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通じない会話

「だから、サン・ユディーノだ。知らねぇか? それなりに大きい港町なんだが」


 サン・ユディーノという名前の町どころか、ティルク王国という名前にすら聞き覚えがない。ヨーロッパあたりで小さい国が乱立しているところがあった気がするけれど、もしかするとそのうちの一国なのだろうか。

 と、いうことは――竜也は、完全に不法入国である。何せパスポートなど持っていないのだ。


(やべぇ)


 焦燥ばかりが募り、しかしここで唐突に疑問が沸き上がる。

 ここはティルク王国の港町サン・ユディーノ。ならば何故、ジェイクは普通に日本語を喋っているのでしょうか?

 混乱が脳裏を駆け回り、考えが上手くまとまらない。もしかして、これ全部ドッキリなんじゃないのか、という平和的な考えが一瞬過ぎるけれど、残念ながら理性が完全に拒絶した。そんな悪友はいないし、いてもこんなヨーロッパ系美青年を捕まえられるとは思えない。


「ん? サン・ユディーノを知らねぇってことは、随分遠くから来たのか? リューヤはどこの出身だ?」


「……えっと、俺は東京です」


「……トーキョー?」


「はい……ええと、日本……ジャパンの、首都……ええと、首都って英語で何て言うんだろ……とりあえず、ジャパンのセンターです!」


 悲しい英語力を駆使して、ジェイクにそう述べる。

 こんなことなら少しでも英語やっておけば良かった――思えば料理のこと以外、何一つ授業で習ったことなんて身に入っていない。

 しかし、そんな悲しい英語力が理由というわけでもなかろうが、ジェイクは変わらず首を傾げるだけだった。


 ティルク王国というのが世界的にどれほど有名な国かは知らないけれど、竜也は己の暮らしている国が世界的にどういう立ち位置かはそれなりに知っているつもりだ。

 ジャパニメーションなんて言葉が定着するくらいにアニメ・漫画・ゲームに関しては他の国の追随を許さないほどの発展を遂げ、海外に日本料理店が存在するほど他国民にウケたヘルシーな食事、ニンジャ、サムライという独特の文化に対しての欧米人の認識、例を挙げれば枚挙に暇がないが、それほど日本という国は世界的な有名国だ。

 だというのに、その国の首都ならばともかく、国名すら知らないというのは珍しいにも程があるだろう。

 ジェイクは日本語を流暢に喋っているというのに、その日本を知らないというのは些か異常なことにすら思えた。


「……ふーん。俺の知らねぇ国から来たみたいだな。一体いつからここにいるんだ?」


「へ? あー、えーと、来たのはついさっきです」


「え?」


「え?」


 事実をそのまま述べただけなのに、驚いたような顔をされて逆に驚く竜也。実際、ここに来たのはほんの数分前なので、間違ったことを言ったわけではない。

 ジェイクは少し考えるような仕草をして、眉根を寄せた。


「……ここに来る前は、何してたんだ?」


「ああ、うち洋食屋なんですけど、卵が切れちゃったんで買いに出ようとしたんですね。そしたらいきなり、ここに来てたんです」


「え?」


「え?」


 ジェイクは相変わらず、間の抜けた顔をしながら驚く。

 確かにいきなり神隠しに遭った、と言われれば驚くのも当然か、と竜也は頷いた。実際、竜也とてテレビで神隠し云々の番組は見たことがあるけれど、全く信じていなかったのだから。


「……ってことは突然の転移か? 転移魔術なんて『魔術大公』アーサー・クラウドくらいのレベルでなきゃ扱えねぇ技術のはずなんだが……偶然が重なったか? くそっ、フィリーネを連れて来りゃ良かった……」


 なにやらブツブツと呟き始めたジェイクに、竜也は首を傾げる。

 所々に『魔術』とかなんとか出てくるけれど、もしかしてこの子はイタい子なのだろうか、という軽い疑問を抱えながら。

 すると、奥の方からドスドスと石の床を踏みしめる音が響いた。


「じぇ、じぇ、ジェイク様っ! もっ、はぁっ、申し訳、はぁっ、ありません!」


 それは先程どこかに行った成金趣味の男で、どうやら走ってきたらしく、激しく息を荒げながらそう頭を下げる。

 そして同時に、ぎっ、と男は竜也を睨みつけた。


「きっ! 貴様っ! 何故ここにっ……」


「あー、ガイノス」


「いるっ……! む? な、何でしょうか!?」


 指を突きつけて糾弾してこようとした男を、ジェイクが手で制す。今にも竜也に飛び掛りそうなほどに目を血走らせていたというのに、ジェイクの制止に対してどうやら自制したらしい。

 ふむ、とジェイクは顎に手をやって。


「この男、買ってやる」


「……はっ!? じぇ、ジェイク様!? も、申し訳ありませんが、この男は……!」


「代金は言い値を支払ってやるよ。それとも何だ? ガイノス、手前の店は陳列している商品を売れねぇ店だってのか?」


 うっ、とガイノスと呼ばれていた男が押し黙る。

 陳列されていた商品――その言葉に、竜也はややげんなりとした表情を浮かべた。確かに男の様子やジェイクの様子から、若干ながら予想していたことではあるけれど。

 この男は売り手で、ジェイクは買い手で、竜也は商品。

 ならば、簡単だ。


 このガイノスという男は――奴隷商だ。


「……く……うっ……」


 ガイノスは小さく口元を震わせながら、ジェイクと竜也を交互に見る。

 この檻は奴隷を拘束しておくためのものであり、鉄格子越しに買いたい奴隷を買い手が選別するシステムなのだろう。そして竜也は、既に売れてしまった奴隷の檻に偶然にも入ってしまったため、ガイノスの側から存在を確認していない奴隷となったのだと思われる。

 そして――何故か竜也は、ジェイクに買われるらしい。

 ガイノスは悩んだ様子で、しかし大きく溜息をついた。そして、諦めたように鼻息荒くジェイクを見て。


「……では、いつも通りに男の成人ですので五万アルで結構です。ただし、私の様子をご覧になってお分かりとは思いますが、こちらでは全く素性を把握していない奴隷です。何らかのトラブルが発生したとしても、こちらで責任は負いかねますが」


「ああ。じゃ五万アルだな、即金で支払ってやるよ」


「……毎度ありがとうございます。躾も行っておりませんので、買い主様に逆らうこともあるかもしれませんが、何でしたら引き渡しを後日としてこちらで調教致しましょうか?」


「いや、このまま連れて帰らせてもらう」


「は。承知いたしました」


 そして当の竜也を尻目に、ガイノスとジェイクの商談はうまくまとまったらしい。

 知らない間に奴隷として売られてしまったけれど――まぁいいか、と竜也は諦め半分といった様子で嘆息した。

 どうせこのままだと、日本に帰る当てがない。ジェイクはそれなりにいい奴そうだし、状況によっては帰らせてくれるかもしれないだろう。だったらこんな鉄格子の中にいるよりは、外に出た方がマシだと思えたのだ。

 それに、何より。

 先程、ジェイクが呟いていた『魔術』という言葉。世界的にも合法的にはほとんど認められていない奴隷の販売。アルという全く聞いたことのない通貨に、ティルク王国という全く聞いたことのない国名。

 これを総合して、情報を整理すると。


(まさか俺……異世界にいるんじゃねーか?)


 という、日本から遠く離れたヨーロッパの小国にいるという推理よりも、余程現実的で限りなく非現実的な仮定が思い浮かんでしまうのだった。


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