第6話 幸か不幸か part2
「高崎くん、ちょっと僕と来てくれるかな」
昼休み、突然ボクを呼んだのはいい感じにはねた茶髪が特徴の美少年、梶野雅希だった。
ボクは梶野と今まで一度も話した事は無い。しかし、接点はある。
「単刀直入に訊くけどさ」
梶野に連れて行かれたのは学園内の公園。ボクらはその一角にあるベンチに座った。辺りには沢山のカップルがいる。というか、カップルしかいない。男二人でいるのなんかボクらぐらいだ。これではまるでボクに彼女がいないみたいじゃないか…。
「君も、能力者なのかな?」
ボクがどうでもいい事を考えている間に、梶野は本題に入っていた。「君も」というからには、やはりこいつも能力者なのだろう。いや、厳密に言えば彼はボクとは『違う種類の能力者』なのだろう。梶野のパートナーと思われるメイドさんがエリュシオンに来ていたということは。
「そうだ、ボクも能力者だよ。『向こうの世界』に行ける方のね」
「ハハ、やっぱりね。黒川さんの言った通りだ」
梶野は無駄に爽やかに笑う。何だか少し鼻に付く。
「でも確かボクは黒川さんには名乗らなかったと思うけど?」
「黒川さんが君の見た目の特徴を言ってくれたからね。それで君だと分かったんだ」
「お前とは話した事無いはずだけど…」
「ハハ、君自身は知らないと思うけど、君、意外と有名人なんだよ?ラブラブカップルってさ」
…悠斗の仕業か…。いや、違うな。確かに基本夢香と二人でいるし、別に悠斗はそんなに関係無いのかもしれない。
「…本題に戻ろう」
「うん、そうだね。君がエリュシオンに行けるということは…君の彼女さん、咲花夢香さんが世間一般で言う『超能力者』にあたるわけだ」
「ああ、で、お前もその『超能力者』と」
「そう。世界の破滅に抗う為の能力ってね」
梶野は苦笑しながら言う。ボクだって笑いたい。昨日まではボクらはどこにでもいるような普通のカップルだったと言うのに、いつの間にか世界がどうのって…規模が大きすぎる。ただまあ、ボクはまだ一匹の黒猫を救っただけで世界を救うなんて大袈裟な事はしてないのだが。
「そもそも世界の破滅ってどういう意味なんだろうな?」
「さあね、例の老人は詳しい事は教えてくれないらしい。こんな非現実的な事が起きてるし、信じないわけにはいかないけど、信じられるかと言われると…ね。それに僕の能力が世界を救えるとは思えないんだよね」
「ちなみにどんな能力なんだ?」
「うん、それは実際に見せた方がいいかもね」
そう言うや否や、梶野は立ち上がる。そして、ポケットから小さな紙くずを取り出した。
「それで何する気だよ」
「これを…向こうのゴミ箱に入れる」
向こうの、と軽く言っているがそのゴミ箱、ここからギリギリ見えるレベルに遠い。しかもそのゴミ箱はそもそも蓋付きだ。ここから放り投げたところで入るわけがない。ていうか、どんな能力なんだ?
「さて、行くよ」
そんな事を考えている間に、梶野は今にも紙くずを放り投げようとしていた。しかし、フォームが全然なってない。そんなのであそこまで届くはずがないだろうに。
そして、そのヘロヘロなフォームのまま紙くずが宙を舞った。このまま落ちていくんだろうな…と思っていた時だった。
突然どこからかカラスが飛んできてその紙くずを嘴でつまんだ。そして、そのままそのカラスはゴミ箱の方へと飛んでいき…ゴミ箱の真上で紙くずを落とした。しかし、このままでは蓋に弾かれて入らない。と思っていたのだが、今度はどこからか剛速球の野球ボールが飛んできて、ゴミ箱の蓋を弾き飛ばした。そして…。
「入った…」
「入っちゃったね」
梶野は当然、とでも言うように満足げな笑みを浮かべてベンチに腰掛けた。何だあれは、投げた場所に丁度カラスが飛んでくるわ、いきなり野球ボールが飛んできて蓋を吹っ飛ばすなんて…できすぎている。運が良いとかいうレベルじゃないぞ。
「そう、お察しの通りだと思うけど、僕の能力はね…ありえないほどの幸運、さ。それも自動で発動する、ね」
「ありえないほどの…幸運…」
「まあ他に例を挙げると…僕が家を出た途端に降っていた雨が止んだりってのはいつもの事。宝くじは買えば一等。最近だと、横断歩道を渡ろうとしたら一万円札が落ちてたから拾ったら目の前で車同士の衝突事故が起こったりもしたね」
確かにありえないほどの幸運だ。要するに、一万円札を拾えた上にそのおかげで交通事故を回避できたんだからな。
「凄い能力だな。それもやっぱり神の力なのか?」
「そうだね、確か『アレイオーン』って神様の力だよ」
アレイオーン…か。ボクに宿っている神の名は確かクロノスだったっけ。やはり二人の能力者の間に一柱の神が宿るということなのだろうか。そもそもこの神って何者なんだろうか。彼らは…ボクの味方なのか?
