春の日のお話
うまれて初めてつくったプロットを書いた紙を、洗濯機で洗ってしまいました。
ところどころ、話にしたかった部分は覚えているのですが、それ以外を忘れてしまいました。
一話しか書いてないのに。ぴよ介は鳥頭です。
口が裂けても、これを読んでくれた方は、多い人数だとはいえないです。
でも、読んでくれた方がいます。本当にありがとうございました。
いろいろ思い出すまで、この「春の日のお話」からの続きはむりです。
腹いせに、思いっきりくだらない、ぴよ介としては面白いお話をつくろうと思います。
読んでくれた方、ありがとうございました。
…はん?あたしの名かい?
あたしは猫だからね、名なんてそれこそ山ほどあるさ。
なんてったってね、会う奴会う奴がてんでバラバラ好き勝手にあたしを呼ぶんだ、さもありなんよ。
『たま』だの『ちび』だの『ぷち』だの『みに』だの、数えだしたら限がないね。
…ん?出てきた名が、全部二文字ばかりじゃないかって?
そりゃ当たり前さね、簡単なのしか覚えてらんないんだよ。
なんたって、阿呆みたいに数があるんだから。
…そういや、『じゅげむ』ばりに七面倒な名でよんだ奴もいたけども、ははん、笑っちゃうね。
奴さん、あたしをさんざ長ったらしくよんだ次の日には、自分で作った名をすっかり忘れちまってたのさ。
あたしの前でたっぷり四半刻は百面相を披露して、結局はかなり適当かつ手短な名に切り替えたよ。
…はん?…名?あたしの?…って、だぁからさっき言ったろうによ、あたしの名前は山ほど……。
……あぁなるほどね、その聞き方ならもっとしっかり、でもって具体的に答えられるよ?
『あなたが【一番気に入っている】名前はなんですか?』
あたしは三毛猫。だからあたしは『ミケ子さん』なんだ。
ははん。良い名だろう?良い名だろう。
なんてったって、あたしの大事な友がくれた名さ。
長ぁい尻尾と凛々しい髭と、それからこの名、ミケ子さん。
これがあたしの宝さね。
……おっと大変、もうこんな時間かい。急いで宿に戻らないと。
…いやなに、もうすぐあたしの大事な友を起こさなきゃならない頃合でね。
特に今日は待ち人がいるから、遅れさせるわけにはいかないのさ。
…あぁ、こちらこそだ。外の話が聞けて楽しかったよ。
次に近くを飛んだときは、ぜひまた遊びに来ておくれね。今度は杯で持て成すよ。
それじゃぁ……羽あるモノに良き風が訪れますように、ね。
…………どこにでもパッと飛んでけるってのは、便利なんだろうねぇ。
…でもあたしはやっぱり、あの子と地を駆けるほうが好きだねぇ。
*
世界は広く、世は平らかなり。ここ平堂国も、海に数多と浮かぶ島国のひとつとして、多くの存在を育んでいる。
国暦は6417年を数え、東部には海漁と砂漠資源から糧を得る海砂州、西部には放牧と狩猟により糧を得る原流州、北部には鉱物を緻密細工に用い糧を得る岩鈴州、南部には豊富な森林資源で糧を得る山藤州、島の中央部には首都慧大を有する央湖州を据え。
300年前の人妖大戦の戦禍をほぼ駆逐したといえる今日この頃、多くの人々は平和なまどろみの中にいる。
まぁその中でも、飛びぬけてここは平和だよねぇ--------緑が深いお山の中を風のように駆けながら、あたしはそんなふうに思う。
緑豊かな山藤州、そのだいたい真ん中あたり。和楽地方の北部に位置する、玄高村。
東西北をそれぞれ雄大な山に守られ、南には小川と草原をもつ、村面積に住人数が反比例する田舎村。聞いて驚け見て笑え、村内の家は両の手指とぴったり同じ、わずかに十戸。隣三軒両隣、に徒歩で蕎麦を配るとしたら、軽く二刻はかかろうか。それでもめげずに挫けずに、特産のお茶っ葉でしっかと生計を立てている。
