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脅威の『鉄腕』

『総員に伝達。前方に海賊船を発見。戦闘配置につけ。繰り返す。前方に海賊船を発見。戦闘配置につけ』


 唐突に、厨房に流れたそんなジェイクの声に、竜也は手を止めた。

 声と共に「ひゃっほーっ!」と走り出してゆくエミリアの後ろ姿を横目に、少しだけ考える。

 竜也は、戦闘に参加する必要はない。そう、ジェイクから直々に特例として認められた。だからこそ、逆に悩んでしまう。


「……大丈夫、かな」


 ヴォイド号に乗って、既に二十日目。先日のホプキンス率いる商船との邂逅以外に、何一つ他の船に出会っていない。

 竜也の聞いた限り、ヴォイド号の任務は海賊船を殲滅することだ。ならば敵の海賊船との戦いは、必ず存在するものである。だが、実際に戦闘が行われるとなれば落ち着いていられないのも当然の話だ。


「……フィー」


 竜也の知るフィリーネは、美少女と呼んでも良い細身の女性である。

 姿を思い返すだけで、少しだけ頬が赤くなる。どうにか、邪念をかぶりを振ってかき消した。

 フィリーネは魔術師であり、最前線で戦うべき存在ではないが、それでも少なからず危険はあるだろう。船長であるジェイクや他の男性クルーならばまだしも、エミリアも戦いに参加するとなると、男として不甲斐ない気持ちも出てきてしまう。

 やはり、竜也も戦闘に参加するべきなのだろう――そんな考えすら浮かんでくるけれど。


「……でも」


 ぶるぶる、とかぶりを振る。

 フィリーネは、ジェイクは、エミリアは、他のクルーも皆。

 竜也に死なれるわけにはいかない、そう言ってくれた。

 ならば、竜也の仕事は何か。


「……信じなきゃ、な」


 仲間を、信じること。

 竜也の仕事は、料理を作ることだ。戦いに勝利した仲間に対して、料理を振舞うことが竜也にできる唯一のことだ。

 ならば、その仕事をきっちりこなさなければならない。

 現在時刻は、朝食後と言うには少々時間が過ぎており、昼食を摂るには少々早い時間。

 海賊船同士の戦闘がどれほど時間のかかるものかは分からないけれど、竜也に出来ることは、クルー全員分の昼食を用意することだけだ。

 誰一人欠けることなく。

 竜也を信頼してくれる相手が、誰一人死ぬことなく。


「だったら――」


 そこには誰もいない。そんなことは分かっている。

 だけれど、竜也は天を仰いだ。

 届かなくても、それでも、想いを込めて。


「――死ぬな、フィー……みんな……。美味しい焼きそば、用意してるからな!」


 フィリーネを、仲間を信じ、その無事を祈って。

 竜也は、包丁を掲げた。








「敵船接近!」


「錨を下ろして縄梯子を繋げ! いいか、敵は俺らより多いんだ! 目ぇ瞑って剣振り回しても当たらぁ!」


 ジェイクの指示と共に、クルーが動いて敵のガレオン船と、ヴォイド号を繋ぐ。

 それは向こうも同じ考えだったようで、ヴォイド号クルーの投げる縄梯子と共に、向こうからも縄梯子が飛んできた。

 ジェイクは全体の中央――先頭に立ち、敵船の甲板を見つめる。


「へぇ……今回の獲物は、威勢がいいじゃないか」


 そこにまず現れたのは――女だった。

 二本の角がついた、鈍色の兜。その下に見える顔立ちは整っており、美女と呼んで差し支えない。しかし頬に走った古傷と、その傷が通ったのであろう潰れた右目が、威圧感を醸し出している。

急所を覆っているだけの簡素な鎧の下は細身であり、すらりと長く伸びた脚を惜しげも無く晒し、しかし裾の長いコートを羽織っている。しかし、何より目を引くのはその両腕だろう。

