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竜也、怒る

 目の前に出されているモノに、竜也は憤慨を隠すことができなかった。

 ここは、海賊船ヴォイド号の船員食堂。二十名からなるヴォイド号の乗組員が、見張り台の者を除いて全員集合している。そして船長であるジェイクが座ってから、乗組員の一人がテーブルへと食事を配った。

 期待していた。どんな料理が出てくるのかと。

 楽しみに思っていた。どんな食事が楽しめるのかと。

 色々と想像していた。異世界の料理とはどんなものなのかと。

 その全てが――打ち砕かれた。


「さて、全員、行き渡ったか? 紹介しよう、今日から俺たちの家族になった、リューヤ・アサクラだ。少なくとも五万アルを返済するまではこの船に乗る予定だから、全員仲良くしてやってくれ」


 ジェイクが言葉と共に竜也を促すけれど、全く耳に入らない。右手で竜也に立ち上がるように示しているけれど、全く目に入らない。

 やや困惑している様子で、ジェイクが竜也を見る。だけれど、そんなジェイクの行動も、ジェイクに促されたにも関わらず無視を決め込む竜也に対しての周囲の反応も、何一つ竜也を動かすには至らなかった。


「……どうした、リューヤ?」


「……」


 浅倉竜也は、浅倉屋洋食店四代目店主浅倉譲二の息子である。

 九歳から厨房に入り、下拵えと洗い場を任された。その当時に、人参の飾り切りをいかに美しく仕上げるかが自分の中でブームとなり、店にある人参全てを飾り切りにして店主に叱られたこともある。

 十二歳になってようやく焼き場を任され、特にオムライスをふわふわの卵で巻く技術を必死に練習した。火の加減について父からの注意、叱責を受けなくなったのは、焼き場を任されて一年経ってからだ。

 十四歳のときに焼き場、揚げ場の両方を任されるようになり、とにかく火と共にあった。一度の四つの注文を同時に作るなど当然で、タイマーすら用いずにベストの揚げ加減に仕上げるのには二年の歳月を必要とした。

 そして現在になり、焼き場、揚げ場は完全にマスターした。浅倉屋洋食店でも人気のメニューだったオムライスの、中身であるチキンライスをカレー粉で味付けすることによってドライカレーとした新メニューを作って以来、竜也の新メニューを贔屓にしてくれるお客さんも多くなってきている。かといってそれに驕らず、竜也自身もまだまだ修行中の身だと日々料理の修業に励んでいた。

 そう、竜也が作ってきたのは、料理だった。

 では、目の前にあるモノは一体何なのか。


「……けるな」


「あん? リューヤ。どうし……」


「ふざっ、けるなぁっ!」


 竜也は目付きこそ悪いけれど、普段からそれほど感情を表に出す方ではない。

 ヤンキーの怖いお兄さんに囲まれて金をせびられても、謝って財布を差し出す程度には気が弱い。どれほど人に馬鹿にされたとしても、笑って流せる程度には懐は深い。

 だけれど、それには一部、例外がある。


 それは――料理だ。


 竜也の作る料理を美味しくないと言われたら、それは竜也の修行不足である。しかし、竜也が絶対に許せない行為――それは、食材を粗末にすることだ。

 例え野菜の切れ端一つでも、それをまとめて少しの肉と共にごま油ででも炒めれば、賄いの野菜炒めの完成だ。無碍に捨てるなど、竜也の料理人としての矜持が許さない。

 そして何よりも目の前にあるこれのような、食材の美味さを何一つ引き出さず、ただの生ゴミでしかない料理を出されたときは――竜也は、我慢できない。


「……お、おい、リューヤ?」


 竜也の目の前にある皿二つ――片方の皿に乗っているのは、やや黒いパンだ。恐らく小麦ではなくライ麦を使用した黒パンなのだろう。

 しかし問題は、もう片方の皿――スープだ。

 まず色は、全体的に黒い。それもイカ墨のスープのような深い黒ではなく、全体的に淀んだ黒色だ。その中に入っているのは、野菜と肉と魚だろう。

 ジャガ芋であろう野菜は皮も剥いておらず、ナスのように見える野菜はヘタがついたままで切ってすらいない。魚は頭がそのままついており、恐らく内臓の処理もしていないだろう。さらに肉らしいものが見えるけれど、こちらは真っ黒な中に浮かんでいるために何の肉なのやら全く分からない。

