第7話 幸か不幸か part3
さて、ボクは今、彼女である夢香と共に梶野の家のリビングにあるダイニングテーブルに梶野と向かい合うようにして座っている。
すぐ隣にあるキッチンから、以前あの謎の世界…エリュシオンで出会ったメイドの黒川さんが前と同じメイド服で紅茶を入れていた。その仕草はまさにメイドといった感じで気品がある。
それにしても…てっきりメイドがいるとかいうものだから豪邸を想像していたのだが、着てみればどこにでもある普通の一軒家だった。大体ボクの家と同じか、それより小さいぐらいであろう。
「どうぞ、蓮馬さん、夢香さん」
黒川さんはボクらの前に紅茶の入ったカップを置く。ボクらはお礼を言い、それを口に運ぶ。
「あ、おいしー。それにいい香り」
「ダージリンティーでございます」
夢香の言う通り、香りが良く美味しい。紅茶なんてモノは滅多に飲まないのだが、これはハマってしまいそうだ。
「さて、じゃあ早速本題に入ろうかな」
暫く黙っていた梶野はいつもの笑みを崩さずに口を開く。黒川さんは紅茶を運ぶ為に使ったお盆を抱えながらテーブルの横に突っ立っていたが、梶野に促されて彼の隣の椅子に座った。
「あ、そういえばちゃんと自己紹介をしてなかったかな。僕の名前は梶野雅希。2年2組さ。能力は『ありえないほどの幸運』。そして僕のパートナーがこの黒川観月だ」
「黒川と申します。宜しくお願い申し上げます」
黒川さんは立ち上がって深々とお辞儀をし、すぐにまた座った。それにしても、一体この二人はどういう関係なのだろうか。
「あ、高崎くん、今この二人はどういう関係なんだ…?って考えてたでしょ」
「…何で分かったんだ?もしかしてお前ほんとはテレパシーの能力でも持ってんじゃないか?」
「アハハ、違うって。顔に出てたんだよ。で、勿論僕らの関係は君たちにも話すつもりだったけど、できたら君たちの関係を先に話してくれないかな。ちょーっと重い話になるかもしれないからね」
重い話か…。まあ確かに色々複雑な事情がありそうだ。
ということで、先にボクが夢香との馴れ初めやら何やらを話した。そんなに人にこの話をしたことが無いのでなかなか恥ずかしい。夢香も顔が真っ赤になってしまっていた。そもそも出会ってまだ数時間しか経ってないのに何故こんな話をしなくちゃならないのか。
「へーなるほどね。少女漫画にありそうなぐらいの純愛だね」
「…馬鹿にしてるだろ」
「ああいや違うんだよ。エリュシオンにいる老人は『強い愛』を持つ二人の間に能力が発現する…って言ったんだろ?これもその強い愛の一つなんだなって感心してたのさ」
強い愛か…。ボクはこれが普通だと思ってるし実感は無いが、確かに何年も一緒にいるんだ、これは強い愛と言っていいのかもしれないな。
「じゃあ、ボクらのを話したんだ。梶野も話せよ」
「ああ、そうだね。じゃ、ちょっと長くなるけど付き合ってもらうよ」
○○○
僕は、不幸だった。周りの誰よりも、不幸だった。
忘れもしない、僕が小学一年生の頃。家族で海外旅行に行った帰りの飛行機が墜落。それで僕は両親を失った。僕は怪我はしたけど生き残った。君はこれを幸運だと思うかい?違うね、何よりも不幸な事だ。あの歳で両親を失って一人生き延びるなんて…いっそ死んだ方が幸運だったさ。
それから、暫くは母方の祖父母の家に泊めてもらうことになった。それに伴って転校もした。両親を失って塞ぎ込んでいた僕には当然友達なんかできなかったね。
