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竜也とフィー

「ええと……それで、火石なんだけど」


「……ん」


 食堂から併設されている厨房へと行き、まず竜也はいつも使っている火石を手で示した。そして魔力を通し、火石から炎を出す。

 ここ二週間ほど、ずっと料理番をしているため火石へ魔力を通すのも慣れたものだ。どのくらいの加減でやれば良いか、という塩梅も分かっているため、スムーズに点火ができるようになった。

 竜也の魔力はそれなりに多いらしく、全力でやると天井まで炎が噴出してしまうため、最初は何度も天井を焦がした苦い記憶もあった。


「その、火力の調整はできるんだけど」


「……ん」


 竜也は言いながら、火石に込める魔力を調整して、炎を大きくして、それから小さくした。

 最初はエミリアの言う通り、「火ぃ弱くなれー、火ぃ弱くなれー」と念じていたのだが、現在は特に何も考えなくても調整できるようになった。

 小さく、フィリーネが眉根を寄せる。

 何か変なこと言ったかな? と考えてみるけれど、特に何かを言った覚えはない。恐らく火石についてフィリーネなりに考えるところがあったのだろう、と竜也は勝手に納得して、話を続けた。


「この火石で……火を出さずに、熱だけ出す方法ってないか?」


「……火石で、火を出さない?」


「ああ。できるだけ高い温度を出して欲しいんだけど、火を出さずに済む方法はないかな? どうしても直火焼きになると、火が出るとその部分が焦げるんだ。まんべんなく焼くためにも、火を出したくない」


 ふむ、とフィリーネが顎に手をやる。

 その頭の中で、どのような理論が渦巻いているのか、竜也には全く分からない。多分、説明されても理解できないだろう。

 沈黙。

 竜也の魔力で延々燃え続ける火石と、それをじっと見つめるフィリーネ。


「……火石は」


「え?」


「火精霊サラムの眷属である火妖精の弱体化した固体をクラウド式封入術で低純度の魔石に封印し魔力の充填に対して火を生む性質を持たせたもの。性質として火妖精そのものが『火を熾す』という概念を持っている。伝達する魔力を火妖精が取り込むことにより魔力が火へと変換される仕組み」


「……へ?」


 いつも短い言葉しか喋らないフィリーネが、饒舌に、しかし抑揚なくそう語る。

 その視線は、一切竜也へと向かずに火石を見つめたまま。


「火妖精が火を熾すのは存在意義であり概念。火でなく熱を生み出すというのは存在意義の否定であり火妖精そのものへと冒涜とも取れる。術式の書き換えは恐らく無効。火妖精への干渉をすれば火石としての性質すら失われる可能性がある。かといって熱のみを生み出す妖精は存在しない」


「……ええと?」


「……無理」


 ひどく長い、全く竜也には理解不能な独り言を呟いてから、フィリーネは短くそう言った。

 はぁ、と小さく竜也は嘆息。どうやらオーブンはできないらしい。

 そうなると、グリルを行うには炭火を使うしかないだろう。火石なんて便利なものが存在するわけだし、食事についても全く拘りがないため、もしかすると炭が存在しない可能性もある。

 だったら、火石を最低限の火力にして、何らかの閉鎖機構を作ることによって熱を閉じ込めるような……と、顎に手をやりながら考えていると。

 フィリーネが竜也を見つめていた。


 じー。

 擬音にするならそんな言葉が似合うほどに、じっと竜也を見つめている。


「ええと……どうかしたか、フィリーネさん?」


「……なんで?」


「へ?」


「……火石で火を出さないの」


 先程と異なり、口数少なく、フィリーネは疑問を口にする。

 恐らく、竜也の求めている『火石で火を出さずに熱だけを出す方法』が、何故必要なのかを聞いているのだろう。


「ああ……パンを焼こうと思うんだ」


「……パン?」


「ああ。黒パンは堅いし、もっと食べやすくなると思うんだ。上に材料を乗せて焼いたら、それだけでも満足できる食事になると思う」


「……そう」


「それに、甘いお菓子なんかも……」


「……っ!」


 全てを言い終えないうちに、フィリーネの目が見開いた。

 思わぬ勢いに、竜也の方が言葉に詰まる。


「……甘いの?」


「あ……ああ、うん」


「……果物より?」


「まぁ……それは、菓子の種類にもよるかな」


 砂糖はどうやら貴重品らしいので、そう使えない。

 となると、砂糖の代わりに何らかの甘みで代用する必要があるだろう。乳とバターはあるから生クリームの代用になるため、ホイップクリームも作ることができる。小麦粉――ライ麦粉だが――もあるし、クッキーやスポンジケーキを作ることもできるだろう。デザート関係についてはそこまで詳しくない竜也ではあるけれど、一般的なお菓子程度なら作る自信はある。

 フィリーネは小さく喉を鳴らして、それから呟いた。


「……窯」


「え?」


「……窯、作れば、いい」


「窯って……ああああああっ!」


 手を打つ。完全に忘れていた。

 この世界には、黒パンが存在する。つまり、『パンを焼く』という文化は既に存在しているのだ。

 パンを焼くための機構――それは、石窯である。

 パン焼きのみならず、石釜は過去、焼き料理全般に用いられていた、まさに万能の調理器具だ。

 機構としては耐火煉瓦や粘土により覆われた密閉空間で火を熾し、熱を内部に閉じ込める。そして、発生した熱により焼き床に置いた料理が焼かれる、という極めて単純なものだ。だがこれは、オーブンが存在しなかった時代に作られた人類の叡智とも言えるものである。

 もしもこの厨房に石釜が出来るならば、料理の幅はぐんと広がる。


 否――。

 竜也自身が、パンを焼くことだって出来る――!


 石釜自体の構造は知っている。恐らく、この世界で再現も可能だろう。そして、パンを焼く文化が存在しているならば耐火煉瓦も存在しているはずだ。


「……大丈夫?」


「あ……ああ! 大丈夫だ。むしろ興奮してヤバい」


「……窯、作るなら、手伝う」


 フィリーネはそう、相変わらずの無表情で言う。

 この世界における勝手の分からない竜也からすれば、助かる申し出だ。窯を作るにしても、竜也のいた世界では耐火煉瓦、粘土、コンクリートといった耐熱性の高い素材を使っていたけれど、もしかすると異世界ならではのトンデモアイテムを使っている可能性もある。

 そう考えれば、基本的な材料の入手などはフィリーネと共に向かうのがいいだろう。


「ありがとう! 助かるよ!」


 だから竜也は、精一杯の感謝を込めてフィリーネの手を握った。


「……っ!?」


 瞬間――フィリーネは目を見開き、ばっ、と音でもしそうなほど性急に竜也の手を振りほどいた。

 そして二、三歩後退して、竜也から顔を背ける。


「あ……わ、悪い」


 さすがに、いくら興奮していたからといって、女性の手をいきなり握るのはマナーに反するものだ。

 特に、竜也は素性も知れない異世界の人間である。今でこそこのように厨房を任されているけれど、普通に考えれば怪しいことこの上ない。そんな人間から親愛の情を向けられたからといって、フィリーネにとってはいい迷惑ということだろう。

 いかんいかん、とかぶりを振って。


「その……手伝ってくれるのは、助かるんだ。だから、よろしく頼む、フィリーネさん」


 ふるふる、とフィリーネがかぶりを振った。


「……フィーで、いい」


「え?」


「……フィーのことは、フィーで、いい」


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