青銅騎士団の証(12)
暑さには慣れても、湿度には体が慣れないようです。
のんびりと続いております~。
日が高くなるまで惰眠をむさぼり、朝とも昼ともつかぬ時間に食事をとった。
「はいよ、羊の炙り肉1人前!」
「ありがとう!」
おかみさんの元気な声が響く。
「あんた、あんまり無理すんじゃないよ!」
「おかみさんの美味しいごはんを食べたら元気がでるわ!」
温かいうちに、肉汁と脂のしたたる羊のあばら肉に齧りつく。
骨に残っている肉をこそげ落とし、皿の脂まで麺麭でぬぐって口に運ぶ。
二コラと知り合ってよかったのは、この店の存在を知ったことだ。
実は今回の仕事で得られた最大の成果ではないだろうか。
午後から青銅騎士団の訓練所へ顔を出した。
門に立っている衛士に二コラの名前を出すと、事前に話を通してくれていたのだろう、咎められることなく通してもらえた。
「よう!魔法使い」
二コラを探していると、こちらを先に見つけた彼の方から声をかけてきた。
「おもったより元気そうね」
「なんでだ?」
「昨日の勝負、決着をつけさせてもらえなかったじゃない?」
「気にしちゃいない。本番で勝てば良いだけだからな」
笑いながら二コラが答えた。
「そのためにはお前に頑張ってもらわなきゃならんのだが、そっちはどうだ?」
「……正直に話すと、これと同じものを作るのは難しいわ」
「そうか」
二コラは頭をかきながら、空を見上げた。
「俺にできることはあるか?」
「ええ、お願いしたいことがあるの」
「なんだ?」
「青銅騎士団の耳飾りを一組もらえないかしら?」
「あれは叙任されたものにしか与えられないものだぞ」
「でも、実際の奉納試合の際には、あなたは青銅騎士団の耳飾りを身に着けるのでしょう?
だったら、少なくとも同じ意匠にしないと」
「たしかに、そうだな」
「せめて実物を見せてもらえないかしら?」
「それなら俺のを持ってこよう。少し待っててくれ」
詰所の一室で待っていると、小さな箱を手に二コラがもどってきた。
「これだ」
箱の中には1組の耳飾りが入っていた。
青銅騎士団の紋章に、緑柱石思わせるまだら文様の石があしらわれている。
意匠も炎銀騎士団のものとは全く異なり、先鋭な石がチェーンで吊るされ、振り子のように揺れている。
しかし……これは。
「どうだ? 炎銀には劣るが、なかなかのものだろう」
二コラが自慢するように耳飾りを箱から取り出した。
「……ええ、素敵ね。青銅騎士団の名前にとても似合う色だわ。
少し触れてもいいかしら?」
「かまわん」
二コラは無造作に耳飾りをつかむと、私の手に乗せた。
触れた手のひらから、耳飾りのかすかな魔力が伝わってくる。
その特性を読み解くように、手のひらに意識を集中させる。
……やはりそうだ。
この耳飾り、本来持つ性質が、なんというか……破壊的なのだ。
使われている石の形状や紋章の描く曲線の流れ方、どれをとっても防御を付与するには全く向いていない。
頭の中で、この耳飾りに防御を付与する術式と魔力の流れを組み立ててみる。
ここで一度固有の魔力を打ち消してから……だめだ、損失が大きい。
魔力を転換してみれば……ここの術式に矛盾が出る。
……
…………
……うまくいかない。
この意匠のままで、炎銀騎士団の耳飾りと同じ効果をもつものを作るのは、残念ながら今の私の技術では不可能だ。
手に入る資材も限られている。
さて、どうするか。
私が耳飾りを手にしたまま思索に没頭している間に、二コラがこの耳飾りを青銅騎士団に納めている工房を調べてくれていた。
【ターレン工房】
どうやら金属細工専門の工房らしい。
ありがたい。
少なくともそこにいけば意匠を一から作る手間は省ける。
「で、どんな感じだ?」
「正直、問題が山積みだわ」
「……そうか」
二コラからの淡々とした言葉が重い。
本当は私以上に焦りを感じているはずだろうに、事実を冷静に受け止めている。
この冷静さと、ヴェルサイドの自由を守るという熱意との両方をあわせもつところが、彼を騎士たるものにしているのだろう。
「こちらの剣さえ入れば、勝つ自信はあるのだがな」
二コラは良き魂をもつ人だ。
そして、騎士としても優秀なのだろう。
雇い主である彼の期待に応えたいが、己の力の限界を感じる。
魔法使いは決して万能ではないのだ。
ん?
待てよ?
剣さえ入れば良い?
今回の目的は奉納試合で炎銀騎士団に勝つことだ。
そして二コラは、剣が入れば炎銀に負けないと言っている。
それならば、別に炎銀の耳飾りと同じものをつくる必要はないんじゃないかしらん。
炎銀の耳飾りの能力を相殺するか、それを穿つ力を付与すれば良いのだ。
「何か良い方法が浮かんだのか?」
「ええ、少し試したいことができたの」
私の様子を見ていた二コラが声をかけてきた。
おそらく彼の前で、分かりやすく表情が変わっていたのだろう。
魔法に携わるものとしてまだまだ私も未熟だが、今日ばかりは許してもらいたい。
「こいつをもっていけ。 ターレン工房への紹介状だ」
「ありがとう。たすかるわ」
二コラからターレン工房の場所を教えてもらい、簡素だが騎士団の印の入った紹介状までもらった。
こんな短時間で紹介状まで準備できるとは、二コラの仕事は早い。
「でも、紹介状って誰の名前なの? ルイス様?」
「いや、俺だが」
「騎士団の新人のあなたに、よく紹介状が出せたわね」
「あぁ、俺はこれでも青銅騎士団の副団長なんだぜ」
「……え? あなた、たしか去年騎士になったばかりじゃなかったの?」
何かの間違いではないだろうか。
「いや、青銅騎士団はわかりやすくてな。
役職には、強い奴から順に就くんだとさ」
二コラはいつもと同じように頭をかきながら、いつかと同じようにニヤリと笑った。
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