二年生に進級したあたりから僕に対する嫌がらせが始まり、三年生にもなるとそれはいじめに発展した。僕の心はもうボロボロだった。何せ、両親が死んでからというもの、僕は異常なほどの不幸体質になってたんだ。その不幸で何回死にかけたか分からない。それこそ、神の悪戯かと思ったね。何度神を恨んだか分からない…。
そんなある日、僕の泊まっていた祖父母家にとある女性が現れた。
「黒川観月と申します。今日からあなたのメイドを勤めさせていただきます」
綺麗な黒髪を後ろに束ねて、メイド服を着こなした整った顔立ちの女性だった。彼女によると、最近元気が無い事を心配した祖母がに依頼されてやって来たという。彼女は当時、メイドとは言っても15歳の高校一年生だった。そして、実は彼女は僕の母の姉の娘であり、僕の親戚だった。どうやら将来はメイドを目指しているようで、その勉強の為にここに住み込みで働くことになったそうだ。
それからすぐに僕は彼女に懐いた。普段は物静かだけど、悩みを吐いてみたら優しい表情で全て受け止めてくれた。あまり整頓されてなかった家も彼女の清掃のおかげで見違えるほど綺麗になった。そして、料理も上手く、食事の時間が毎日楽しみだった。特にオムレツは絶品で大好物だった…。
○○○
「おっと、つい思い出話をしすぎちゃったかな」
梶野は紅茶を飲んで一息ついた。梶野は済ました顔をしているが、黒川さんは顔を赤く染めながら机に置かれたカップを眺めていた。そりゃあ、あんだけ褒め倒されたら恥ずかしくもなるだろう。
しかしまさか、そんな壮絶な過去だったとは知らなかった。こんな飄々とした奴でも裏には色々あるようだ。
「それじゃあ続きを話そうか」
○○○
彼女が来たことで僕の心を次第に明るくなっていって、いじめも段々と鳴りを潜め、中学に進学した頃にはいじめも完全に無くなった。ちなみにその時には祖父母は無くなってて、僕らは二人暮らしになっていた。ちなみに今住んでる家はその祖父母宅さ。
僕もある程度大きくなっていたので観月さんもメイドに専念することはなくなって、金稼ぎの為に普通に働きだすようになった。しかし、帰った後は相変わらずメイドとしての仕事をし続けた。
ある日、彼女は酷く疲れた表情で家に帰ってきた。いつもとは明らかに様子が違う。にもかかわらず、彼女はいつものメイド服に着替えて料理の支度を始めようとした。
「観月さん、仕事で疲れてるだろうしご飯は僕が作るよ」
「しかし…これもメイドの勤めですから…」
「いやでも…顔色すごく悪いし…」
「大丈夫…ですから…」
だが、大丈夫なわけもなく。彼女はその場に崩れ落ちた。
僕はキッチンに倒れ込んだ彼女を見てしばらく呆然としていたが、我に返り、彼女を背負ってベッドまで運んだ。…僕が思っていたよりずっと彼女は軽かった。
ベッドに寝かせてから二時間ほどで、彼女は目覚めた。
「…ここは…」
「ベッドだよ。急に倒れたから…」
「…そうでした…すみません、今ご飯の支度を…」
彼女は慌てて起き上がろうとするが、すぐにふらついてベッドに倒れ込んだ。
「ご飯の支度は大丈夫だから…僕がおかゆ作ったんだ。良かったら食べてよ」
「あ…ありがとうございます」
彼女は僕の作ったおかゆを口で冷まして口に運んだ。実はずっと彼女に任せっきりだったので、料理なんてものは初めて作ったのだが…
「うん…美味しいです」
彼女はさっきまでの辛そうな顔から一転、穏やかな表情になってそう言った。僕はつい彼女の顔に見蕩れてしまった。そういえば、ずっと一緒に暮らしてはきたがあくまで姉弟のような関係であってそういう目で彼女を見た事は無かった。
「しかし…情けないですね。メイドなのに逆に奉仕されてしまうなんて…」