人の物差しで童と呼べる齢のものは三人のみだが、逆にその三人を村人総出で育てられると強みに変えた。山深すぎて、最寄の田舎学校まで親の【けいとら】で約一刻という利便の悪さも、こちらが行けぬはあちらも来れぬと呵呵大笑、首都部でおこると小耳に挟む童迫害事件の村内発生を気にかける必要もない。
たった十戸。故に密。近隣村からまれによく玄高一家などと言われ、その親密さを羨まれる程度には、絆が強く息づいている。
----------あぁまったく、まったくまったく。今日もここは平和だねぇ。
北のお山から村南の宿に向かって駆けながら、おもわず顔がにんまりとする。
いい加減に見慣れてきた、鍵どころかそも扉が有らぬ、【おっしょさん】の家前を駆け抜けて。
【とらくたあ】の上へ無造作に貴重品を置いたまま、農具で土を耕す女子の前を通り過ぎ。
いつもは村東の庵に篭りきりな昼行灯の村医者が、村中の婆宅が軒先でなぜか高いびきをかいている、のが気に障ったものだから、とりあえずそのどてっ腹を思う存分踏みしめて。
そしてゆるりとその脚で宿---------あたしの大事な友の家へ。敷地に入る一歩手前で、ぐぐっと伸びして心を整えるのを忘れずに。
*
由緒正しい鬼瓦が見守りし友人宅は、人間がかるく二十は暮らせるお屋敷だ。けども、今その屋敷に住まわるは僅かに三人さ。
まずは、その屋敷の主たる相田 荘三郎翁、御年六十七歳也。呆けが裸足で逃げ出すほどの切れ者で、実の弟と二人三脚で村を切り盛りする剛の者。でも残念なことにさ、半年前に連れ合いである文刀自を亡くしてから、急に足腰へ歪みが目立ってねぇ。
それを心配したのが、荘三郎翁が一人娘の詩織夫人さね。文刀自の葬儀から数えて一月後、首都慧大にあった居をたたみ、この屋敷の住人に戻ったのさ。己が手で六人の子を生み育て、うち四人を各分野での新星に至るまで支え続けたその手腕は、玄高村に戻った後もしっかと発揮されてるねぇ。
そして最後のもう一人が、我が親愛なる友人、空さ。詩織夫人の末娘にして愛娘、そして荘三郎翁の愛孫。医を生業とする一の兄に愛され、舞を生業とする一の姉に愛され、巧を生業とする二の兄に愛され、音を生業とする二の姉に愛され、剣を志す三の姉に愛され。そしてこの玄高に住まうモノに愛でられし、この地においてもっとも小さく優しい命さね。
荘三郎翁、詩織夫人、そして空。この三人が、今あたしがお邪魔しようとする屋敷の住人だ。
そしてあたしの大切な、この上なく大切で大事で愛すべき【人間】さ。
…さて。気が済むまで村医者を踏みしめたとはいえ、風が吹くまま気の向くままに野山を駆け回った脚裏は、合わせて自慢の毛並みもおそらくは、お山の土で真っ黒だ。そしてもちろん、あたしはそんな風体でこの屋敷を汚す気は、それこそこの凛々しい髭の一本分だってありはしないよ。
相田邸の玄関には、詩織夫人が昼と夕暮れに新しくあつらえてくれる、あたし用の【げんかんまふと】という布がある。それはふぅわりもこもこした素材で、水分を潤沢に含む至高の白き布。夫人の手ずから框に用意されるそれは、白銀にきらめく盆いっぱいに、その存在感を知らしめる。
あたしはゆるゆると玄関の敷居をまたぎ、そしてゆぅるりと自身の汚れ具合を確かめる。………背中と右の脚付け根、後は脚裏のみとみた。
まずは脚裏。框に据えられた【げんかんまふと】の隅にひらりと飛び乗り、ぐいぐいと両手両足を清める。まったくこれは何度やっても、柔らかな布と清い水とで、背筋が伸びるような心地よさだね。
そしてころりと横に転じて、【げんかんまふと】に背中をぐりぐりとこすりつける。万が一にも居るとしたらば、蚤やら【だに】やらも削ぎ落とせるようにね。
