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幹部たちの悩み

 フィリーネ・クラウドは悩んでいた。

 ヴォイド号がサン・ユディーノを出航して、既に二週間。計画では、あと一週間で次の停泊地であるイムス連合国の港、イムルレリアに到着するはずだ。

 海賊という生業である以上、他の船から物資なり財産なり奪うのがフィリーネたちの稼業だ。順調な旅路であるということは、つまり他の船にも全く遭遇しなかったということでもあるため、あまり歓迎すべきことではない。できれば商船にでも遭遇すれば良かったのだが、それも時の運である。

 サン・ユディーノを出航してから、全く稼ぎがないというのも問題ではあるのだが、フィリーネ、そして船長であるジェイクの悩みはそれではない。


「……やっぱり、駄目」


「あー……まずいだろうなぁ」


 船長室。

 ジェイクの私室としても使っているこの部屋に、現在いるのはジェイクとフィリーネの二人だけだ。

 ジェイクは船長であるけれど、存外船長というのもさほど仕事がない。せいぜい目的地を決めることと、甲板の掃除やトイレの掃除の割り振りを考えること、あとは有事の際の指揮を執ることくらいだ。だから基本的に船長室にいる間も、ジェイクは特に何もしていない。そしてフィリーネは航海士であるものの、現在は適度に風も出ているため魔術を使う必要もなく、指示しただけであとは仕事がないのだ。

 だが現在、二人は頭を抱えていた。

 悩みの種――それは、二週間前に奴隷小屋で拾った新人、竜也のことである。


「……普通、不満に思う」


「だろうな。正直、見てるだけの俺でも不憫に思う」


「……どうすれば、いい?」


「それが分からんからこうやって頭抱えてんだろうが」


 はー、と大きく溜息を吐くジェイク。

 それと共に、小さく首を傾げるフィリーネ。

 二人の抱いている悩み、それは――。


「……やっぱり、休み、欲しい」


「普通はそうだと思うぞ」


 ヴォイド号における二十人目のクルーにして厨房の責任者、通称『料理長』である浅倉竜也に、全く休みがないことである。

 既に出航して二週間、竜也は何一つ文句を言うことなく、朝昼夕と三食を厨房にて作成し、クルー全員に提供している。一日も休むことなく、一日も欠かすことなく、である。

 ヴォイド号におけるクルーの仕事というのは、基本的に少ない。

 船長であるジェイクでさえ暇な時間が多いのだ。一般クルーの仕事は展望台での見張り、甲板、トイレの掃除、交代制での操舵くらいのものである。それも多い人数は必要としないため、必然的に暇な時間が多くなるのも当然だ。

 だから食堂で行われているクルー同士での賭博や、図書室を設置しての本の提供など、各自が思い思いに暇を潰しているのが現状である。


 そんな中で、竜也にだけ休みがない。

 その理由は単純で、竜也に代わることのできる人間がいないのだ。


「……ジェイク、料理」


「俺にできるわけねぇだろ。つか、リューヤ以外の誰もできねぇよ」


「……ん」


 もしも竜也に休みを与えたとする。

 その場合、竜也は厨房に入らない。つまり、食事の提供をする人間を別に用意しなければならない。

 しかし、クルーの全員がつい二週間前まで、生ゴミのようなスープを何一つ文句言わずに食べていた連中である。そんな連中に、まともな料理を作れるはずがない。間違いなく、その日は三食揃って生ゴミのようなスープが並ぶだろう。

 現在のフィリーネたちに、それは耐えられない。竜也の作る真に美味しい料理を食べてしまった今では、もうあんなスープでは満足できないだろう。

 そうなると結局、竜也に食事を作ってもらう必要がある。結果的に、竜也に休みを与えることはできない。

 堂々巡りだった。


「ってか、もう二週間にもなるってのに、よくリューヤの奴は文句言わないな」


「……内心では、不満、かも」


「そりゃ、二週間も休みなしで一人で働かされて満足してる奴はいねぇだろ」


「……ん」

「ったく、どうすりゃいいかねぇ」


 はー、ともう一度、ジェイクが溜息を吐く。

 竜也に休みは与えたい。だけれど、現状がそれを許さない。

 つまり結果的に、休みを与えなくても竜也が満足できる程度の条件を用意しなければならないのだ。


「フィリーネ、何かリューヤが好きなもんとか知らねぇか?」


「……ん」


 フィリーネは無表情のままで、やや小首を傾げて考え込み。

 たっぷり十秒ほど考えて。


「…………料理?」


「だよなぁ」


 フィリーネもジェイクも、あまりに竜也という人間を知らなすぎるのだ。

 もっとも、それも仕方ないだろう。初日の食事提供から今に至るまで、竜也は何一つ文句を言わずに厨房に入り、三食提供し続けたのだ。それも料理の作成、配膳、最後の洗い物、厨房の掃除に至るまで全て一人でし続けた。

 そのため、他のクルーならば二週間も付き合えればそれなりに人となりが分かってくるはずだというのに、竜也に限っては引き篭もりすぎて全く読めていないのである。


「……何か、方法、考えないと」


「イムルレリアに到着したら、休みをやるとか……」


「……できるの?」


「あー……三週間働かせた分の休みをイムルレリアで一気に取らせるのは厳しそうだ。イムルレリアには長く停泊するつもりもないし、せいぜい二日くらいしか取れねぇ。あそこはイムス海軍の定期巡回もあるし、正直長居したくねぇからな」


