーロットとしてはどうふるまうべきだろうか。
悩んだ私は、目立たぬように不機嫌を装って椅子に座り込むことにした。
心の中では二コラに喝采を送りながら。
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奉納試合の翌日。
羊の炙り肉に後ろ髪をひかれながら、驢馬の胃袋亭を引きはらう。
宿を立つことを伝えると、おかみさんが土産にもっていきな、と、強い酒と蜜のしみこんだ揚げ麺麭を油紙につつんでくれた。
宿を出た足で、私はルイス様のお屋敷に向かった。
昨日、お屋敷でシャーロットから解放されたときに、明日必ずお屋敷に立ち寄る様にルイス様に命じられていたからだ。
まぁ、こちらも今回の対価をきっちり頂戴しなければならないので都合のよい話である。
馬車ではあっという間のルイス様のお屋敷だが、歩くとそれなりの時間がかかってしまった。
お屋敷の使用人は、馬車にも乗らず訪ねてきた私に戸惑いながらも、ルイス様の客人として部屋に案内してくれた。
「よう! 遅かったな!」
案内された客間には先客の二コラがいた。
「昨日はおめでとう」
「おぅ! お前のおかげで勝つことができた!」
「いえ、あなたが強いから勝ったのよ。
私は同じ条件で戦えるようにしただけだもの」
「いや、お前の耳飾りがなければ、勝つことができなかったのは事実だ。
本当に感謝している。
と、礼をいう前に、実はお前に謝りたいことがある……」
突然何を言い出すのだろう。
二コラは、ばつが悪そうに頭をかきながらこちらを見ている。
「実は、お前から耳飾りを受け取った後、俺は南の街道に甲虫の魔物を狩りに行く冒険者に交じって街の外に出たんだ」
「試合の前によくそんな無茶なことをしたわね!」
何を考えているのだ、この男は。
ルイス様にも普段通り過ごせと言われていたはずだろうに。
「俺なりに考えあってのことだ。
先に言っておこう。お前の耳飾りは文句のつけようのない働きをした」
それは昨日の試合を見ていればわかる。
私の作った耳飾りは、二コラの求めに応えたはずだ。
「耳飾りの力が本物かどうかを試すため、俺は甲虫の魔物と剣で戦った。
知っているだろうが、甲虫の魔物の殻は固く、普通の剣では傷をつけることも難しい。
魔法で焼いて弱らせてから、腹の柔らかいところを突くのが定石だ。
だが、おまえの耳飾りを身に着けただけで、これまで俺が一度も貫くことができなかった奴の殻を一撃で穿つことができた。
たしかに俺は本気で剣を振るってはいた、が、たったの一撃だぞ! その時の俺の驚きがわかるか?」
何度も言うが、当たり前だ。
そういう能力付与をほどこしたのだから。
「それがその耳飾り……私の店で扱う魔導装具品の力よ」
「正直に話をするが、俺はあの耳飾りを身に着けたときに、何の力も感じることができなかった。
あの時、俺はまたあの占い小道にた屯する詐欺師の類にだまされたのか、と、お前のことを疑った。
それを謝りたかったのだ。
お前はお前の力で十分な働きをしてくれたのに、本当にすまなかった。
奉納試合でも、あの耳飾りのおかげでいままで剣が通らなかった炎銀の奴らに、俺の剣が通じた。
本当に感謝しているのだ。
改めて礼を言う。ありがとう」
私に深々と頭を下げる二コラ。
騎士様が一介の魔法使いにこんなに簡単に頭を下げていいのか?
本当に律儀なことだ。
「どういたしまして。と言いたいところだけど、仕事の結果にご満足をいただけたのなら、言葉だけでなく、きちんと対価をいただかないとね」
わざとそっけなく二コラに言葉を返す。
この後、正当な対価さえもらえれば今回の仕事はおしまいだ。
騎士様のと契約も、終わりにさしかかっているのだ。
不本意に巻き込まれた仕事だったが、結果として得たものも多かった。
あとは対価の支払いが終われば、もうこちらから騎士や貴族と関わることもないだろう。
「その対価なんだがなぁ……」
二コラはさっきから頭をかいてばかりいる。
「さっきからお前に謝ることばかりなのだが、他のものでは駄目だろうか?」
「他のもの?」
そもそも、二コラとは仕事を手伝う約束はしたが、具体的な対価についてはまだ何の取り決めもしていない。
一体何のことを話しているのだ?
「一度約束したことを反故にするのは、騎士としてあるまじきことだとはわかっている。だが、恥ずかしながら、俺はやはり自分の命が惜しいのだ」
……はい?
