青銅騎士団の証(4)
ちょっと長くなってしまいました!
お楽しみいただければ幸いです。
ついて来てくれ、という旦那様の後について、段平通りに面した店に入る。
案内されるままに「驢馬の胃袋亭」と書かれた扉をくぐると、ふわりとバターの焦げる匂いがした。
「今日は早いね! 二コラの旦那」
「ちょっと野暮用でね」
愛想のよい女将が手際よくテーブルを片付け、2人分の席を整える。
どうやら旦那様はここの常連らしい。
「さて、何にする?」
「食事はすませておりますので」
「なんだ? ここの羊の炙り肉は絶品だぞ」
「旦那さまのおごりでしたら、それで」
「あたりまえだろう。それから、その旦那様はやめてくれ。
二コラでいい」
「はい、二コラさま」
「様もいらん」
騎士になったのは良いが、いまだに敬称には慣れんのだ、と旦那様……二コラが頭をかく。
「あー、なんだ、その……」
「はい?」
「さっきは悪かったな。おかげで助かった」
どうやら悪い人ではないらしい。
「いえ、お礼なら奥さまにおっしゃってください。
あんなに旦那さま……二コラさ…んを心配する姿を見た後では、放っておけなかっただけですから」
「あぁ、昨日はレティシアも世話になっていたようだな」
奥様はレティシア様というのか。
貴族の名前に興味はないが。
「あまり奥さまにご心配をおかけしないでくださいね」
「はいよ! 羊の炙り肉2人前!」
女将が景気の良い掛け声とともに大皿を運んできた。
あばら骨のついた焼きたての羊肉と、香辛料の香りがたまらない。
さきほど食事をしたばかりだというのに、くぅ、とお腹が鳴る。
「遠慮せずに喰え。ここの料理はどれもうまいが、俺はこいつが好きでな」
あばら骨を手でつかみ、豪快に食べる二コラにつられて、私も1本、手にとって齧りつく。
柔らかい羊の肉と脂、そしてこの辺りではまだ珍しい南方でとれる香辛料の風味が相まって、文句のつけようがない。
結局、二コラにつられるように1人前を平らげてしまった。
あぁ、美味しかった、で済ませたいところだが、タダ飯を喰ったあとには面倒事がやってくるのが世の常だ。
「なぁ、おまえは魔法使いなんだろ?」
「魔法使いというか、まぁ、魔法を嗜むものには間違いないですが」
「ものは相談だが、周囲にバレずに強化魔法を使う方法はあるか?」
「いきなり不穏当なことをおたずねになりますね?」
「別に普通のことだろう」
「冒険者なら普通のことですが、今のは騎士の奉納試合で魔法を使いたいっていう話ですよね?」
「いや、俺が使おうって言うんじゃないんだ!」
「ついさっき、どう考えても危ない薬に手を出していた方がおっしゃっても、説得力がありませんよ」
「だよなぁ」
ばつが悪そうに、二コラは頭をかいた。
「そもそも、奉納試合で魔法を使ったら、いくら試合に勝っても騎士としての将来がないでしょう」
「それはそうなんだが……」
「なら、騎士道にのっとって戦うしかないのでは」
「そうしたいのはやまやまなんだが……」
二コラの額に深く皺が寄る。
何か事情があるようだ。
「お前は、ここ5年の奉納試合の結果を知っているか?」
「いえ、剣の世界には疎いもので」
「そうか」
私の愛想のない返事に苦笑しながらも、二コラは話をつづけた。
「ここ5年間、奉納試合はずっと炎銀騎士団が勝利している」
「たしか、王都の騎士団ですね」
「そうだ。王都の貴族たちの騎士団だ」
「さすが王都の方はお強いのですね」
「確かに炎銀の連中は強い。それは認める。
だが、あの連中は……強すぎるのだ」
「強すぎる?」
「ここ5年の奉納試合で、炎銀以外の3つの騎士団が、炎銀との試合に勝った記録がないのだ」
「えっと、炎銀の方は、ほかの3つの騎士団相手の試合で5年間ずっと全勝?」