「……厳しい」


「それに、その二日間は食事をどうもできねぇな。俺は今更、あの生ゴミスープは飲めねぇ。イムルレリアの酒場に行っても、出る食べ物なんてアレと同レベルだしな」


「……ん」


 ヴォイド号における、食事環境の向上の弊害がここにもあった。

 元々、美味しいものを食べたことのないフィリーネたちにとって、竜也の食事はあまりに衝撃だった。そして美味しいという感情、美味しい食事による幸せ――それを知ってしまったがために、最早竜也の食事以外では満足できないのである。

 これまでは何の疑問もなく食べていたものが、もう体が受け付けない。


「あー……そうだ、イムルレリアで、娼館でも奢ってやるかなぁ」


「……娼館?」


「ああ。歓楽街があるからな。それなりに値は張るが、この際仕方ないだろ」


 む、とフィリーネは珍しく、無表情に眉根を寄せた。

 フィリーネとて、海賊という男社会に生きる者である。それなりに男の欲望については理解しているし、それを満たす仕事があるということにも思うところは特にない。精々、男というのは金のかかるものだ、という程度の認識だ。

 しかし、どことなく靄がかかっているかのように、ジェイクの提案を素直に受け取ることができなかった。

 端的に言うなら――面白くない。


「……リューヤが、娼館」


「男なら嫌いな奴はいねぇだろ。よし、決まりだな」


「……それは、ジェイクの勝手な考え。リューヤにだって好き嫌いはあるはず。娼館というのはどうかと思う。それに、下手に陸の女と絡ませたくない。女関係で船を降りたクルーもいる。リューヤがそうならないとも限らない。それに娼館だからといって、楽観視もしてられない。女関係はえてしてトラブルの元になる。リューヤが例外になるとも限らない」


「………………おい、フィリーネ?」


「……別段リューヤに娼館に行って欲しくないなんて思っているわけではないけれどあまり賛成できる案ではない」


 最後の方はやたら早口で、フィリーネはそうまくし立てる。

 別に竜也に娼館に行って別の女とイチャイチャするのが腹立たしいわけではなく、あくまでヴォイド号の今後を考えての反対だ。別に竜也を別の女に関わらせるのが嫌というわけでなく、トラブルを考えての反対である。決してフィリーネの私情ではない。

 しかし、ジェイクはどこかジト目でフィリーネを見ていた。


「…………………………へー」


「……何」


「別に。随分とうちの副船長を誑かしてくれたもんだ、と思っただけだ。んじゃ、娼館はやめとくか。あー……つか、アレでいいんじゃね? ほら、リューヤってヴォイド号に借金あるだろ?」


「……ん。五万アル」


「それを少し肩代わりしてやったらどうだ? 三週間休みなく働かせた侘びに、少しだけ借金を減らしてやる、みたいな」


「……む」


 フィリーネは顎に手をやる。

 確かに現在の竜也は、ヴォイド号に対する借金がある。そしてそれを完済すれば、自由の身にしてやる、と言った。

 だが――現状のヴォイド号で、竜也を失うことができるか。フィリーネの中では、どう考えても否という言葉以外に浮かばなかった。


「……仮に、五万アルの借金を一万アル減らしてあげる、代わりに航海中は休みなく料理を作ること、とする」


「ああ」


「……航海五回で、リューヤいなくなる」


 むぅ、と今度はジェイクが唸る番だった。

 結果的にろくな案が出ず、結局二人で頭を抱えるだけである。

 はー、と二人揃って大きく溜息を吐いた。

 結果的に言えることは、現在のヴォイド号に竜也はなくてはならない存在だということだ。主にクルーの精神的な支柱という面で。

 もしも今竜也が何らかの原因で突然死した場合、翌日からの厨房に入るのは何一つ料理を知らない連中だ。そうなれば、豊かな食生活は一気に地獄へと変わる。前に戻っただけ、とも言えるかもしれないが、一度美味しい食事を食べてみれば、もう戻れる気がしない。

 しかし、そんな竜也はヴォイド号に借金で無理に縛っているような存在であり、しかもまるで奴隷のように休みなく一日中働かせている。しかも代わりの人間や手伝うことのできる人間はおらず、全てを一人で行っていると言っていい。しかも、同じ立場である別のクルーたちは賭け事や読書、昼寝に興じているという始末だ。

 つまり結果として、フィリーネたちは誰よりも大切にしなければならない立場にあるものを、借金があることをいいことにこき使っているわけである。


「……リューヤに話、聞く」


「何て?」


「……リューヤの望み。何でも、いい」


「あー……何か欲しいものがあれば全力で調達。何かやりたいことがあれば全力でバックアップするようにするか。どうせクルーは暇してる奴が多いんだから、何とかなんだろ」


「……ん」


 ジェイクの言葉に、フィリーネはそう頷く。二人で顔を突き合わせていたところで答えなど出ない。ならば、本人に聞くしかないだろう。

 むしろ、それ以外に方法はなさそうだった。

 しかし。


「なぁ、例えばリューヤが娼館に行きたいって言ったらどうするんだ?」


「…………………………むむ」


 どうやら竜也の望みは、女性関係以外に限定されそうだった。


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