「はあ…」
さっきから色々考えすぎて疲れたボクがため息を吐くと同時に、梶野も大きなため息を吐いた。
「正直、僕はこの能力が嫌いだよ」
梶野はベンチの背もたれにもたれかかって空を仰ぎながら呟く。
「何でだ?凄い能力じゃないか」
「確かに凄い能力だね…。でも、凄すぎるんだよ。この能力は僕自身を幸運にする為だけに周りを不幸にしてしまう」
「…どういうことだ?」
「例えばさっき言った例だけど…僕がお金を拾ったってことは誰かがお金を落としたってことなんだ。それに、目の前で起こった交通事故も『僕の幸運を演出する為の舞台設定』として引き起こされた事なんだろうしね」
「…それはちょっと考えすぎじゃないか?お前は幸運で交通事故を回避しただけで、事故自体は起こるべくして起きたんじゃ…」
「どうだろうね。それこそ『神のみぞ知る」ことなんだろうね」
梶野が言い終えると同時に学園に予鈴が鳴り響いた。思ったより長い間話していたらしい。そういえば弁当を食べていないな…。急に腹が減ってきた。
「突き合わせて悪かったね。あ、そうだ。もし良かったらなんだけどさ、放課後に僕の家に遊びにきてくれないかな?出来れば彼女さんも一緒にね」
「ボクの彼女を誑かす気か?」
「アハハ、そんな事はしないさ。確かに君の彼女さんは可愛らしいけどね。僕にはもう愛すべき人がいるからさ」
それだけ言うと梶野はベンチから立ち上がり、ヒラヒラと手を振りながら去っていった。ボクはその後ろ姿を見えなくなるまで見送った。
ボクは暫くその場から動くことが出来なかった。さっきから色んな情報を頭に詰め込まれて理解が追いつかない。まだ自分自身の能力への理解すら追いついていないというのに…。
空腹に必死に耐えながらの午後の授業を乗り越えて放課後。そういえば梶野の家に誘われたんだったな。噂では豪邸らしいのだが、真偽の程は定かではない。
「なあ夢香、今日の放課後空いてるか?」
梶野は夢香も誘うように言っていた。恐らく能力について話し合うのだろう、だとしたら夢香の存在は必須だ。
「今日の放課後…ごめんね、今日は部活があって…」
夢香は女子テニス部に所属している。幼い頃から練習していただけあって実力は確かで、県のトップを争うレベルにはいるらしい。昔は練習によく付き合わされていたものだが、今では流石についていけない。
ちなみにボクは帰宅部だ。中学では夢香に勧められて男子テニス部に入ったのだが、これがなかなか大変で高校では運動部には入るまいと強く決意するレベルだった。
「そうか…部活、どうしても外せないか?」
「うーん、どうしても外せないわけじゃないけど…どうしたの?そんな真剣そうな顔して」
「えーと、実はだな…」
ボクは昼休みの出来事を簡潔に伝えた。ボクら以外にも梶野という尋常じゃないほど幸運になるという能力を持つ男がいること。そして彼も愛の使徒であるということ。そんでもって、今日の放課後に彼の家に招かれているということ。
ボクの話を聞き終えた夢香は数秒間、腕を組んだまま色々考えていたようだが、何かに納得したのか大きく頷くと、
「そういう事なら行くしかないよね。私も…この能力のこと気になってたし、同じ能力者の人と話せば何か分かるかもしれないしね」
ということで、夢香も梶野の家に行くことが決まった。
夢香が部の顧問に休むことを伝えた後、ボクらは校門を出た。校門の前では、昼休みに見た時と寸分違わぬ笑顔を浮かべている梶野が立っていた。
「じゃ、行こうか。案内するよ」