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モングキ ヘンドゥ

作者: ケンタッキー

モングキ ヘンドゥ

某国では、モンキーハンドをそう呼ぶそうです(笑)

 執務室の通話機から秘書官の声がした。

「大統領、日本側は我が国の要求をすべて拒絶いたしました」

「ほう、それで…… 」

 予想した通りだ。あの馬鹿どもが改心するなぞ端から期待していなかった。

「やつらなんと言っていた? 」

「めずらしく感情を露にして食ってかかってきたようです。なにゆえ貴国は挑発じみた要求を重ねるのかと」

 大統領と呼ばれた男は鼻を鳴らし、独りごちた。

「ならば思い知らせてやるだけだ。我が民族がこうむった苦難の歴史、その借りは返さねばなるまい」

「いかがいたしましょう? 」

「いまは何もしなくてよい。そのまま待機するように」

「承知いたしました」

 通話が切れると、大きく溜息をつき、机の引き出しを開けた。そこには長さ15cmばかりの黒光りする木の枝のようなものが収まっていた。大統領はそれを手に取った。

(いよいよだ…… )

 木の枝みたいな代物は一端がコブのようになっている。しなびた五本の指が拳を握っているためだ。剥げかけてはいたが、ところどころ色褪せた褐色の毛皮が残っている。

 それは小さな手のミイラであった。

 彼は瞳を閉じると、しばしこのミイラの手によってもたらされた僥倖と、それに付随して降りかかった災厄について思いを馳せた。

 極貧の家に生まれ、有力者のコネもなく、義務教育を受けただけの男が、一国の指導者として君臨するには、余程の才覚と努力、そして運に恵まれなければ到底覚束ない。だか残念なことに、彼には才覚も努力も不足していた。ただ、それらを補って余りある幸運に恵まれた。

 このミイラの手を所有するようになったのは10年前、いままさに自殺しようとしていた若い男を、すんでのところで助けたことからはじまる。橋の欄干から身投げようとしていたところを引きとめたのだ。興奮して泣き喚く男を落ち着かせ、その上で、絶望の淵にいた男の身の上話を聞いた。

 男は消え入りそうな声で、ポツリポツリ語りはじめた。かつてバックパッカーとして世界のあちこちを放浪していたころ、とある国で行き倒れの乞食行者を見かけ、哀れに思って僅かばかりの金と食べ物を分け与えたことがあった。その礼としてもらったのが猿の手のミイラだった。

 乞食行者が猿の手を渡すとき、ほとんど盲いた眼で男をみつめながら、こう念を押したという。この猿の手は、新たに所有者となった者のどんな願いでも三度だけ叶えてくれるが、その代わり大きな代償を支払わなければならないと。

その後、旅を終え帰国した男は、好機を無にすることなく三度の願いを叶えた。だからこそ、もう生きていることに倦み疲れたのだと語った。

 男は、震える手で上着の内ポケットから猿の手のミイラを取り出すと、自分にはもう必要がないから受け取ってくれと差し出した。その日以来、この禍々しい代物は彼の所有物となった。

 もう自殺はしないと誓わせて、男とはそこで別れた。それ以来、再び巡り会う機会もなかったが、もう死んでいるだろうという漠然とした確信があった。なぜなら、彼は大統領の地位に就くまで、すでに猿の手を二度使っていたためだ。

 一度目の願いは、大金持ちになりたいだった。

 猿の手にそう願った翌日、妻が、彼と娘を家に残し、老齢の両親を連れて車で外出した。そして居眠り運転の大型トラックと正面衝突し、三人とも即死した。後日、渡された遺品の中に一枚の宝くじがあった。妻がときおり宝くじを買っていたのは知っていたが、それは意外にも外国の宝くじであった。当選者がでるまで賞金が累積されてゆく方式のもので、みごと当選番号が記された宝くじにより、彼は巨万の富を得た。

 二度目の願いは、大統領になりたいだった。

 莫大な資産のため選挙資金には苦労しなかったが、大統領選は対立候補に大きく水を開けられ苦戦を強いられた。そして選挙の遊説にかまけて飛び回っている間、もはやただ一人の家族だった愛娘が誘拐された。そうなると選挙どころではなく、犯人の要求どおりに多額の身代金まで支払ったが、数日後、娘は無残な遺体となって発見された。この事件は国内でも大きく報じられ、彼に多くの同情票が集まった結果、よもやの大逆転劇を演じて国家元首の地位に上り詰めた。

 確かに願いは叶えられた。だが、どうしても実現させたい夢だったのだろうか。猿の手を使う前までは、つましいながら幸せな家庭を築いていた。だのに今は天涯孤独の身となり、喜びを分かち合える家族はもういない。今さらながらに激しい自責の念に苛まれた。

 後悔の念を振り払うかのように大統領は目を開いた。その両眼には、狂気を孕んだ決意がみなぎっていた。視線の端、左側の壁には額に入れた祖国の地図が懸かっている。弱小であるがゆえ、周辺の国々から辛酸を舐めさせられ続けた屈辱の歴史があった。

