青銅騎士団の証(11)
ルイス様のお屋敷から解放されてすぐに、占い小道へ足を運んだ。
商店や露店が猥雑に並ぶ路地の奥に、「M」と書かれた扉がある。
その扉に手をあてて、解錠の魔法を発動する。
「今日はなんにも出物はないぞ~」
扉をあけると、目の前にある狭いカウンターに足を乗せたままで、黒い瞳、黒い髪、そして左右の肩から腕には呪術的意味合いの強い入れ墨が刻まれている男が声をかけてきた。
この店の店主だ。
「これと同じ石が欲しいの」
ブーツを避け、カウンターの上に炎銀騎士団の耳飾りを置く。
それをちらりと眺めた店主は、面倒くさそうにカウンターから足をおろした。
「また、面倒なモンをひろってきたな? をぃ」
ベストの胸から拡大鏡を取り出し、耳飾りを一通り観察すると、あきれたようにこちらを向いた。
「これ、騎士団の持ち物だろう? どこで拾ってきた?」
「そこは秘匿事項よ」
「いくら俺でも、これを売りさばくのは難しいぞ」
「人の話を聞いてる? 買い取って欲しいんじゃなくて、これに使われているものと同じ石が欲しいの」
「……莫迦か。おめぇ」
ルーペから目をはずし、心底あきれた表情で店主がこちらを見る。
「この石が何か、わかってんのか?」
「ただの虹水晶じゃないことくらいしかわからないから、あんたを頼ってるんでしょ?」
店主の口と性格は最悪だが、魔石をはじめとする魔法素材の目利きは本物だ。
昔は王都で大きな商売をしていたと噂されているが、真偽のほどは定かではない。
まぁ、経歴はどうあれ、私にとっては信頼できる取引先には違いない。
「こいつは王都の魔導院謹製の品だ。 値段も半端じゃねぇが、そもそも金を積んだからといって買えるモンじゃない」
魔導院……
王都の魔導師たちの中でも特に優秀なものたちが集まって、新たな魔法の研究を行っている施設だ。
……いや、行っていたといったほうが正しいだろう。
以前は純然たる学術機関であった魔導院だが、いつの頃からだろうか、王や貴族たちが魔導院に出資を始めた。
最初は、金に苦労することなく自由に魔法の研究ができることを喜んでいた魔導院だったが、いつの間にか研究そのものに王や貴族が口を挟むようになり、さらには出資者の意に添わぬのであれば、資金を打ち切ると脅され、気が付けば今の魔導院は、王と貴族たちの言いなりにならざるをえない状態だと聞いている。
魔導院での研究成果は魔導院の中で厳しく管理されている。
とはいえ、これまでは魔導院製の魔石や魔道具……特に魔獣から村を守る結界のの護符や、井戸に投げ入れれば水が枯れなくなる魔石などは、高価ではあるが、小さな村が1年真面目に蓄えれば手に入れられる程度の値段で、それなりに流通しており、人々の助けとなっていたのだ。
だが、ここ数年の間で、魔導院製の魔道具は街中ではすっかり見かけなくなってしまった。
今では魔導院の研究成果は、もっぱら王と貴族の利益のためだけに使われていることは、魔法に携わるものの中ではあたりまえに知られている。
「炎銀騎士団の持ちものだし、モノの出処としては納得なんだけど、魔導院製とは困ったわね」
「あきらめな。さすがの俺でも手に入れるのは無理だ」
「まったく同じものじゃなくてもいいんだけど、これに近いものはない?」
「お前、無理だとわかって言ってるだろ?」
「あなたなら、なんとかなるんじゃないかと思って」
無理を承知で頼み込んでみたが、やはりむつかしいようだ。
まぁ、それはそうだろう。
この耳飾り、術式自体はそう難しいものではない。
身体強化系の防御魔法を発動した状態で耳飾りに固定しているだけのものだ。
作るときに発動する魔法の固定に少しコツがいるが、私でもできる技術だ。
一度術式を固定すれば、魔力を流すだけで自動的に魔力が防御力に変換される。