「そういうことだ。
今は王都だけでなく、ヴェルサイドでも4つの騎士団の中で一番強いのは炎銀だと皆が噂している」
「実際に炎銀騎士団がお強いのではないのですか?」
二コラがかぶりを振る。
「俺はここに来るまえは王都にいた。
炎銀騎士団の試合を見たこともある。
たしかに炎銀の連中は強かったが、今の強さは何かが違う。
なんというか、剣がうまく入らぬのだ」
何かを思い出すかように、二コラは右手のこぶしを握ってはひらいている。
「最初は、炎銀騎士団の訓練に、強くなる秘訣があるのかと考えた。
俺は王都時代に縁のできた貴族に頼みこんで、炎銀騎士団の訓練に参加させてもらったことがある。
炎銀での訓練は儀礼が少しばかり多い程度で、中身は青銅騎士団とそう違うところはない。
だが、炎銀の連中は、剣を交えてみると特段技量が優れているという相手でなくとも、うまく剣が入らないのだ」
「その次は、連中の鎧がよほど良いものなのではないかと考えた。
王都の貴族の騎士団だ。
装備は良いものを使っていても当たり前だろう。
だが、奉納試合では、みな神殿が準備する鎧と剣を使うことになっている。
もし鎧に差をつけるのであれば、神殿の内部ものでなければ無理だろう。
であれば、神殿直轄の白銅騎士団に肩入れすることはあっても、炎銀が有利になる理由はないはずだ」
握りしめたこぶしを、だんっ、と机に叩きつける。
「これ以上、俺には何も思いつかん。
何か俺に理解できぬ力が働いているとしか考えられんのだ」
「それが魔法によるものだと?」
「そうだ。
俺も魔法を知らぬ訳ではない。
戦場では何度も魔法に助けてもらったからな。
だが、俺が知るものだけが魔法のすべてではないことくらいは知っている。
きっと俺の知らぬ魔法があり、炎銀はそれを用いているに違いないのだ」
これは心底面倒な話になってきた。
「それを知ってどうするのです?」
「どうする、とは?」
「仮に炎銀騎士団の方々が、奉納試合で誰にも見つからぬよう魔法を使っていたとして、それを暴いてどうされるのですか?
相手は王都の貴族です。
あなたが確固たる証拠をもって告発したとしても、おそらく、もみ消されてしまうだけですよ?
別に人の命がかかってる訳ではないでしょう。
そのまま放っておいても良いのでは?
奉納試合の勝者の栄誉くらい、貴族にくれてやればいいじゃないですか」
「そういう訳にはいかんのだ」
二コラは大きくひとつため息をついた。
「俺も騎士の栄誉なんぞ、微塵も興味はない。
だがな、ここ5年、平民あがりの青銅騎士団が、王都の貴族である炎銀騎士団に負け続けている。
これがどういうことか、わかるか?
王都では、貴族の騎士に強さで勝るものがいないのであれば、そもそも平民を騎士にとりたてる必要がないのではないか、という声が上がっているのだ。
領主のヴェルサイド侯は、諸侯に我々青銅騎士団の有用性を示そうとされているが、正直なところ風向きは怪しい。
もともと、候がもっている平民に対する叙勲権をこころよく思わないものが、この機会とばかりに権利の剥奪と青銅騎士団の廃止を狙っている。
おそらく、次の奉納試合で青銅が炎銀に一勝もできなければ、それは現実のものになるだろう。
あまり考えたくはないが、ヴェルサイドの興隆を危惧した王都の連中が、候の力をそぐために仕掛けている可能性も否定できない。
そうなれば、この街への王都の介入も厳しくなり、候のお立場が危うくなるだけでなく、平民への締め付けも厳しくなるだろう」
二コラの言葉に熱がこもる。
「俺は王都にいた。
だからこの街の凄さがわかる。
おまえたちは、当たり前のように貴族と同じ道を歩いているが、これがどれだけ凄いことかわかるか?