 もはや彼はこれ以上の生を望まなかった。あと一回、猿の手に願いごとができる。次に使用すれば、おそらく自らの命が失われるであろう。いや、失われずとも以前に猿の手を所有していた男のように自殺衝動を抑えきれなくなり、どのみち死ぬ。ならば、この命を国に捧げようと考えた。自らを育んだ祖国の、国民共通の悲願があるとすれば、それは、かつてこの地を支配した非道な日本への復讐しかない。

 彼は猿の手を頭上に掲げると、この日のためにと胸にしまっていた願いを念じた。

(日本が我が国以外の国から核攻撃を受けますように…… )

 ミイラの猿の手が閉じられた拳をゆっくりと開いて、ジャンケンのパーの形を作った。過去に二度見た、願いを聞き届けるサインだった。これで悲願は成就される。

 実はこの国にも極秘裏に開発した核ミサイルが10発、すでに配備済みだった。しかし、いかなる理由があろうと核による先制攻撃はできない、それは自滅を意味するからだ。国際社会がかかる暴挙を許すはずもなく、なにより、自国より軍事力で勝る日本が報復を試みるのは火を見るより明らかだった。だからこそ、日本を核攻撃するのは、どこか第三国でなくてはならない。そうすれば自国が報復される心配をせず日本を火の海にできる。

(放射能猿どものバーベキューパーティーがはじまる)

 大統領は自らの周到な狡猾さに、ほくそ笑んだ。


 数時間後。

 一向に日本へ核攻撃がなされたとの報もなく、大統領はテレビのニュースサイトを眺めながら、今かいまかと焦れていた。

 そのとき、通話機の呼び出し音が鳴った。

「大統領、緊急事態です! 」

 秘書官の声には明らかな動揺の色があった。

「どうした、何を慌てている? 」

「ミ、ミサイルが、我が国の核ミサイル基地が隣国の工作員たちに占拠されました!」

「なに! ば、馬鹿な…… 」

 大統領は茫然自失の態で椅子から立ち上がった。悲鳴にも似た秘書官の声がする。

「どうやら前々から基地の職員として隣国の工作員が紛れ込んでいたようです。ミサイル10発のうち、隣国を標的にしたもの以外、たったいま発射された模様です! 制御システムを工作員たちにハッキングされたためか自爆装置も作動しません! 」

 ミサイル基地を占拠した隣国とは、かつて激戦を繰り広げた仇敵の間柄で、日本とはまた別の敵国であった。核ミサイル10発のうち、この隣国を標的にしたものは3発、日本が5発、そして残り2発は近隣の核保有国の首都に照準を合わせていた。

「発射した……だと?」

 このままでは、自国が核ミサイルを発射したと誤解されてしまう。ましてや国際条約に違反して保有していた核兵器を使用したとなれば、国際的な批判だけでは済まされない。

 相互確証破壊、という言葉が脳裏をよぎる。

 核を用いて攻撃をしたものは核による報復を免れない。核兵器とは、とどのつまり核攻撃を受けないための保険であって、それが実際に使用されることはないという暗黙のルールは破られてしまった。

 ミサイル発射後の反応は早かった。

 日本の主要都市を狙った5発のうち、3発は迎撃されたが、残り2発が大阪と名古屋を灰燼に帰した。

 大統領執務室にあるテレビでは、24時間ニュースチャンネルが、同時通訳で日本の首相による記者会見の模様を流している。渡辺首相は青ざめた顔で声明を発表していた。

「未曾有の被害をもたらした非人道的かつ卑劣極まりない凶行に、我が日本は満腔の怒りを禁じえない。ここに宣戦布告を発し、直ちに作戦行動を開始いたします」

(何とかしなければ、何とか…… )

 大統領は恐慌に陥った。誤解だと弁明しようにも、日本をはじめ、ミサイル攻撃された相手国とのホットラインは遮断されて通じない、問答無用ということなのだろう。万事休すだった。

 日本とは別に、複数のミサイルが、この国に向かって飛翔してきていた。不意をつかれ首都を焼き尽くされた核保有国からのものだった。

 もはや一刻の猶予もない。髪を掻き毟った大統領は、はたと気付いた。

「そうだ、猿の手!」

 机の引き出しを開けると、ミイラの猿の手は拳を握った状態に戻っている。

 それを、ひったくるのももどかしく、頭上に掲げた。

(我が国を核攻撃から守れ! 守って下さい!)

 猿の手は固く拳を握ったままピクリとも動かない。

「お願いだ! 後生だからもう一度だけ願いを叶えてくれ…… 」

 願い虚しく拳は固く結ばれたままだ。

「くそっ、この役立たずめ! 」

 激情に駆られて、大統領は猿の手をカーペットに叩きつけた。

「ふざけるな! 誰が我が国の核ミサイルで日本を攻撃しろと頼んだ! 」

 すると、猿の手の握られた拳がゆっくりと動いた。

「願いを、願いを聞き届けてくれるのか!? 」

 猿の手は願いを叶えるサインのパーの形にはならず、節くれだった中指を立てた。


《終わり》

宜しかったら感想を頂ければ嬉しいです。

m(_ _)m

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