問題はその魔力の供給源の方だ。
この耳飾りに使われている虹水晶だが、膨大な魔力を持っている。
単に魔力の大きい強力な魔石なら他にもあるが、この虹水晶の特筆すべき性質は、その魔力の出力だ。
魔石に込められている魔力を使うときは、使用者が石から力を引き出すのだが、魔力の大きい魔石は、その際に一気に大量の魔力が溢れでる。
なので、魔力を効率的に使うために、強い魔石は強い魔法の発動と合わせて使うことが多いのだ。
だが、この虹水晶は微かな魔力を常に吐きつづけている。
水を湛えた水瓶から糸のように細くしたたる水のように、今も虹水晶は清らかな魔力を吐き続けており、またそれが身に纏うもののないままに、身体を護る力に変わり続けている。
……美しいな、と感じた。
この虹水晶は、おそらく魔導院の技術で人工的につくられたものだろう。
ただ純粋な魔力を一定量吐きだし続けるだけの機関。
魔法を生み出すものとして、自然界ではありえない整った美しさに惹かれながらも、これと同じか、これを超えるものをつくらねばならない。
……燃えてきた。
最初は巻き込まれた事故のようなものだったが、魔法を生み出すものとして、この耳飾りを超えるものを作りたい、という強い衝動が私の中に生まれた。
……恰好をつけてみたが、要するにただの負けず嫌いである。
「それじゃ、今ある魔石……石だけじゃなくて魔眼とか邪眼でもいいから、魔力の強いものから順に全部みせて」
「わかったよ。ちょいとまってな」
金はあるんだろうな、と言いながら店主は店の奥に消えると、黒い絹張の箱を手にもどってきた。
「今、うちにある奴で、おまえの使い物になるのはこの辺りだ。先に値段を聞くか?」
「やめておくわ。どうせ支払いは報酬に上乗せするから」
この店の魔石は質も良いが、それにみあって値段もなかなかのものだ。
まぁ、品質と価格のつりあいがとれているのは悪いことではない。
このあたりの魔石は決して安くはないが、二コラが無理でもルイス様なら十分支払えるだろう。
絹張の箱には色や素材、産地や大きさのことなる様々な魔石や、それに類する石たちが奇麗に並んでいる。
それらを1つ1つ確かめ、虹水晶に一番近い魔力をもつものを探す。
……これは魔力が少なすぎる。
……これは魔力は十分だが、一瞬で魔力がこぼれてしまう。
……これは元の性質が攻撃的だ。
……これは呪われてる。使い道が限られる。
……これは死に近い魔石だ。生身の人間に作用させたら、高確率で死ぬ。
……
…………
………………
だめだ。
どれもあの虹水晶に近い性質のものはない。
魔力だけなら虹水晶を超えるものがいくつかあったが、どれも破壊的な性質が強すぎる。
防御系の魔法には全く向いていない。
「どうだ? 使えそうな奴はあったか?」
「どれも良い石なんだけど……目的と合わないわ」
「なんだ、つまらん。高い石が売れるかと期待したんだがな」
「売り上げに貢献できなくて申し訳ないわね」
貴族の持ち物を除いて、この店にあるもの以上の魔石はヴェルサイドのどこにもないだろう。
「また出物があったら連絡してやる」
落胆する私に、店主がめずらしく優しい言葉をかけてくれた。
「ありがとう。気休めでもうれしいわ」
この日は何の成果もないまま店主の店を後にした。
占い小道を離れて、私が驢馬の胃袋亭に戻ったのは、空が白む頃だった。
部屋にたどりつくと、テーブルの上に干した無花果とチーズが盛られた小さな皿と、スグリの果汁を水で割ったものが入った水差が置かれていた。
ほんのりと酸味のあるスグリの風味が、喉に嬉しかった。
この日以降、ヴェルサイドでの私の定宿は驢馬の胃袋亭になったのは、また別のお話。
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