第3話 黒猫救出作戦 part1
「おーい、蓮くーん?大丈夫ー?」
長いようで短い夢から醒めたボクを待っていたのは、ボクの彼女の夢香だった。
彼女はボクの顔を覗き込むようにしてこっちを見ている。すごく…近い…。
ボクは恥ずかしさで顔を赤くした。が、夢香にそんな様子は無い。やけに真剣な顔をしている。夢香は基本的にいつも笑顔で明るい。普段、ボクの前では緩み切った顔しか見せないのだがどうしたんだろうか。
「成功したの…?タイムリープ」
…?
一体何を言っているんだこいつは。夢から醒めたと思ったらまた夢の中に迷い込んでしまったのか?
ボクが怪訝そうな顔をしていると、夢香もまた怪訝そうにこちらを見た。
「もしかして覚えてないの?」
「何の話だよ」
「だーかーらー!黒猫を助けるからってタイムリープ…?ってのをやって10分前に戻って」
夢香は真剣な表情から一転、ふくれっ面になってボクの肩を掴んでゆっさゆっさと揺らし始めた。今日もボクの彼女は可愛いなあ…なんて惚気でもしようと思っていたのだが、どうやらこれは少し真面目にならないといけない場面らしい。
そう、さっきボクの見た夢だ。あの老人は言った。夢香には能力が発現している…と。
「夢香、詳しく話を聞かせてくれないか」
「う、うん。分かった」
それから夢香はこの後の未来について話してくれた。数分後に黒猫が軽トラに撥ねられて死んでしまう事、その黒猫を救う為にボクからタイムリープの方法を教わった事、そして、ここに戻ってきたという事。
不可解なのは何故ボクが夢香の能力がタイムリープっであるというのを理解し、そして発動の方法まで知っているのか…という事なのだが、恐らくあの老人あたりが教えてくれたのだろう。
「どうやら…タイムリープ前の記憶をボクは引き継げないようだな」
「そうなんだ…」
夢香の表情が一気に不安そうになる。無理もない。さっきまでの記憶を保持しているのは世界にたったの一人。つまり、孤独だ。でも、俺ならたとえ記憶を保持できなくても理解はしてやれるからな。
「そう不安がるなって、ボクがついてるからさ」
「うん…ありがと」
夢香は安堵の表情を見せる。俺にしてやれるのは夢香を不安にさせないことだ。
まだボクはさっきの出来事を受け入れたわけじゃない。でも、こうなったからにはやるべき事をやるしかないんだ。世界を救うとか…そういう事は今は考えないようにしよう。
「じゃあ、やろう。黒猫、助けるんだろ?」
「うん!急がないとね」
「とりあえず軽トラから守ってしまえばいいわけだろ?あらかじめ黒猫を交差点に行く前に捕まえてしまえばいいな」
「でも…あの猫ちゃん、動き速くて…呼びかけても全く反応してくれないよ?」
「参ったな…なら軽トラを止めてしまえばいいんじゃないか?軽トラの前に立ち塞がってさ」
「う~ん…危なくないかな…」
「確かに危険は伴うが…それ以外に方法が無いし…それに、もしボクに何かあった時はまたタイムリープすればいいし」
「タイムリープすればいい、って…自分の命を何だと思ってるの!?」
しまった…何バカな事を言ってるんだボクは…。夢香がそんなやり方許可してくれるわけ無いじゃないか。それに、またタイムリープなんてさせたら余計に夢香に負担を押し付けるだけじゃないか。
「その、悪かった…」
「…でも、これじゃあ方法が無いね…」
2人ともすっかり考え込んでしまう。夢香の話によれば黒猫は交差点のど真ん中で動きを止め、数秒後に軽トラが突っ込んでくるとの事だった。だとしたら、その僅かなタイミングで黒猫を交差点からどかせばいい。数秒しか無いから、多少荒いやり方になってしまうかも知れない。しかしボクらにとってこれが一番リスクが少なく、実現可能な作戦だろう。
「時間が無いな…。夢香、ボクに任せてくれ。無いとは思うけど、もしボクに何かあったら…宜しく頼む」
「もし…なんて無いよ。絶対死んじゃヤダ」
「うん、分かってる。じゃあ行こうか」
こうして、ボクらの黒猫救出作戦が始まった。