青銅騎士団の証(6)
またちょっとだけ長くなってしまいました。
お楽しみいただければ幸いです~
翌日、朝早くに二コラが私を迎えにきた。
炎銀騎士団に向かう準備があるとのことで、そのまま馬車で、貴族街にあるセルドア伯ルイス様の邸宅に向かう。
セルドア伯のお屋敷に着くやいなや、拉致されるように風呂に放りこまれ、髪や肌に香油を塗りこめられた。
これは一体なんの冗談なのか?
爪の先まで身体を磨かれたあとは、ハウスメイドのみなさまに朝食を吐く寸前までコルセットを絞められた挙句、上品な薄織物のドレスをかぶせられた。
とどめに髪をびっちりと編みこまれ、そして化粧が終わるころには、鏡の前には貴族の令嬢らしきものが出来上がっていた。
誰だ? これ?
「ふむ、なんとか見られる姿になったな」
セルドア伯ルイス様である。
「あぁ、私の許しを得ずとも話してよい。
お前は私のかわいい姪の、シャーロットなのだからな」
「……はぁ?」
「あぁ、できればもう少し上品に話してくれ。貴族らしくな」
何を言っているのだ? このじじいは!
「よう、化けたじゃないか」
「二コラさん?!」
「おっと、さん付けは不要だ。今はお前の方が上位だからな」
二コラは私の前にひざまずくと、私の手をうやうやしくとり、額にそっとあてた。
身分のある女性に対する、騎士の最高礼である。
「これはなんの冗談でしょう?」
「冗談などではないぞ、シャーロット!
いやはや、お前のわがままを叶えるために苦労したぞ!」
何を言っているのだ?
「お前ぐらいの年頃の娘が、凛々しい騎士の殿方に憧れるのは仕方のないことだが、騎士の戦う姿を近くで見たいとはな。
お前の願いならなんでもかなえてやりたいが、さすがの私も炎銀騎士団に渡りをつけるのに骨が折れたぞ。奉納試合まで待てなかったのか? ん?」
このじじいは、あくまでも私をシャーロット嬢として扱うつもりらしい。
「お嬢様、このままでは炎銀騎士団とのお約束の時間に遅れます。馬車までお急ぎくださいませ」
二コラ! お前もか!
……どうやら私には、シャーロット嬢として振舞うことが求められているらしい。
「私の願いをかなえてくださってありがとう!ルイスおじさま!」
こうなったらヤケである。
満面の笑みを浮かべてセルドア伯の腕に甘えるようにしがみついてみた。
自分の中の何か大切なものが削れていく気がするが、そこは無理やり目をつぶる。
「はっはっは、可愛いお前のためなら、どんなことでもかなえてやるぞ」
「うれしいわ! おじさま! 私も大好きよ!」
セルドア伯は私のアレなお嬢様っぷりにも一切動じず、そのまま手をとって馬車までエスコートしていった。
この、くそじじいめ。
馬車に乗り込むと、ようやくまともに会話ができるようになった。
どうやら私は、王都に住むルイス様の姪っ子シャーロットで、生まれたときから体が弱く屋敷に引きこもっていたのだが、それを心配したルイス様に空気のよいヴェルサイドでの静養をすすめられてこちらにきたという設定らしい。
そんな姪に、騎士様が活躍するところを見たいとせがまれたルイス様が、平民上がりの多い青銅ではなく、貴族の令嬢の扱いを心得ている炎銀に訓練の様子を見せてもらえるよう頼んだことになっている。
とりいそぎ馬車の中で、ルイス様の家系図と騎士団に関係する王都の貴族を頭に叩き込む。
いずれ嘘はばれるだろうが、とりつくろう努力くらいはしておくべきだろう。
馬車は、あっという間に炎銀騎士団の訓練場に到着した。
訓練場はルイス様のお屋敷からなら、歩いても半刻程度で着くところにあったが、王都の貴族のお嬢様はどんなに近いところでも馬車で出かけるものなのだそうだ。
敷地に入り、詰所の正面で馬車が止まった。
