滅んだ世界と死んだボク
「世界が滅びたんですよ」
そう言ったのは、とても死神には見えない自称案内人さんだった。
「ええっ!?」
ボクは驚いて思わず大声を上げる。
さっき死んでここまで案内されてきたばかりなのに、いつ世界がそんなことに!?
ボクは、まさかと思いながら今までのことを思い返した。
そう、あれはついさっきのはず。
お盆前に両親の墓参りに行く為に山道を運転中、道に飛び出してきた猫を避けて崖下に転落して即死。
時速30キロしかだしていなかったのに、たまたまガードレールの切れ目でした。
それも2メートルくらいしかないはずの隙間にジャストインなんて・・・。
思い出してみると改めて落ち込むなあ。
・・・不幸だ。
唯一つの救いは、たぶん原型を留めていないだろう自分の亡骸を見ないで住んだことぐらいだろうか。
・・・血は苦手だ、 血液検査で血を抜かれるのを見ると気分が悪くなるぐらい。
呆然とぐちゃぐちゃに潰れたマイカーのなれの果てを宙に浮いて見下ろしていたところを、死神・・・じゃない、案内人さんがやってきたんだよなあ。
死神ってのは迷信だから、案内人と呼びなさいとのことだそうです。
案内人は死んだ後、生まれ変わる前に就ける仕事で普通の人にはなれないエリートなんだそうで。
言われてみれば霞ヶ関にいそうな人だったなあ。
墓参りに行くので着てきた僕の一張羅に良く似たスーツ姿で高そうなブランドの眼鏡。
確かにいかにもデキそうな役人といった感じだ。
自分が死んだのを理解できてるかと聞かれ、はいと答えるとそのまま、では案内しますと言われ次の瞬間には、人であふれかえった部屋の中。
今考えると、ずいぶんあわただしかったなあ。
貫筒衣というやつだったと思う寝巻きのような格好の人たちが何十人と列を作って並ぶ中、案内人さんと同じスーツ姿の人が数人、色々な指示を与えていて。
まるで確定申告の締め切り前の税務署かなにかのようだと思いながら、凄い人ですねというと、案内人さんがそう応えたんだった。
うん。世界が滅びたと。
「ああ、勘違いしないでくださいね。 滅びたのは異世界です」
驚いたボクに案内人さんは、にこやかに言うと
「じゃあ、そういうわけで、突き当りの部屋で生まれ変わりの手続きをしてください」
そのまま、どこかに行こうとする。
「ち、ちょっと待ってください! 何がそういうことなんですか?」
わけがわからないので追いすがると
「だから、こことは別の世界が滅びたせいで、管轄外の人達まで案内しなければならないので大忙しなんですよ」
そう言って案内人さんはボクの手を払った。
「あなたは、この世界の人間なんで並ばずに手続きできるんで奥の部屋へ。 あとは行けばそっちの係の人がいますよ。 それじゃ」
そうして、そのまま案内人は行ってしまった。
あんなやつに‘さん’付けはいらないな、見た目どおりの不親切さだよ。
「これだから役人は・・・」
しかたなくボクはぶつぶつといいながら奥の部屋へと向かった。
しかしボクは本当に死んだんだろうか。
さっきまでは半透明で宙に浮かんでいたのでそういうことなんだろうなと思っていたけど、今は普通に一張羅のスーツ姿だしなあ。
どうにも自分が死んだという実感もなければ、悔しいとか哀しいとかいう感情も湧いてこない。
感情っていうのは生きてる証だと言ってた人がいるけど、あれはこういうことだったんだろうか。
そこまで考えたことで気づいた。
この場所についたからここまで頭が働くようになったのだと。
「ここにつくまでは寝ぼけてたみたいだもんなあ」
奥に続く長い長い通路を歩きながらボクはひとりごちる。
それでも未だ生きているという感じはない。
生きてる意味とか実感なんて曖昧なものじゃなくて、五感と感情が希薄でここに来るまでが夢の中だとすれば、今は明晰夢の中にいるみたいだった。