第2話 タイムリープ
「夢香、あの黒猫、ボクらで救えるかもしれない」
「…どういうこと?」
ボクらの目の前で黒猫が軽トラに轢かれて死んだ。
普通ならどうしようも無い事で、どうしようとも思わない事。
でも、彼の言う事が真実だとすればボクらは救う事ができるはずだ。
その黒猫を…そして、夢香自身を。
「そのだな…俺の話をよく聞いてくれ。最初に断りを入れておくが、決して頭がおかしくなったわけじゃないからな」
「だ、だから何?」
夢香は涙で濡れた大きな目を指で擦りながら尋ねる。
ボクは夢香の泣き顔の美しさに見蕩れつつ続きを話す。
「タイムリープって知ってるか?」
「う、うーん…名前は聞いたことあるけど詳しくは…」
「まあ簡単に言うと過去の世界に移動することなんだけど…」
「…頭おかしくなっちゃった?」
「だからボクの頭は正常だっての…」
ダメだ。やっぱり突拍子も無さすぎて信じてもらえないようだ。というか、そもそもボク自身が信じきれてないのだし仕方ないのだが。
よし、頭で信じてもらえないのならば実際にやってみてもらうしかない。ボクは夢香の両肩に手をポンと置き、少し屈んで目線を合わせて話す。
「夢香、あの黒猫、救いたいよな?」
「そりゃ救いたいよ…救いたかったよ…けど今じゃどうしようもない…」
「じゃあ、もし今からでも救う事が出来るとしたら…夢香は救う事を選ぶ?」
「出来るとしたら…ね」
「よし、じゃあ…10分前…そうだな、ボクが眠りから覚めた時を思い浮かべて」
「え?う、うん…」
実はタイムリープのやり方なんて全く知らない。誰にも教わった事ないし当然だ。あのクロノスって奴も能力を与えるだけ与えて意味深な言葉だけ残して使い方すら教えてくれないからな…
「思い出したら、そこに戻りたいと強く願うんだ。強くだよ?」
「うん…分かった」
夢香はボクのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、真剣な表情になる。そして、ゆっくりと目を瞑った。
数秒経っても異変が無い。何分どこかで見たアニメでの方法でしかない。やり方が違う可能性もある。というか多分違う。別の方法を考えるか…
そんな時、世界が歪んだ。
「!?」
何だこれ…世界が…消えている?
空の蒼が剥がれ落ちて灰色となり、遠くに見えるビルは上の方から粉となって舞い上がって、消えていく。地面すらも闇の中へ落ちていく。そして、ボクも。体が足からどんどん消えていく。
やがて胴体もかき消え、顔すらも消えようとしていた。
「これで…成功なのか…?」
…こうして、この世界のボクの人生は幕を閉じ、この世界は終わりを迎えた。
●●●
「フフ…早速クロノスの力を使わせたな、高崎蓮馬よ」
目覚めるとボクは例の白い部屋の中で仰向けに倒れていた。今のは前に訪れた時にいた老人の声に違いない。
「タイムリープ…成功したのか?」
「無論。お前がさっきまでいた世界は消滅し、時は逆流する。そして、お前の望んだ時間に戻る事ができるだろう」
「そうか…なら良かったが…まさかこんなフィクションみたいな事が本当に…」
「これが現実なのだよ。お前たち人間は、お前たちの言う『非現実』から目を逸らして『現実』を生きているが、本来は『非現実』こそが本質。お前たちの言う『現実』こそが虚構にすぎないのだ」
「難しくて何言ってるか分かんないな…」
「フフ…今はそれでいい。いずれ、知ることになるからな…。さて、そろそろお別れの時間だ」
老人がそう言うと、またもや視界が歪み始める。
「そういえば言い忘れていたが…壊れた世界の記憶を保持できるのは唯一人…咲花夢香だけだ。この世界のお前はここで死ぬ。それは覚えておくのだな」
そうか…今のボクは死んでしまうのか。…怖いな。ほんの数分とはいえ、その分の夢香と過ごした記憶はボクの中から抹消される。何でボクは、こんなに恐れているんだろうか?
この世界のボクはその小さな疑問を解消できぬまま、死んだ。
●●●
そしてボクは何度も聞いたことのある声によって夢から醒めた。
「おーい、蓮くーん?大丈夫ー?」
目覚めたボクの目の前には夢香、ボクの彼女の眩しい笑顔があった。