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フィーさんは不機嫌

しっかりと腰の入ったいいパンチは、魔術師であり体格も貧相なフィリーネらしくもない一撃である。

 あまりにも突然の攻撃が繰り出されたことに、思わず竜也は呆然とそれを見つめる。

一体、何があったのだろうか。


「げほ……ぐえ」


「あ、あの……?」


「……自業自得」


「うるせぇ……あー、マジで何もねぇのか? 何でもいいんだぜ?」


「え……ええ。まぁ……そうですね。強いて言うなら、焼き料理を作るための石窯が欲しいですけど」


「そうか! なら……」


「でもそれは、次の港に到着したら、フィーが作るのを手伝ってくれるって言ってくれたんです。だから大丈夫です」


 元来、料理ばかりにかまけていた竜也が、一人で石窯を作れるとは思えない。ある程度の構造は知っているが、やはり専門的な知識は厳しいだろう。

 フィリーネも専門というわけではないだろうけど、それでもこの世界における耐火煉瓦の代わりとなるものについての情報など、提供してもらえればそれだけ完成に近くなる。

 と、そう考えていると、何故かジェイクが眉根を寄せていた。


「フィー……?」


「へ? ああ、ええと、フィリーネ副船長です」


「いや、それは知ってるが……」


 ひどく不思議そうな目で、じっとジェイクが竜也を見つめる。

 何か変なことをしただろうか、と自問してみるが、特に心当たりはない。

 何故か隣で、エミリアが「うわー、リューヤってば手が早いぃ」と驚いていたが、一体どういう訳なのか全く分からない。


「え……いや、フィーが、そう呼んでくれって……」


「……………………へぇー」


「な、何か、ありました?」


 何故かジェイクは、にやにやと口角を上げながら、隣にいるフィリーネへ視線を送る。

 そんなフィリーネは、やや頬を紅に染めながら顔を俯けていた。


「ふーん。そうかー。へぇー」


「……ジェイク」


「んー? なんだいフィー」


「……おまえは呼ぶな」


 フィリーネが再度、ジェイクへ向けて右拳を振るう。しかし今度はしっかり、ジェイクが身を翻して避けていた。

 突然のジェイクの行動に、目が点になる竜也。

 一体、ジェイクとフィリーネの間に何があったのだろう。


「……………………はい?」


「あはははー! 副船長つよー!」


 呆けている竜也を尻目に、笑っているのはエミリア。

「うー!」と歯を見せながら、威嚇しているフィリーネ。それに対してニヤニヤしながら応対しているジェイク。

 何故船長室で、いきなり睨み合いが始まってしまっているのだろうか。

 状況の変化についていけないけれど、どうやらこの展開になっているのは竜也が原因らしい。そうなれば、止めるのも竜也の役目だ。


「そ、その、やめてください、船長! 副船長!」


「……っ!」


「あん?」


 すると、フィリーネがジェイクから目線を逸らし、そのままつかつか、と竜也の前まで歩いてきた。

 背丈としては、随分竜也よりも小さいながら、副船長であり航海士である重圧を背負うフィリーネ。その体躯と異なり、存在感は大きい。そして何より竜也は座っており、フィリーネは立っているため、自然とフィリーネが竜也を見下ろすような形になった。

