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謎の牢獄

「…………………は?」


 たっぷり十秒ほどかけて、竜也の口から漏れたのはそんな短い言葉だけだった。

 周囲に見えるのは、無機質な石壁。ところどころ罅が入っているのを見ると、随分年季が経っているのだろう、ということが窺える。いや――問題はそんなことではなく、店の裏口から続く場所はこんな石壁の部屋ではないことだ。

 浅倉屋洋食店の裏口は隣家のコンクリート塀との間にある小さな道から表通りへ出ることができ、出た場所のすぐ隣に店のお客様用入口がある。だから従業員は全員裏口から入るようにしているし、数少ない喫煙者の従業員用に、裏口から出たすぐ右に喫煙所も用意してある。もっとも、現在はアルバイトもおらず家族だけで注文を回しているのだが。


 しかし――目の前にあるのは、石壁。

 恐る恐る後ろを振り返ると、そこにあるのは浅倉屋洋食店裏口の出入り口――ではなく、錆びた鉄格子。先程まで聞こえていたはずの、店を訪れていたお客様方の喧騒は全く聞こえず、静謐と呼んでもいいほどに無音。


(ここ……どこ?)


 心中で問いかけるも、竜也の疑問に答えてくれる声は当然ながらない。

 夢でも見ているのだろうか――そう思って自身の体を見下ろすと、そこには当然ながら浅倉屋洋食店のロゴが書かれた制服に、油が飛んで所々ほつれている前掛け。尻のポケットには、卵を購入するために突っ込んだ千円札が間違いなく入っている。仕事中のため携帯電話も持ち合わせておらず、当然ながら財布も身分証明書もない。

 限りなく自身の格好は現実的で、だけれど周りの状況は非現実的。こんな状況、どう対応すればいいか教わった覚えもない。


 だが――と現状を改めて、鑑みる。

 目の前には、鉄格子。残る三方は、石の壁。鉄格子と反対側に、明り取りだろうか吹き抜けの小さな窓があったが、そこにも頑丈な鉄格子が収められている。

 つまりこれは、唐突によく分からない場所に来てしまったうえ、どうやら牢屋らしく出られない、ということになる。

 踏んだり蹴ったりにも程がある現状に、思わず頭を抱えた。


(うわぁ……やっべぇ……)


 知らない場所。しかも檻。出られない。最悪のコンボに対して浮かぶのは、そんな陳腐な現状把握だけだった。


(早くカクソト行って卵買ってこなきゃ、オムライス出せないじゃねーか……。今日は常連の黒田さんも赤瀬さんも来てねーし、あの人たち、いつもドライカレーのオムライス頼んでくれるから出さなきゃいけねーってのに……)


 しかし、懸念点は若干ずれていた。

 ふーむ、と竜也は腕を組み、考える。


(とりあえず、ここが何処なのか知ることだな。んで、出してもらってから急いで店に戻って、その途中で卵買えばいいか。あー、でも店からどんくらい離れてんだろここ。これってあれだよな。俗に言う神隠しって奴だよな。あれって何百キロとか一瞬で行けるとかテレビで見た気がするし……)


 とにかく第一目的は卵を購入すること、と揺るがない竜也。

 ならばやるべきことは、とにかく人を見つけることだ。人を見つけて場所を聞いて、それから家に帰る。それが一番だろう。ならば今やるべきことは、呼びかけだ。大声での呼びかけ。呼びかければ大抵の人は来てくれるだろう。

 では――。


 と、竜也が大声で人を呼ぼうとしたそのとき、やや離れた位置から足音が聞こえた。

 コツン、コツン、と石の床を叩く音。音からすると、複数だろう。鉄格子に近付き、足音のする方へと顔を向ける。随分と暗い廊下を、歩いてくる人影が二つあった。


「いやいや、毎度お引き立ていただきましてありがとうございます、ジェイク様。今回は如何でしたか? お気に召す商品は御座いましたでしょうか?」


「……どいつもこいつも、随分痩せてんな。ちゃんと飯は食わせてんのか?」


「それは勿論でございます。しかし、何分私どもとしましても食費の削減を行わなければならない部分もありますゆえ、満足な食事、とはいかないのが現状でして。その分も込みといたしまして、お勉強させていただきますが」


