青銅騎士団の証(14)
翌朝、私はルイス様と二コラに出来上がった耳飾りを見せるために、青銅騎士団の詰所を訪ねた。
「ほう、これが出来上がった耳飾りか?」
「今使ってる奴と、変わらない気がするが」
当たり前だ。
違和感がないように、まったく同じ意匠につくったのだから。
「まずは着けてみて」
「わかった」
二コラは鏡もない部屋で、器用に耳飾りを身に着ける。
「どう?」
「正直よくわからない。これで強くなっているのか?」
「普通の強化魔法とは少し違うのよ。試してみる?」
「いや、まて」
制止したのはルイス様だ。
「できればあまり目立ちたくはない。……たとえ青銅騎士団の中でもな」
二コラがはっとした顔であたりを見回す。
「青銅騎士団は今回の試合に負けられぬ。が、そのために策を弄したことは絶対に気づかれてはならん」
「あくまで騎士の精神に則って、正々堂々戦って勝つということですね」
「そういうことだ」
「それじゃこいつの効果は? ルイス様は確認しなくていいのか?」
ルイス様はこちらをちらりと見た。
「炎銀に勝てるのだろう?」
「二コラ様の実力に、この耳飾りが加われば」
「ならばよい」
それから、ルイス様は私に炎銀の耳飾りを返すように言われた。
素直にルイス様に耳飾りを渡す。
実は術式を解析するために一度ばらばらにしたのだが、元通りに組みなおしておいてよかった。
ルイス様はこれを炎銀騎士団のリカルド様にお返しするのだという。
「どうしてわざわざ返すんだ?」
「騎士は紳士たらねばならんからな」
ルイス様の中では、先日シャーロット嬢が倒れたときに、リカルド様の耳飾りを袖にひっかけてしまった。
屋敷にもどってから耳飾りに気が付いたシャーロット嬢だが、美しいリカルド様の耳飾りを手放しがたく、手元に置いておくため今まで黙っていたというストーリーが出来上がっているらしい。
「これを正直に炎銀騎士団に返しておけば、こちらが耳飾りに気が付いているとは思われまい」
「なるほど」
「まったく、シャーロットのわがままには困ったものよ」
私のせいではないのだが、なんだか納得がいかない。
これは心の中のシャーロット嬢は怒ってもいいんじゃないだろうか。
「とにかく、奉納試合まであと3日だ。それまでは普段通りに過ごすように」
「わかりました」
「あぁ、わかった」
それからの2日は、穏やかに過ぎていった。
あれ以来、二コラとルイス様には会っていない。
特に向こうから何も言ってこないところをみると、納めた品には満足いただいている……のだと思う。
無為に時間を過ごすのももったいないので、この2日間はターレン工房のヴィトリの元へ足を運んだ。
そこで金属の扱いや、簡単な番線細工の技をいくつか学ばせてもらう。
それは本来なら対価を払うか、ヴィトリに弟子入りして習うべきものだが、そこは二コラの紹介状をせいぜい活用させてもらう。
もちろん、こちらも魔石や貴石の扱いについて、知っている技術を提供することも忘れない。
信頼のおける取引先を得ることがどれだけ難しいか、私もヴィトリもよくわかっている。
ターレン工房とはこれからも良いおつきあいができそうだ。
そうして、奉納試合当日の朝。
私のところにルイス様からお迎えが来た。
なんとなく嫌な予感はしていたが、私はお屋敷で再びシャーロット嬢に仕立てあげられ、今、ルイス様と同じ馬車に揺られながら神殿に向かっている。
「どうしてまた私がシャーロット嬢に?」
「炎銀騎士団への手前、シャーロットが奉納試合を見に来ないのは不自然だからだ。
ゲオルグには、シャーロットがリカルドに入れ込んでいると伝わっているのでな」
そんなことだろうとは思った。
だが、奉納試合を間近で見ることができるのは悪くない。
自分の作ったものが役に立つところを自身の目で見届けたい欲もある。
馬車が神殿に到着した。
いや、神殿というより、闘技場といったほうが良いだろうか。
剣聖ヴェルグドルを祀る神殿は、正門をくぐると目の前に大きな闘技場がある。
神格化された剣聖をたたえる神事は武芸をともなうことが多いため、どうやら礼拝をおこなう場所がそのまま闘技場の形になっているらしい。
ルイス様の後ろについて、貴賓席にはいる。
そこでは4つの騎士団を関係者だけでなはく、ヴェルサイド中の主だった貴族たちが、それぞれ会話に花を咲かせている。
私はなるべく目だたぬように奥まった席に腰かけ、まわりに飛び交う虚言と社交辞令にまきこまれぬようじっと耐えていた。
「お身体の具合はもうよろしいのかな?」
ゲオルグ様に見つかった。
予定どおりとはいえ、面倒だ。
「ご心配いただきありがとうございます。ゲオルグ様。
先日は大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたわ」
「これはこれは、すっかりお元気になられたようだ」
「ええ、私、今日の奉納試合をずっと楽しみにしておりましたのよ。
だって、リカルド様がご活躍する姿を拝見できるんですもの」
「当騎士団としては心強い応援ですが、それではルイス様が少々お寂しいのではないですかな?」
「まったくだぞ、シャーロット。お前は炎銀にばかり肩入れして、少しは儂の騎士団もことも見てほしいものだな」
他の貴族たちの視線を感じる。
みな、そしらぬふりをしているが、騎士団の長であるゲオルグ様が話しかけているあの娘は一体誰なのか、と、こちらの様子をうかがう視線をひしひしと感じる。
あまり目立ちたくはないのだが、ゲオルグ様を無碍にする訳にもいかず、私はシャーロットを演じ続ける。
そうこうしているうちに、闘技場に8人の騎士が入場してきた。
あたりの人々も各々の席につきはじめ、ようやく周囲のざわめきも落ち着きはじめる。
ほどなくして、神殿長の開始宣言を皮切りに、競技場の中央では粛々と式典がはじまった。
退屈な挨拶や神殿の儀式が終わった後に、試合の組み合わせを決める籤引が行われる。
今年は4つの騎士団からそれぞれ2名の新任騎士が奉納試合に参加する。
奉納試合はあくまで神事であり、だれが一番強いかといった勝ち抜きが行われる訳ではないため、今年は都合4組の試合が行われることになる。
神官の持ちまわる箱から、8人の騎士がそれぞれ籤札をとり、同じ模様がかかれたもの同士と戦うことになる。
騎士たちは真剣な面持ちで箱に手を入れ、それぞれの籤札を手にすした。
籤の結果、まるで狙ったかのように二コラの相手は炎銀騎士団のリカルド様となった。
オープンされたのは、二コラにとって、いや、青銅騎士団にとって、絶対に負けることのできないカードだった。
あと1話か2話でこのお話は終わる予定です(あくまで予定)
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