炎銀騎士団の詰所は、詰所というより、どこかの貴族のお屋敷のようで、外観にも豪華な装飾がほどこされている。
広さはそう変わらないが、青銅の質実さとは対照的だ。
二コラに手をとられ、馬車を降りる。
入口では、軽装だが炎銀騎士団の紋章の入った革鎧を身につけた騎士が私たちを出迎えていた。
「お待ちしておりました。セルドア伯ルイス様」
「今日は無理を聞きとどけていただき、感謝する」
「いえ、ルイス様の頼みを断るものなど、ヴェルサイドの騎士団のどこにもおりません」
「そういっていただけると助かる」
「それでは、ご案内いたします」
案内された先は、これまた豪華な客間だ。
くそじじい……もとい、大好きなルイスおじさまの隣でベルベットのソファに腰かけると、すぐに紅茶とお菓子が運ばれてきた。
二コラは私の背後に立ったままで控えているようだ。
「おまたせいたしましたかな」
「これはこれはゲオルグ殿」
ヴァイス伯ゲオルグ様……炎銀騎士団の長にして、王都の名門貴族の1人だ。
「無理を頼んですまなかったな」
「かまわんよ。
……そちらが、話のあったお嬢様かな?」
こっちに来た。
「はじめまして、ヴァイス伯ゲオルグ様。
シャーロットと申します。
今日は私のお願いを聞き届けてくださり、ありがとうございます」
ドレスの裾を持ち、貴族の淑女らしく、ふわりと挨拶をする。
「これはこれは、ルイス殿にこんな可憐な御令姪がおられたとは、まったく存じませんでしたな」
「いやいや、これは幼い時から体が弱くてな。王都では屋敷から出ることもままならんかったので、社交界には出ておらんのだ。
静養のつもりでと、ためしにヴェルサイドに呼び寄せてみたのだが、どうやらこちらの水が肌に合ったようでな」
「さようでしたか。お元気になられたようで、それはよろしゅうございました」
「元気になってくれたのは嬉しいのだが、体が弱いと甘やして育ててしまったせいで、どうも困っておるのだ。
今日も、どうしても炎銀の騎士の方々の雄姿が見たいといってきかぬので、この度はゲオルグ殿にご迷惑をおかけすることになってしまった」
「いやいや、淑女の願いをかなえるのは、騎士の大事な勤めの1つですとも。
むしろ、このようなお嬢様にお越しいただければ、若い騎士たちの士気も上がるというものですよ」
はっはっは、と笑う2人のじじいだが、どちらも目が笑ってない。
「で、ルイス殿は当団のどちらの家との関係をお望みですかな?」
「と、申しますと?」
「隠さずともよろしいではないですか。
シャーロット嬢の嫁ぎ先をお探しなのでしょう?」
紅茶をふきだしそうになるのをじっと耐えた。
な ん の は な し を し て い る!
「いやいや、これはゲオルグ殿にはまいりましたな。
当家もヴェルサイドにきて長い。
最近はめっきりご無沙汰していますが、やはり王都に頼れるところがあれば心強いものです」
「ほう、それではやはりボンド家あたりで?」
「王家に近い名門は、いろいろとご苦労が多いと伺っております。
そういえば、アルター伯のご子息が、今年の奉納試合に出られると聞き及んでおりますが」
「……なるほど。
ルイス殿は名よりも実をとられる方でしたな」
なにやら納得したヴァイス伯は控えていた従卒を呼ぶと、今日の訓練について何かの指示をとばしていた。
「それでは、訓練場の方にご案内いたしましょう」
「ありがとうございます。ゲオルグ殿」
セルドア伯の後ろについて席を立ち、案内された先は訓練場の脇につくられた吹き抜けのあずまやだった。
ようやく本題に入れそうである。
こちらはそろそろ貴族の茶番に辟易していたところだ。
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☆の効果:私のやる気+1