「……まぁ、もう少し見せてもらう」


 片方は、随分と横に広い中年の男だ。いかにもな成金趣味とでも言うか、両手の指全てに宝石の光る指輪を嵌め、目に優しくない金ぴかの服を着ている。たっぷりと脂肪がついて顎と首の境界線がない場所には、同じくキラキラとしてネックレスを幾つも掛けており、もう少し自重しろ、と豪華が過ぎて悪趣味な格好である。

 そしてもう片方は男と異なり、随分シンプルな格好の男性だった。ブロンドを後ろに流して一つにくくり、首から下に長めのロングコートを羽織って前を閉じている。ロングコートの下に見えるのは革のズボン。だが印象的なのは服装よりもむしろ、その左目にあてられた眼帯だろう。

 眼帯――それも眼科などで貰うガーゼの白いものではなく、戦国武将の伊達政宗が身に付けていたような黒の眼帯である。しかし厳しい印象はあるも、全体的に顔立ちは整っている青年だ。

 肥え太った豚と並んで歩いているから、尚更に美青年に見える。

 すると太った男の方が、竜也と目が合うなりぎょっ、というような表情を浮かべた。


「あー、その、すいませーん」


「っ!? ご、五十五番房になんで……。お、おい! 誰か! 誰かいるか! じぇ、ジェイク様、しょ、少々お待ちください。確認してまいりますので!」


「ん? ああ、別に構わねぇが」


 何故か竜也が声をかけると共に慌て始めた男は、そこから踵を返して駆けてゆく。そして取り残されるのは、ジェイクと呼ばれていた青年と竜也だけだった。

 ふーむ、と顎に手をやりながら、竜也を見る青年。


「あ、どうも。はじめまして」


「ん……あ、ああ。ご丁寧にどうも?」


 ひとまず男性の方は去ったため、青年の方に挨拶をする竜也。とりあえず、この現状をどうにかしてくれるなら誰でも良かった。

 しかしそんな竜也の挨拶に対して、やや困惑している様子の男性。

 対人関係の構築を円滑にするのは、いつだって自己紹介とシェイクハンドである。竜也はそのモットーに従って、まず深々と男に向けて頭を下げた。


「俺は浅倉竜也といいます。都内にある浅倉屋洋食店店主の息子です」


「……アサクラリューヤ? アサクラが名前でいいのか?」


 っと、と竜也は頬を掻く。男性の顔立ちはヨーロッパ系だが、日本語はペラペラだ。だというのに、竜也の名前に対して浅倉をファーストネームと勘違いをしているらしい。

 確かに西洋圏では名前の次に苗字だよな、と納得して、改めて再度自己紹介を行う。


「えーと、そちら風に言うなら竜也・浅倉です。竜也の方が名前になります」


「リューヤ・アサクラか、変わった名前だな。つか、随分と丁寧な名乗りをするんだな」


「初対面の人には礼儀を尽くす、ってゆーのがモットーなんです。うち客商売なんで、一見のお客さんはとりあえず丁寧に対応しときゃ怒られませんし」


「へえ。ああ、俺はジェイク・ヴォイド。リューヤ、でいいか?」


「ええ、どうぞ」


 ふーむ、とまじまじ竜也を見つめるジェイク。遠くで見ても美形だったが、近くで見るとより美形だった。

 日本人離れした顔立ちに、すらりと通った鼻筋。切れ長の眼差しの中にある瞳は海のような深い青色で、しかし冷たい印象はない。片目を隠す眼帯がどことなく威圧感を醸し出すけれど、それ以外は典型的なヨーロッパ系美青年である。

 興味深そうに一通りジェイクは竜也を見つめ、それから腰にある袋を取り出して何やら数え始める。そのたび、うーむ、ふーむ、と何やら呟いていた。


「あー、少しお聞きしたいんですけど」


「ん? ああ、何だ?」


「ここ、どこですか?」


 ひとまず、現状最大の疑問点をそう尋ねる。

 場所さえ分かれば、家に帰るまでの時間が逆算できる。都内ならば電車を使えばすぐに帰れるだろう。もしも他県の場合であった場合、警察のお世話にならなければいけないかもしれない。さすがに他県から千円で帰れる気がしないし。

 しかし――ジェイクの発した言葉は、竜也にとっては全く予想だにしない言葉だった。


「ここはサン・ユディーノだ。ティルク王国の港町だが」


 …………。


 ………………。


 ……………………。


「…………………………は?」

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