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啖呵

「俺が、作ってやる! お前たちが本当に満足する! 本当に美味しい料理を作ってやる!」


「ほう……」


 ぎっ、とジェイクを睨みつける。

 料理を知らないのならば。真に美味しいものを知らないのならば、教えてやる。料理人としての自負を全力で背負いながら、竜也は気丈にそうジェイクに告げた。


「……本気で言ってんのか?」


 だが、そんな竜也の決意に対して、ジェイクは冷たくそう尋ねる。

 竜也もまた、そんなジェイクの視線に対して揺るぐことなく見返す。


「つまりリューヤ、手前は……ここにある食事はとても食べられるもんじゃねぇ。だから食べられるものを作ってやる、そう言ってんだな?」


「ああ、そうだ!」


「じゃあつまり、手前のためにヴォイド号の予算から捻出している食材を提供し、手前の自己満足のために作らせて、手前のために用意した食事は捨てろと、そう言うんだな?」


 うっ、と竜也は言葉に詰まる。

 確かに、竜也の言っていることはジェイクの言葉そのままだ。自覚は全くないけれど奴隷として売られ、そんな奴隷に堕とされた身でありながらジェイクに救われた。そして五万アルという金を返せば、自由の身にしてくれる。

 そんな好条件でありながらにして、食事が不味いというだけで我侭を言っているのは、明らかに竜也の方だ。

 だが――それでも。


「……ジェイク、さん」


「何だ?」


「あんたは……いや、ここにいる全員は……この食事で、満足しているのか?」


「ああ、満足してるぜ」


 最早、竜也のことは気にせまい、と食事を始めるジェイク。

 とても食えない生ゴミのようなスープを匙ですくい、口元へ持っていく。その行動には何の躊躇もなく、無理して食べている様子というのも何一つない。

 周囲を見ると、他の連中も同様だった。もう竜也のことなど何一つ気にせずに、勝手にそれぞれ食事を始めている。中には美味そうな様子で、生ゴミスープを飲んでいる輩もいた。


「なんで……なんでだよ……」


 世の中には、美味いものなど溢れている。

 果物はそれだけでも十分に美味い。天然の甘みと大地の恵みはそれだけでも十分なデザートになる。野菜は採れたてならば、生でも食えるものが多い。果物ほどではないが、十分な甘みを舌にもたらしてくれる。肉、魚を火にかけるのは、人類最古の発明だ。火で炙ることで食べやすくなり、殺菌効果もあり、何より美味しくなる。

 人間は、美味しいものを美味しいと思う感情があるのだ。

 だというのに――こんな生ゴミスープで、どうして満足できる。


「ったく、うるせぇな……おい、悪ぃがリューヤ、俺の船に、家族の和を乱す奴は……」


「……ジェイク」


「あん?」


 そんな思いに耽っていた竜也の横で、ジェイクにそう声をかけるのが聞こえた。


「……作らせれば、いい」


「フィリーネ?」


 竜也の横を、甘い香りが通る。それと共に、フィリーネの小さな体躯が、ジェイクと見合っているのが分かった。


「……作れるなら、作らせれば、いい」


「おいおい、食材は有限だぜ。ついさっき出航したばかりだし、次の港までは最低でも三週間かかる。余分な食料は買ってねぇぞ」


「……ついさっき出航したばかりだから、いい」


「確かに、別に決められた日に行かなきゃいけねぇわけじゃねぇけどよ……」


 む、とジェイクが眉根を寄せる。

 そこで、フィリーネが変わらず感情を持たない瞳で、竜也を見た。

 どきりと、心臓が跳ね上がる。それと共に、その桜色の唇から目が離せない。


「……リューヤ」


「は、はい」


「……食事は、しなきゃ死ぬから、するだけ」


「え……?」


「……満足なんて、ない。リューヤは、違う?」


「あ……ああ! 食事は、人生の楽しみだ!」


「……ん。じゃあ」


 フィリーネは無表情ながらも真剣な眼差しで、竜也を見る。

 それは、つい先程言葉を交わしただけだというのに、竜也に対する信頼が込められた眼差し。

 だから、その表情は。

 無表情だけど、微かに笑っているような気が、した。


「……リューヤは、フィーが満足できるごはん、作れる?」


「ああ、できる!」


「……じゃ、任せる。エミリアを、使っていい」


「お、おい、フィリーネ!」


「……今回は、フィーが預かる」


 フィリーネから寄せられた、全幅の信頼。

 今日初めて出会ったばかりの竜也を信頼してくれたことに、感動すら、覚えた。


「んじゃ案内するねー。色々教えてあげるよー」


「あ、ああ! よろしく頼む!」


 だから竜也は、料理人として。浅倉屋洋食店、次期店主として。

 フィリーネに報いるには、料理で示すしかないから――。


「では――少々、お待ち下さい」


 そう、深く頭を下げた。

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