彼女は再び辛そうな表情に戻ってしまった。しかし、さっきとはどこか違う。
僕は今まで見たことも無かった彼女の表情に戸惑い、気が付けば彼女の手を強く握っていた。
「…観月さん…あなたはメイドである以前に一人の女性なんだ。辛いなら無理して僕の為に働かなくていい。だから…今日はゆっくり休んで」
「雅希さん…」
観月さんも僕の手を強く握り、ポツポツと握られた手の上に涙を落とした。
「明日からは僕も家事を手伝うから…観月さんは無理しないでほしいんだ。倒れられたら…僕も辛いから」
「…ありがとうございます」
「出来れば…その敬語もやめてほしいかな。貴方の方が年上なんだから」
「は、はい…わかりました…」
「はは、直ってないって」
「…その…ずっと使ってきたのを変えるのは…恥ずかしいです」
彼女は僕から目を逸らした。恥ずかしがっている表情を見られたくなかったのだろう。しかし、頬が赤く染まっているのは普通に見えてしまっている。その時僕は嬉しかったんだ。ようやく素の彼女を見れた事が。
その日から、僕たちの関係は少しだけ変わって。それと同時に僕は能力を得た。それまでは何かにつけて不幸だった僕は見違えるほどの幸運になった。そして、観月さんはエリュシオンに誘われる事となった…。
○○○
「とまあ、こういう感じかな。僕らの愛は恋愛とかそういうんじゃない。もっと別の、君たちに劣らない強い愛さ」
ただの恋愛カップルには見えなかったが、そういう愛の形もあるという事なのか。僕が唸っていると、横から鼻をすする音が聞こえてきた。見ると、夢香が感動したのかボロボロと涙を流していた。
「ううっ…凄くいい話ですね…」
「そんなに泣くほどか…?」
夢香は昔からこうだ。何か感動モノの映画なりを見ると感情移入してしまうのかすぐに泣いてしまう。そういう所も、また彼女の魅力ではあるのだが。
「さて、じゃあ経緯は話し終えたわけだし、今後について考えていこうか」
「今後…?」
「うん、例の世界の住人はこう言ったはずだ。世界の破滅を止めるには強き愛の力が必要だ…ってさ。これどう意味だと思う?」
「さあ…さっぱり分からないな。黒川さんは何か聞いてないんですか?」
「何度か詳しい説明をするように言ったけど…頑なに教えようとしてくれませんでした」
「それじゃあ…どうしようもないな…」
「それはどうかな?」
梶野が僕を試すような口ぶりで言う。クソ…こいつ何故か妙に上から目線でムカつく野郎だな…なんて思っていると、突然夢香が真っ直ぐに手を挙げた。
「人助けをしたらどうかな?私たちの能力で」
「人助け…?どういう事だ夢香」
「私って過去に戻れるからさ…それを使えば過去での失敗とかを修正すればそれが人助けになるんじゃないかな?」
「なるほど…いいねそれ。僕も手伝えば幸運の力で更に上手くいきそうだ」
「お、おいおいちょっと待てって」
勝手に盛り上がる二人に割り込む。
「過去を修正って言ったって…そんなこと勝手にやって大丈夫なのか?」
「え、でもつい前に猫ちゃんを助けたじゃん」
「それはそうだけど…」
「勝手にしなければいいわけだろ?だったらお悩み相談所みたいなのを作ってそこに来た人の過去を変えればいい。そうすれば誰の文句も無いはずだ」
「む…確かに」
「じゃあ決定だね!明日から早速お悩み相談所を教室に作ろう!」
夢香は元気よく拳を天井に掲げた。まさかこんなことになってしまうとは。当然ながらボクも巻き込まれる形になるのだろう。まあ…いいさ。夢香のこういう所は好きだし、こういうイベントに巻き込まれるのも悪くない。ボクは内心少し明日からの生活を楽しみにしていた。