 その両腕は、鉛色の篭手に包まれた鉄。


 二つ名を――『鉄腕』。


 懸賞金を渋り海賊の横行を許す政府が、危険性を考えて五百万もの賞金をかけた、悪名高い海賊。


「威勢がいいとこ悪いがね、あんたの船のモン、全部アタイに寄越しな」


「悪ぃが」


 だけれどジェイクは、そんな『鉄腕』の威圧的な姿に対して、何の動揺もなく迎える。むしろ、その威勢を鼻で笑いながら。

 それは同じ海賊として。

 それは同じ船長として。

 引くべき時ではないと、判断したからこそ。


「ウチも海賊船なんだわ。残念だが、手前の首とそっちの船のお宝、全部貰い受けるぜ。まさか、噂に名高い『鉄腕』が女だとは思わなかったがな」


「へぇ? 旗印は見えないがねぇ?」


「あんな目立つ旗を掲げて海を渡っている気が知れねぇな、『鉄腕』。自分が賞金首になってる自覚があんのか? 襲ってくださいとでも宣伝しているようなもんだぜ」


 ふん、と目一杯の嘲笑を込めてそう告げる。

 実際に、海賊船において旗印を掲げるメリットは、全くない。

 名の知れた海賊であるならば、その旗印も当然知られている。ならば、船の姿が見えた時点で旗印を確認し、そのまま逃走を図る商船も多々あるのだ。特に『鉄腕』の船は巨大なガレオン船であり、速度は中型船にも劣る。旗印を掲げなければ油断させて近付き、奪うことすら出来るというのに。

 ゆえに、ジェイクはこう思っている。海賊船において、髑髏マークの旗を掲げる理由は。

 安っぽいプライドの誇示に過ぎない、と。


「はッ!」


 しかし、そんなジェイクの挑発に対して、『鉄腕』は鼻で笑った。


「アタイの船をよぉ、襲ってくる奴はいないさ」


「へぇ? 手前がどれだけ強かろうと、遠くから大砲でも撃ちこまれたらどうすんだ? 船ほど不安定な乗り物はねぇぜ。量によってはそのまま沈没すらありえる」


「大砲だぁ? はッ!」


 至極真っ当なことを言っているはずのジェイクの言葉も、そんな『鉄腕』の嘲笑に攫われる。

 まるで見当違いなことを言っているかのように。


「アタイがさぁ、なんで『鉄腕』って呼ばれてんのか、知らないのかい?」


「……その両腕だろ? 悪ぃが、んな重い鉄の塊が俺に当たるなんて思わねぇことだな」


「あぁ、そうさ。この『鉄腕』でねぇ」


 にたり――そう、『鉄腕』は唇を吊り上げて。


「大砲の弾丸も、ついさっきブチ落としてやったよ」


 両腕を誇示しながら、『鉄腕』はゆっくりと前へと歩く。

 敵はガレオン船。ヴォイド号は比べれば一回りも二回りも小さい。どうしても船と船の戦いというのは、高さのある方に有利に出来ているのだ。

 つまり――攻めは『鉄腕』の一味であり、守りがヴォイド号。

 その先頭に来たのは、船長自身だった。


「ふんッ!」


 ガレオン船の甲板から跳躍し、ヴォイド号の甲板に『鉄腕』が降り立つ。

 一人の手勢も引き連れず、ただ一人で。


「……死にてぇのか?」


「あんたに、アタイが殺せんのならな」


「後悔すんじゃねぇぞ。俺ぁジェイク・ヴォイド。ヴォイド号船長だ。尋常に勝負しな」


「くくっ……アタイはヒルデガルト。『鉄腕』ヒルデガルトだよ!」


 おおおおおおおおおおっ!

 激しい怒声と共に、ガレオン船から縄梯子を伝って、『鉄腕』ヒルデガルトの一味が下ってくる。

 その勢いは、船長そのものであるかのように。


「エミリアぁ! 雑魚の相手は任せたぞ!」


「てめぇら! 全員ブッ殺しなぁ!」


 互いに大声で、端的に指示を叫んで。

 ジェイクのカトラスとヒルデガルトの鉄腕が、激しくぶつかり合った。

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