 そんなフィリーネが、やや不機嫌そうに眉根を寄せながら、竜也を見ていた。


「あ……あの?」


「……フィー」


「へ……?」


「……フィーは、フィー」


 言葉少なに、そう注意をされる。

 確かに、竜也はフィリーネにそう呼んでもいい、と許可を貰った。だが、この場は船長室であり、竜也にしてみれば上司の部屋である。

 公的な場では愛称よりも役職を優先するのは当然――だが、そんな常識的なマナーは、フィリーネにとって必要でないものらしい。

 そこで、思い出す。父、譲二がいつも言っていた言葉。


――女には逆らうな。女が怒ってるときには、言うことは何でも聞け。話を聞いてくれるようになったら、愛の言葉の一つでも囁いときゃいい。


 愛の言葉は置いておくにしても、何が悪いかは全く分からないが、とにかく従うべきなのだろう。フィリーネは怒っているのだから。

 恐らくフィリーネの態度から察するに、竜也が公的な場とはいえ、愛称でなく副船長と呼んだことが許せないのだろうと思える。

 ということは、正解はこれか。


「えっと……その、悪かった、フィー」


「……心がこもってない」


 当然である。本人、何が悪いのか全く分かっていない。

 というか多分、ここにいる誰も竜也の何が悪いのか分かっていないだろう。恐らく、言っているフィリーネ本人にすら。


「お詫びの印と言ったら何なんだけど……これ、食べてみてくれないか?」


「……え」


 竜也は本来、今日の夕食後に提供するはずだったそれを、フィリーネへと手渡した。

 銀の器がフィリーネの手によって受け止められると共に、その上を覆っていた小さな布を外す。

 もう、完成してから随分経っているから、大分冷めているだろう。冷蔵庫がないため、簡単に冷やすことができないというのが問題ではあるけれど。


「……何?」


「ちょっと試しに作ってみたんだ。良かったら味見してくれ」


「……ん」


 手渡されたそれを見ながら、フィリーネは一緒に渡した銀のスプーンを手に取る。

 銀の器の中に、ぷるぷると弾力を持って存在するそれ。竜也が知っているものよりも大分濃厚な黄色で構成されているが、それは材料の関係上仕方ないことだ。

 スプーンで一口、すくってフィリーネが口へと運ぶ。

 そして、それと共に目を見開いた。


「……っ!」


 フィリーネの表情に浮かんでいるのは、驚愕。そして、直後に訪れたのは、幸福。

 それは、デザートを食べる時の女子そのものの表情。

 そして提供したそれは、最も著名であり最も簡易に作ることができる、デザートの代表とさえ言っていい存在――プリンである。


「……甘くて、とろとろ。これ、何?」


「かぼちゃプリン――この世界では、バンブプリンだよ」


「……おいしい」


 プリン――その材料はとても簡単で、卵、砂糖、牛乳だけだ。

 一般的な作り方としてはその三つを混ぜて、漉した後器に移し、蒸すことで完成となる。あとはカラメルソースをかけたり、フルーツと一緒に乗せたり、ホイップクリームを乗せればデザートになる一品だ。

 しかし、この世界では砂糖は希少である。

 理由は分からないが、とにかく市場でも砂糖は高かった。塩の百倍を超える値段だったのだから、とても手が出るものではなかったのだ。

 だからこそ、竜也は砂糖を使わないデザートを作ることに腐心した。

 そこで使ったのが、南瓜である。

 南瓜は元々、甘みの強い食材である。その理由として、南瓜に含まれる酵素がでんぷんを糖に変える性質を持っているからだ。ただし、糖に変化するまでに時間がかかるのが難点で、収穫してから最低でも一ヶ月は寝かせなければならない。

 だからこそ、今まで作ることができなかったのだ。


「気に入ってくれたか?」


「……ん」


「今日の夕食後に、全員分を用意してある。勿論、フィーの分はまた別にもう一つあるから安心してくれ」


「……ん。嬉しい」


 頬を緩めながら、プリンを頬張るフィリーネ。

 この時に限っては、ヴォイド号副船長および航海士であるフィリーネでなく、一人の女の子だった。

 とくん、と僅かに胸が高鳴り、それをかぶりを振って消す。


「なぁ、リューヤ……俺の分は」


「勿論、ありますよ。夕食後に出しますんで」


「ねぇねぇ、アタシの分はー?」


「あるって。全員分作ったんだから」


 と、二人に言うと共に、気付く。

 そういえば、厨房のミネストローネは火を掛けっぱなしだ。

 フィリーネとジェイクが唐突にケンカを始めてしまったため、若干忘れてしまっていた。竜也の脳内時計では、もうそろそろジャガイモを入れていい時間だろう。

 さて、と呟いて立ち上がる。


「それじゃ、船長。申し訳ないんですが、夕食を作ってる途中なんで、ここらでお暇します」


「ああ、そうか。悪ぃな、変な時間取らせちまって」


「いえ、大丈夫です。それじゃ、夕食後のプリン楽しみにしててください」


 そう言い残して、船長室を出る。

 かぼちゃプリンは好評だった。ならば、別のプリンシリーズを作ってみてもいいかもしれない。ひとまず、次はさつまいもプリンだ。

 サツマイモも、南瓜と同じくでんぷんを糖に変える酵素を持っている。だからこそ、大学いもやスイートポテトなどデザートに使われることが多いのだ。上手くいけば、かぼちゃプリンよりも甘く出来上がるだろう。

 本来洋食屋でパティシエというわけではないが、それでも新しい料理を作るときの弾む気持ちは、竜也の足取りを自然と軽くさせた。


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