段平通りを見てみろ!貴族と平民が同じ店で買い物をしているじゃなか。
王都では、貴族と平民は住むところが違うし、よほどのことがなければ互いが交わることもない。
ヴェルサイドにも貴族街はあるが、平民が立ち入っても、いきなり殺されることはないだろう?
俺は、この街を王都のようにしたくない。
そのためにも、なんとしても青銅騎士団は次の奉納試合に勝たねばならん。
どんな手を使っても、だ」
事情はわかった。
だが、それに私がつきあう理由もない。
「わかりました。
それでは奉納試合、頑張ってくださいね」
二コラは立ち上がろうとした私を必死で止めた。
「おぃ!ちょっと待て!
俺の話を聞いていなかったのか。
ヴェルサイドの自由が奪われる危機かもしれんのだぞ!」
「王都や貴族のごたごたに巻き込まれるのはごめんです。
街の危機や尊厳は誇り高き騎士様におまかせして、私は帰りますね」
「いやいやいやいや、ちょっと待てって!
俺の話を聞いたら、ほら、なんというか、義憤というか、これはなんとかしなければ! っていう気になるだろう。普通は」
熱弁を振るわれても困る。
「通りすがりの魔法使いに何を期待しているんですか?
もう、あなたと奥さまには十分すぎる義理を果たしていると思うのですが」
協力を渋る私に、二コラは頭をかきながら思案すると、
「そうか、これは、魔法使いというものの性質を忘れていた俺が悪かったな
よし、それでは話を変えよう。
お前を雇いたい。いくらだ?」
今度は直球で来た!
「これ、面倒なだけじゃなくて、下手をしたら王都の貴族に睨まれる話ですよ。
安請け合いはできません」
「安請け合いはできないというのなら、相当の対価を払えば受けてくれるのだな!
それなら話は早い」
いや、早くない。
「その対価で、まともな魔導師を雇えばいいでしょう」
「そうしたいのはやまやまだが、表立ってギルドに依頼するわけにはいかんだろう。
そもそも、この街には剣が使えるものは掃いて捨てるほどいるが、魔法を使えるものは少ないのだ。
名前の知られている魔導師はどいつもこいつもどこかの貴族のひも付きだし、占い小道で腕の立ちそうな魔法使いを探してみたが、あそこは魔法使いよりペテン師か詐欺師の方が多い。
まともに信用できそうな輩がみつからん。
俺にはどうしても魔法に詳しいものの力が必要なのだ」
二コラは真剣だ。
「それで、私が信用できるとでも?」
「少なくともおまえは、レティシア相手にまっとうな取引をしていた。
しかも、さっきは俺を助けてくれただろう」
しまった、やっぱり助けなければよかった。
「対価は俺に支払える範囲なら、お前の希望するものをなんでも出そう。
それでどうだ?」
魔法使いを相手にして、こんな愚かな約束を申し出る二コラに対して、自然に声色が落ちる。
脅すつもりはないが、この男は魔法を使うものを安易に信用しすぎだ。
「……そんな約束を魔法使いの前で口にして、大丈夫だとお思いですか?旦那さま
もし、私がお屋敷をいただきたい、と言ったらどうなさるつもりで?」
「あれは俺のものではなく、レティシアの実家のものだからな。
さすがに無理だが、神殿の西に屋敷が欲しければなんとかしよう。
俺の給金でも、一生働けばなんとか買えるだろう」
「それでは、私が旦那さまの心臓が欲しい、と言ったら?」
二コラは、しばらくの間、じっと私の顔をみつめていたが、困ったように頭をかくと、
「前払だけは勘弁してもらえると助かる」
口角を上げて、にやりと笑った。
……どうやら私の負けのようだ。
動き出したら二コラ氏がいい感じになってきました。
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☆の効果:私のやる気+1