そして最後にもう一仕事。今度は体を右に倒して、右の脚付け根を清める。ここは特に汚れがひどい。この粘土みたいにぬめった土は、間違いないね、北の山崖でついた泥だよ。ぐしぐしと擦り付けたところでなかなか取れやしないんだから。
「あら、ミケ子ちゃん。帰ってたのね、お帰りなさい」
ようよう満足いく段になり、仕上げとばかりに上がり框で体を舐めて整えていれば、頭上から鈴を転がすような声がした。目を上げなくても分かろうもんだ、詩織夫人さね。
ぱたぱたと部屋履きの底を鳴らしながらこちらにやってくる詩織夫人、その手には真白の籠を携えている。どうやら洗濯物を干してきたようさねぇ。なら労りをこめて、とびっきりに愛らしい声で『にゃあ』と返事をしておこうかね。
「まぁ、今日はずいぶんと汚れちゃったのね。またお山に行ってたのかしら?」
框に手ずから据えていた【げんかんまふと】を見ているのだろう。しかし怒る気配は欠片も無く、むしろどこか楽しげに、まるで野山を転げて遊んできた我が子に微笑む母のような声音だ。
あたしの目の前にひざを着き、そっと伸ばされた夫人の手が、あたしの頭にぽんとのる。そのままふわりと撫でられて、顎の下をくすぐられる。その心地よさにあたしが目を細めるのを見たのだろう、くすくすと笑いをもらす夫人。
そのあたりでそっと目を夫人に合わせれば、夫人は殊更微笑を深める。
------はー、今日もまた夫人はお綺麗だねぇ。
『にゃ』と軽く一声ないて、感嘆詞としておこうかね。
六人の子を産み育てた、というのはまごう事無き事実だよ。実際、詩織夫人はそろそろ半世紀分の生き証人を名乗れるようになるんだから。
だけどねぇ。
化粧の術もすることなく、滑らかな肌と大きな目元、林檎のように赤い唇。豊かな緑髪を粋に結い上げ、首都の女優が妬む様な【ぷろぽうしおん】。それを薄青の洋服に包み、惜しげもなく披露してさ。
------贔屓目を塞いで見たとしたって、二十の半ばにしか見えないねぇ。
この友人宅に常駐するようになり早三月。事あるごとに目にする詩織夫人のその美貌に、あたしは驚愕されっぱなしだよ。
いつだったか、【てれび】でこういう女子の特集をしてたねぇ。時を重ねてなお麗しい女子を指して、美魔女と言うとか。それを見たときはまさかそんな人間が、と勘ぐったもんだけどさ、詩織夫人をみるにつけ、なるほどどうして、これ以上腑に落ちる言葉がないもんだと得心いったよ。
「ふふ、ミケ子ちゃんはいつもフワフワねぇ。空が放さないのも当然だわ。
…名残惜しいけども、ミケ子ちゃん。空はいつもの場所でお昼寝してるの。
起きてきたら、夕時までのあの子のお散歩、またお願いしてもいいかしら?」
本当に名残惜しそうに、あたしの右耳をひとつかいてから、詩織夫人はいつものようにそう言った。
空とあたしが親しくなってから、あたしは空を玄高中のあちらこちらへと連れ出している。まだ学校に行く必要は無い歳だけど、だからといって学ぶべきことが無いわけじゃあないからね。畑に、川に、野に山に、そして村北の【おっしょさん】に。世に数多ある物事を学ぶ場所は、いたるところにあるものさ。
だから正確に表現するなら『散歩』という言葉はそぐわないんだけども、如何せん夫人はあたしの言葉が分からない。この家で過ごした三月でもって、翁と婦人から空の供を任せられる程度の信頼は勝ち取ったけど、やっぱり寂しさが募るねぇ。
でもまぁ、夫人の中での『午後の散歩』、きっと有意義なものにするからねぇ。駆逐艦に乗ったつもりでおいでよ、と大きく夫人に『にゃん!』と告げ、あたしは揚々と腰を上げて空の元へ駆け出した。