 ごった煮。いや――これをごった煮と呼んでは、ごった煮に失礼だ。

 煮込みすぎているのだろう、魚は骨が飛び出しており、肉はカチカチに固まっている。野菜は原型を留めているものが多いけれど、ジャガ芋は明らかに煮込みが浅い。しかも真っ黒のスープを吸っているために、野菜の色も変色している。漂う香りはまさに生ゴミのそれだ。

 とにかく水の中に処理もしていない魚と皮も剥いていない野菜を突っ込んで、火にかけて何日も煮たスープ――そんな、とても料理とはいえない代物。


「これが……これが料理かよっ!」


 これを料理と呼ぶのなら――食材の、悲鳴が聞こえてくるようだ。

 ジャガ芋は万能の食材だ。刻んで揚げるだけでフライドポテトになり、醤油、味醂、酒と共に煮込めばおかずの一品になる。ナスは輪切りにして豚肉と共に煮込めば相性も抜群だ。魚はしっかり内臓を処理してから軽く塩を振り、焼くだけでも美味しく仕上がる。

 だというのに――このスープは、その全てを混ぜこぜにして台無しにしているのだ。

 料理人として、決して許せるものではない。

 しかし、そんな竜也の心からの叫びに対して――共感の言葉は、なかった。


「これが料理って言われてもなぁ……こういうもんだろ?」


「メシなんだから、食えば一緒だろ」


「……いきなり何なんだ? アイツ」


「熱いのは結構だが、そんなこと熱弁されてもなぁ……」


 ぼそぼそと、竜也の言葉に対する反応が聞こえる。

 誰もが、この料理に、この食事に、何の感情も抱いていない。こんな生ゴミを料理として提供されていながらにして、何も感じていない。

 竜也にはそれが信じられなかった。


「これはっ、料理なんかじゃねぇ! 生ゴミだ!」


 だから――思わず、そんな言葉が口を出た。

 目の前にある、スープと呼ぶこともおこがましい生ゴミ。それを当然のように料理として認識し、それ以上の美味を求めようとしない者。それは竜也にとって、信じられない人種を見るようだった。

 だから、気付かなかった。

 竜也の言葉と共に、ジェイクの眼差しが冷たく細められたことに。


「……おい、リューヤ」


「な、何だよっ!」


「手前は、これを食べられる代物じゃねぇと、そう言いたいのか?」


「そうだっ!」


 だがそんなジェイクの冷たい眼差しにも、竜也は退かない。

 根本的には争いを好まない性格である竜也だが、こと料理に関しては話が別だ。とても食える代物ではないモノを料理として提供されて、黙って食べるほど竜也は人間ができていない。

 しかし、そんな竜也の言葉に対して、ジェイクは僅かに眉根を寄せた。


「……理解できねぇな」


「はぁ!? 食えねぇ代物を食えねぇって言って何が悪いんだよっ!」


「そもそも、手前の食えねぇ代物ってぇのは何だ? リューヤ」


 まるで癇癪を起こしたような竜也の言葉に、ジェイクはそう返す。

 食えない代物――それは、目の前にあるコレのようなものだ。とても食材の味を引き出しているとは言えず、ただ煮込んだだけの生ゴミ。

竜也にしてみれば目の前にあるコレは、小学校の給食の時間を終えて、余り物を大きな鍋に全て突っ込んだ残飯の方がまだマシなレベルだ。


「このスープの中に入っている具材を見ろ。キュロート、テーポ、オレオ、デーロックの燻製肉、それに名前は知らねぇが魚……この中に、手前が食べられない物があるのか?」


「は……はぁっ!?」


 本気で言っているのだったら、頭を疑うような発言がジェイクから飛び出した。

 最初に言った数種類は分からないが、恐らく野菜のことだろう。デーロックというのは、この肉のことか。加えて、魚。確かに、どれも単体では食べることができるものだ。

 しかし、単体で食べられるからといって、それが混ぜ込んで食べられるものであるわけがない。それが通じるならば、「どれも食えるモノなんだから大丈夫だろう」などという訳の分からない理屈で男の料理を行う創作物の主人公なんて存在しまい。

 否――それが通じるのならば。

 料理すら、必要ない。


「ねぇだろ? だったら話は終わりだ。全員、食事に――」


「……せろ」


「――あん?」


 だから、つい、そんな言葉が口から飛び出した。


「俺に――作らせろっ!」


 美味しいものを知らないと言うならば。

 真に美味しいものを食べたときの幸せな気持ちを知らないのならば。

 料理というものの何たるかを何一つ知りえないと言うならば。


 だったら――教えてやる!

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