青銅騎士団の証(10)
「好き放題やりおって。ゲオルグに無用の借りができたわ。
で、成果はあったのだろうな」
馬車の中でルイス様が大きなため息をついた。
私は袖の中からさきほどの耳飾りを取り出す。
炎銀騎士団の紋章の下に、虹の入った楕円の水晶があしらわれている。
優美な曲線で縁取られたこの耳飾りは、装飾品としても相当高価なものだろう。
「これは! 炎銀騎士団の証ではないか」
「連中の正規装備だな」
「この耳飾りって、奉納試合の時に身にも着けるものなのですか?」
「ああ、奉納試合は装備による優劣を避けるために、みな同じ鎧と剣を使う。
だが、耳飾りだけは、誰がどの騎士団に属しているか一目でわかるように、各々の騎士団のものをつける習わしだ」
なるほど。
それなら合点がいく。
「おそらくこの耳飾りは、高度な魔導装具品です。
詳しく調べてみなければわかりませんが、静的に能力を底上げする性質のものでしょう」
二コラがたずねた。
「よくわからんが、それは魔法と何が違うんだ」
「そうですね。例えば革の鎧と鉄の鎧、どちらが防御力が高いですか?」
「そりゃ、鉄だろう」
「なぜです?」
「なぜって、そりゃ革より鉄の方が硬くで頑丈だからじゃないのか」
「ええ、そうです。
でも、鉄の鎧を着たところで、あなた自身が硬くて頑丈になった訳ではないですよね」
「そりゃそうだな」
子供でもわかる。
「次に、いわゆる魔法です。 強化魔法の経験は?」
「ある。王都で郊外の魔獣討伐に出たときだ。
従属の魔導士が前線の仲間に強化魔法をかけてくれたんだが、身体の底から力が溢れてくるようだった。
あれは本当に助かった」
「それが魔法です。
魔法は、魔力に特定の効果を生じさせるための特性を与える技術、といえばわかりやすいでしょうか」
「さっぱりわからん」
ですよね。
さて、ここからはよくわかる魔法講座初級編のはじまりだ。
「例えば、炎の攻撃魔法は、魔力を魔法で火炎に変化させて、それを投げつけているんです。
ここまでは大丈夫ですか?」
「なんとか」
「で、おなじように魔力を魔法で強化特性の付与……といってもわかりませんね。
対象者がもっている力を強くする力に変えて、対象者の肉体に加える。
これが強化魔法ですが、わかりますか?」
「……ようするに魔力という力の源があって、それを使うための技術が魔法、でいいのか?」
「簡単に言えばそうです」
で、問題の耳飾りだ。
「この耳飾りはとても強い魔力を宿しています。
もちろん、ただの耳飾りにも多少の魔力は存在するのですが、これはあまりにも多くの魔力を秘めています。
おそらく、この虹水晶が魔力の源なのでしょう。
ですが、魔力はただの力の源なので、それだけでなんらかの効果を発するものではありません。
魔法……つまり術式や詠唱などで効果を発動させなければならないのですが、この耳飾りは魔力を発動した後の状態で術式が固定されているのだと思います」
「つまり?」
「常に魔法のかかった状態を維持しつづけているだけなので、魔法の発動という事象を観測することができません」
「もう少しわかりやすく説明してくれ」
「ようするに、試合の始まる前からこれを身に着けておけば、魔法が使われているとは認識されにくいのです。
能動的に魔法を発動するのではなく、ただ、静的に効果のかかった状態を維持しているだけですから。
その物自体がもっている魔力の特性と区別がつきにくいんですよ」
魔法の力で、装備するだけで能力が上がるアイテム。
なんだ、よくあるものじゃないか、と勘違いされそうだが、そういったものの大半は、本来そのものがもっている性質を魔法で補強しただけのものだ。
分かりやすい例でいえば、2つの同じ皮鎧の片方を魔法で強化するという行為だ。
魔法で、素材の革そのものを不可逆に硬化させ、強度を上げれば、同じ見た目でも防御力の上がるものができあがる。
言葉にすれば「魔法を使って強化した装備品」ということになるのだが、強化した後の鎧に魔法が常にかかっているわけではない。
だが、この耳飾りの場合は違う。
この虹水晶は、今も私の手の中で自身の魔力を指向性のある力に変化させ続けている。
おそらく耳飾りのもつ魔力が枯渇するまで、魔法をかけた状態を維持しつづけるのだ。
馬車の中だが、かまわないだろう。
私は手にした耳飾りに自分の魔力を流しこんだ。
虹水晶のもつ魔力と私の魔力が混じりあい、薄く流れるよう耳飾りに秘められた術式に流れていく。
じわりと力の変化を感じる。
術式によって変換された力は、予想どおり防御力の強化。
しかも装備しているものの身体を直接強化する系統のものだ。
読み解いた耳飾りの力を、ルイス様と二コラに簡単に説明する。
「というわけで、この耳飾りを身に着けている間は、常に防御系の魔法がかかった状態……身体能力が強化されていることになります」
「なるほど」
ルイス様は私の手から耳飾りを取り上げた。
「だが、炎銀騎士団の正規装備ともなれば、あの連中からこのように耳飾りを取り上げることはできぬな」
ルイス様は耳飾りを眺めている。
「これと同じものが作れるか?」
耳飾りの向こうから、ルイス様の目がじっとこちらを見ている。
「……正直に答えるなら、できません」
二コラが肩を落とす。
「ですが、似て異なるものでしたら、少々お時間をいただければ」
ルイス様の目はこちらを捕らえている。
目をそらさずにルイス様の視線を受け止めたまま、無言の時間が流れる。
馬車の揺れが止まった。
どうやらお屋敷に到着したようだ。
「……奉納試合には間に合うのだな?」
「尽力いたします」
「間に合わせろ。なんとしてもだ」
ルイス様は耳飾りを私にあずけると、返事を待たず先に馬車から降りて行った。
アクセサリーを作ることと小説を書くことは自分の中では同じカテゴリーに入っています。
どちらも手を動かして頭の中にあるものを形にすることですから、大きな差は無いのかもしれません。
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