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青銅騎士団の証(13)

 ターレン工房は、段平だんぴら通りに面した一等地に店をかまえていた。


 鉄枠で縁取られた重厚な扉をくぐると、せまいながらも洗練された椅子と机が目にはいる。

 その奥には、良く磨かれた幅広のカウンターがあり、さらにその奥は工房につながっているようだ。


「いらっしゃい。何かお探しで?」


 カウンターから、赤毛の男が声をかけてきた。

 髪と同じ赤い髭をたくわえた男は、皮の前掛けに欠けた爪といった、いかにも職人といった風情だ。


「譲っていただきたきたいものがいくつかあるの」


 早速二コラからもらった紹介状を男に手渡す。

 男は紹介状に押されている青銅ブロンズ騎士団の封蝋を見ると、中を見ることもなく私をカウンターの奥へ案内してくれた。


 工房の中には赤毛の男以外にも数人の男がおり、皆、それぞれに作業をしている。

 ヤスリを引く音や、コンコンという鈍い彫金の音が静かに響いているが、工房は私が想像していたよりずっと小綺麗で片付いているようだ。


 作業台の隣にある丸椅子を勧められ、そこに腰かける。

 赤毛の男はやっと紹介状をひも解き、私に話しかけてきた。


「あんた、二コラの旦那の知り合いかい?」

「知り合いというか、今は雇い主ということになるのかしら」

「そうかい。そりゃ大変だな」


 なぜか同情的な目を向けられた。

 二コラが普段から一体どんな無茶をしているのか、なんとなく想像できる。


「俺はヴィトリ。お前は?」

「ただの魔法使いよ。西の森に住んでるわ」

「お前が西の森の魔法使いか」

「私のこと知ってるの?」

「占い小道あたりじゃ有名だからな、西の森の魔法使いは」


 なんだそれは。


「西の森からたまにヴェルサイドにやってきては、まとも・・・なモンを商っていく魔法使いがいるってな。あのあたりじゃ噂になってるぞ」

「まともな魔導装具エンチャント品を売ったら噂になるって、どんだけ詐欺師が多いのよ!」

「まぁ、ヴェルサイドにいる奴らのほとんどは、まじないと魔法の区別もつかねぇ筋肉ばかりだからな。しょうがないだろう」

「……頭が痛くなってきたわ」

「それはさておき、商売の話をしようや。

……何が入用なんだ?」


 ヴィトリは私に二コラからの紹介状を手渡してきた。

 そこには、ターレン工房に対して、これを持つ魔法使いに最大限の便宜をはかるよう、青銅ブロンズ騎士団の副団長二コラの名前のもとに通達がなされていた。


 ……これ、紹介状じゃなくて命令書じゃね?


「まぁ、二コラの旦那はいつもこんな感じだ」


 苦笑いするヴィトリに紹介状を返す。


「だが、二コラ旦那は物事の道理をこころえてる。

 こいつがあるってことは、ターレン工房はあんたのためにできるかぎりの便宜を図るってことだ。

約束しよう」


 どうやらヴェルサイドでの二コラの人望はなかなのものらしい。


「ありがとう。頼りにさせてもらうわ」


 私はまず、ターレン工房が青銅ブロンズ騎士団に納めている耳飾りに使われているパーツをすべて集めてもらった。

 それらを1つ1つ確かめながら、使われている金属の配合を少し変えてもらい、魔力が通りやすいものに作りかえてもらう。

 あとは模様のつけ方や、見えない部分の処理に少しばかり面倒な注文を出す。


 ヴィトリはこちらの細かい指示をどれひとつ漏らすことなく、着実になしていく。

 それどころか金属の魔導的な組成については、ヴィトリ自身もかなり造詣が深いことがわかった。

 聞けばヴィトリの母方はドワーフの血を引いているという。

 納得のいく話だ。


 ターレン工房を出たあとは、再び占い小道にある「M」の店を訪ねた。

 店主()から昨日の魔石をいくつかをこちらの望む形にカットしてもらい、急いで驢馬ロバの胃袋亭に戻る。


 本当なら森に帰りたいところだが、手元にとりあえずの工具はそろっている。

 おかみに、しばらく宿にこもることを伝えて部屋に入ると、集めた資材と魔石類をすべて机の上に並べた。


 さて、ここからようやく私本来の仕事がはじまる。


 魔石の性質くせを読み解き、魔力の出力を調整し、恒久術式を刻む。

 このバランスの調整が魔導装具師エンチャンターとしての腕の見せ所だ。

 何度も術式を書き直し、試作を続ける。


 頭の中に思い描いたイメージを組み立て、実物とのずれを細かく補正していく。

 これを始めると、自分の中から時間という概念が消えていくのがわかる。

 ただ、目の前にあるものの魔力をときほぐし、紡ぎ、そして形作ることに沈んでいく。


 私の目の前を、波のように、また音のように流れる魔力。

 それをただ美しい形に整え、ふたたび形のあるものに付与エンチャントしていくのだ。

 今、私に聞こえているのは、耳を震わせ伝わる音なのか、魔力の流れの奏でる響きなのか、わからなくなる。

 心配することはない、それを区別する必要などないのだから。

 すべてのものには、それをしている根源の力があり、それは魔力に通じている。

 私はただ、それを読み解き、紡ぐだけのものとしてここにあるのだ。

 

 私が没頭している間、ありがたいことに宿のおかみが部屋の扉を無粋に叩くことは一度もなかった。

 ただ、気がつくと、いつの間にか扉の内側に小さな麺麭パンと乾果や干肉の盛られた盆がそっと置かれており、私は自分でも知らぬうちに、それらを口にして過ごしていた。


 そうして、高価な魔石を3つほど割った頃だろうか。


 耳飾りが完成した。


 炎銀パイロス騎士団の耳飾にりは、防御を上げる魔法が込められていた。

 ならばこちらは、それに打ち勝つだけの攻撃力を上げてやればいい。


 私が耳飾りに付与エンチャントしたのは穿うがつ力。

 炎銀パイロス騎士団の耳飾がもたらす護りを破る力だ。


 耳飾りの完成とともに、私も私自身を取り戻す。


 出来あがった耳飾りを二コラとルイス様のところへ届けなければならないが、どうやら今は真夜中のようだ。

 仕方がない、明日の朝一番に青銅ブロンズ騎士団の詰所へ行くことにする。


 それくらい時間が経ったかのかわからないが、流石に疲れた。

 とりあえずは今のうちに少し眠っておこう。

 そう考えてベッドに横になった途端、私の意識はぷつりと途切れた。

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