「儂からも頼みたい」
どこから話を聞いていたのか、ルイス様は部屋に入ってくるなり口を開いた。
「二コラはこれでも有能な男でな。青銅騎士団にはまだ必要な人材なのだ」
それはよくわかる。
「お前がどうしても騎士の心臓を求めるのなら、大きな声では言えぬが、他の騎士のものを用意させよう。それで手を打たぬか?」
耳元でルイス様がそっとささやく。
「それはダメだ! ルイス様!」
「なぜだ? 儂はお前をここで死なせる訳にはいかん」
「確かに俺も命は惜しいが、他の騎士を犠牲にするのは間違っている!」
……
……あはは
…………あはは……あははははははははは!
突然笑い出した私に、二コラとルイス様は言い争いをやめて、不思議そうにこちらを見ている。
こんなに笑ったのは何年ぶりだろうか。
なるほど、二コラは私が驢馬の胃袋亭で脅したことを間に受けて、本当に自分の心臓を対価に払うつもりでいたのだ。
禁呪を使う外道な魔導師なら、高潔な騎士の心臓は喉から手が出るほど欲しがるだろう。
だが、残念ながら私はまだ魔法使いとしてそこまで堕ちてはいない。
食べられもしない騎士の心臓なんぞ、微塵も欲しくはない。
「わかりました。では、騎士の心臓に見合う対価をルイス様から頂戴することにいたしましょう」
「儂の心臓もやれんぞ」
「いい加減に心臓から離れてください」
それから私はルイス様に、耳飾りを作るのにかかった費用に加えて、青銅騎士団の耳飾りの製造とそれを自由に販売する権利、それからヴェルサイドの街で、いつでも自由に露店を出すことができる許可をもらうことにした。
これまで青銅騎士団に耳飾りを納めていたターレン工房とは、耳飾りの材料を私が買い取ることで話がついている。
二コラにも1つだけ対価を求めた。
奥様が最初に買い求めた防御魔法を発動する指輪。
これを私から買いなおして、奥様の心遣いを無碍にしたことをきちんと謝ること。
騎士の心臓の対価にしては、どれも安いものだろう。
こちらも悪くない取引になった。
権利にかかる書類を受け取り、お屋敷をおいとますることにする。
「どうだ? 魔法使い。儂に仕える気はないか?」
ルイス様から勧誘を受けた。
「折角のお誘いですが、お断りいたします。
これでも大陸のあちこちに私の訪れを待っている村があるのです。
それに、貴族のお抱えは性に合いませんから」
「そうか」
ルイス様は、それ以上強く引き留めることもなく、私を送りだしてくれた。
見送りについてきた使用人から、ルイス様より路銀をお渡しするように仰せつかっております、と、銀貨の入った小袋を渡された。
……好意は素直に受け取っておくことにする。
二コラといえば、私を見送るために、わざわざ西の街道に続く街のはずれまでついてきた。
「なぁ、もし、これからもお前に頼みたいことができたら、どうすればいい?」
「もう騎士や貴族の面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだわ」
「俺はルイス様ほど諦めが良くない。そんなことを言わずに頼む。ほら、青銅騎士団の副団長に恩を売っておけば、お前にも良いことがあるかもしれんだろう」
「自分でそれを言っちゃうのが、あなたの凄いところね」
私は鞄の中から1つの指輪を取り出した。
【導きの指輪】
迷いの森の中でも、正しい道を指し示す指輪だ
「私を訪ねて西の森に入る時には、迷わぬようにその指輪の示す方向に進むといいわ。
それの代金は、特別におまけにしておくわね」
「ありがとう! 魔法使い! ついでにもう1ついいか?」
「まだあるの? ずいぶん欲張りね」
「お前の名前を教えてくれないか?」
「……気が向いたらね」
「わかった。次に会うことを楽しみにしている。西の森の魔法使い」
「こっちはもう面倒ごとはもうごめんだわ。それじゃね、青銅騎士団の正しき騎士の二コラ」
二コラとは、この後もヴェルサイドの街で何度も関わることになるが、それはまた別のお話だ。
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少しお話が長くなってしましました。
ええ、お客様がお求めの品ですが、あの剣聖の街と名高いヴェルサイドの騎士団が採用しているものに相違ございません。
ドワーフの技術を受け継ぐターレン工房の金具もさることながら、私も能力付与に自信をもってお勧めできる耳飾りでございます。
そうですね、甲虫の殻を穿つにも役立ちますが、こちらをお求めになられた剣士の方が、ストーンゴーレムの腕を落としたというお話も聞き及んでおります。
お客様の旅先は暖かい地方ですから、固い殻をもつ虫の魔物も多くございましょう。
是非こちらの品をお役立てくださいませ。
この度は当店をご利用いただき、誠にありがとうございました。
またのご来店を心よりお待ちいたしております。
お客様にどうぞ良き風が吹きますように。
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アイテム名:青銅騎士団の証
効 果:ATK+2
実力を認められ、平民から騎士へと叙される者に、その証として与えられる耳飾
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次のアイテムのお話で皆様にお会いできることを楽しみにしておりますね。