この屋敷における空の寝床は三つある。
一つ目は、母たる詩織夫人と布団を並べて夜眠る、この屋敷唯一の洋間。たしか荘三郎翁が、年が明けたあたりに【りほおむ】した場所だ。
二つ目は、あたしと空が内緒話によく使う、十六畳間の押入れから登れる天井裏の小窓の近く。
そして最後がここさ。遥か向こうに西のお山の桜を望み、手前に荘三郎翁渾身の庭を置き。その間にお茶っ葉の段々畑を眺められる、敷地最奥の東屋、別名は『空の私室』である。
そこの縁側で今日もやっぱり、羊の絵柄が入った【ぶらんけえと】に包まって。くぅくぅと、すぴすぴと、穏やかな寝息を立てているのが、あたしの自慢の友人である空その人だ。
〔ほぅら空、空。時間だよ。ぱっぱと起きて支度しないと、お天道さんが帰っちまうよ?〕
「…ぅー……んー!」
そのぷっくりした頬を右手でむにっと押しながら、空に声をかける。寝つきがよけりゃ寝起きもいい空は、それだけでゆるゆる目を覚ます。そのままがばっと上半身を起こし、伸びと一緒に眠気と【ぶらんけえと】を体から吹き飛ばし…あぁだめじゃないか、【ぶらんけえと】を庭に向かって落としちゃあ。
縁側の際ぎりぎりでひょいっと跳躍、そのまま空中一回転。あたしご自慢の長ぁい尻尾は、大きくとんぼを切りながら宙に舞う【ぶらんけえと】を絡めとる。すとんと板張りに着地してから、尻尾でひょひょいと【ぶらんけえと】を適当に丸め、開けっ放しの障子の向こうに放り込む。
〔まったくもう、だめじゃないか。【ぶらんけえと】が汚れちまうよ〕
「…わぁ、ごめんねミケ子さん。明日はもっと気をつけるね」
自分の位置とあたしの位置と、庭と障子の向こう側、を順々に見て理解したのか、空は困ったように笑った。約束だよ、とばかりに、空の両手を尻尾で撫でつつ目線を向ける。
空は詩織夫人とは趣の違う、まるで陶器人形のような愛らしさを持っている。びいどろのように輝く瞳は大きくまぁるく、頬と唇は桜色。肩に流れる緑髪は日の光をうけ煌いて。あぁまったく、まったくまったく。今日もあたしの自慢の友は、誰にも真似できない愛くるしさだねぇ。
〔ほら、ちゃっちゃと顔を洗って髪梳ってきな〕
「んー……はーい」
あたしの額に自分の額を一度こつんと合わせてから、空は母屋に向かうべくぴょんと立ち上がる。その背中が母屋の中に消えるまで見送って、あたしはあたしで用意をしておかなきゃならないねぇ。
そいじゃあ一丁、やりますかね。そら、姿勢をきちんと整えて、ゆっくり空気を吸い込んで------
『 にゃあん 』
大きくもなく小さくもなく、けど妖力を込めて一つ鳴く。その声が途絶えた途端にどろん、と白煙が現れる。それに包まれ、瞬き三つも待っていりゃ……
「……ははん、今日も上出来さね」
開け放たれた障子の向こう、部屋に入ってすぐ右手。今はあたしの正面にある姿見に映る、一人の美女が完成さ。
焦げ茶の髪に金の簪、白い肌には玉飾り。空と揃いの黒い瞳は目じりにちょいと紅をさし。猩々緋の着物を伊達に着崩し、帯は錫色で帯揚げは黒。腰に下げた煙管容れは、黒檀製の一点ものさ。
ただまあちょいと、『人の美女』と違うとろもあるんだけどね。人の耳があるべき場所には、あたしが元々持っていた猫耳が覗き。臀部からは、これも元々あたしにあった、二本の長ぁい尻尾がゆらり。まぁ、これが所謂あたしの【あいでんてて】なわけだし、空の気に入りでもあることだし。気にする必要はどこにもないのさ。
さてと。変化の術も上出来だし、空の帰りはまだ先だ。景色でも眺めて一服つけて、ゆるりと待つとしようかねぇ。
ふりがなは特定の読み方をしてほしい漢字につけてあります。
お読みくださり、ありがとうございました。




