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16 ペンダント

 千歳が亡くなった翌日のことだ。楓部隊は山本を部隊長として再編された。海斗は柏部隊から任を解かれ、楓に戻ってきた。

 それから数日後、楓部隊は柏部隊と共に行動するようになった。住岡の計らいだった。精鋭で名を轟かせている柏のメンバーは不服そうだったが、桜庭の了承もあったため、承諾せざるを得なかった。

 その日も、桜庭は柏部隊を率いて戦線に立っていた。共に楓部隊の姿もある。

 ロシア解放区との国境付近で、数機の戦闘機が確認できたと連絡が入った。手を出すな、と戦闘機の翼の上から桜庭が命令する。その時だ。爆発音がした。ロシア戦闘機が先制攻撃を仕掛けてきた。舌打ちし、桜庭は迎撃を命じた。

「どいつもこいつも死にゆく、か……」

 疲れきったような桜庭の呟きは、戦闘機の音に紛れた。

 頭上では柏部隊が桜庭の乗る機体を守るように戦っていた。その周りを楓が援護している。桜庭が抜刀した。雪がちらつく中、刀の刃が光る。彼女は刀を握る手に力を込めた。そして、翼を蹴った。羽根が生えているかのように舞い上がり、迫ってきた戦闘機の前に躍り出た。操縦士が青い目を見開く。桜庭は容赦なく機体を破壊した。爆発に紛れて別の機体に飛び移る。すると、雪の向こうにはまだ戦闘機がいるのが見えた。無線で全員に注意を促す。

 その時、桜庭の前に一人の少年が飛び出た。髪が白い。

「お前、日本の人形ドールですか」

 少し発音のおかしい日本語が聞こえた。声も、なんだか合成されたようなものだ。しかし桜庭は一切を気にせずに刀を振るった。すると、人間のものではない感触と共に、何かが割れるような音がした。

「なんで、いきなり」

 少年の言葉に、桜庭は舌打ちした。

「貴様、何者だ。何だ、その体は」

 戦闘機時雨の翼に降り立ち、彼女はロシア解放区の言葉で言った。少年の体が壊れていた。ひび割れている。その穴から、歯車が見えた。

 少年は一旦解放区軍の戦闘機の翼でバランスを取り直し、再び桜庭めがけて飛び上がった。桜庭も飛び上がる。少年の額に刀を突き立てる。しかし切っ先がわずかに刺さっただけだった。少年の額にひびが入った。少年が目を見開き、次の瞬間、桜庭の顔めがけて拳を突き出した。桜庭が身をよじった。しかし避けきれず、左肩に拳が入った。桜庭が吹っ飛ぶ。

「中佐!」

 戦闘機五月雨が翼で桜庭を受け止める。機体にぶつかった瞬間、桜庭の体から骨が折れたような音がした。下を向き、桜庭が口元を手で押さえて咳き込む。その掌には血がついていた。桜庭が少年を睨む。少年はまるでロボットのように、感情のない顔で彼女を見ていた。

「貴様、何者だ」

 桜庭が今度は英語で尋ねた。すると、少年が反応した。

「僕は、人形です」

 そうか、と桜庭が返す。

「私は、鬼だ。貴様らのような操り人形とは違う」

 そう言って、桜庭は翼を蹴った。少年との距離が縮まる。桜庭は刀で袈裟に斬った。確かな手応えと共に、少年の体が真っ二つになる。

「ドクタ……ドクター・ハイアッ……」

 少年が呟いた。横目でそれを見たきり、桜庭はもう少年を見ようとはしなかった。すぐにロシア解放区の戦闘機を捉える。彼女は戦闘機の真横に飛び移った。中で兵士がパニックになっている。天井部分に手をかけ、反動をつけて足で窓を割った。そのまま中に飛び込む。兵士は何やら喚いていた。

「おい、うるさい」

 桜庭がロシア解放区の言葉で言った。言葉が通じたのに驚いたのか、兵士が静かになる。しかし、今度は気味が悪そうに彼女を見ていた。

「先ほどの白髪頭は何者だ。イギリスから買ったものか」

 桜庭が尋ねた。しかし、兵士は震えながら首を横に振った。

「知らない!俺は知らない!」

 そうか、と桜庭が言う。そして、素手で兵士の顔を殴った。腕が頭を突き抜けた。肘まで血染めの手を抜き、桜庭は機体から出ていった。ロシア解放区の戦闘機は、ゆっくりと海面に向かって落ちていった。振り返って水しぶきを見る桜庭の表情は、少し陰っていた。


 少しして、桜庭は空を見上げた。赤い目の模様がある額を押さえ、顔をしかめ、必死に何かを探している。彼女の表情には焦燥が滲んでいた。空を飛ぶ柏部隊の戦闘機は三機のはずだ。しかし、一機足りなかった。何があった、と桜庭が無線で連絡をとる。無線機に応答したのは八三式時雨だった。神保の低い声がする。

「中佐、申し上げます。戦闘中に松井、増田両名の乗る七四式五月雨は撃墜、されました……」

 言葉の最後で神保の声が上ずった。海上に浮いているロシア戦闘機の残骸の上に立ち、桜庭は空を見た。昼の光が厚い雲に遮られる。カーテンのように光が見えた。

 なぜだ。なぜ、千歳の時だけ分からなかった。

 そう呟き、彼女は愛刀を鞘に納めた。

 不気味な空を舞う戦闘機が、鳥に見えた。静かに刀を戦闘機の上に置くと、桜庭は海へ飛び込んだ。無線から、神保の声が聞こえた。何やっているんですか、と言っていた。水の中では返事はできず、彼女はそれを無視した。

 暗い水中で、桜庭の額の模様が淡く赤く光った。鬼だから、分かる。どこに何があるのか。作られた体とはいえ、便利だと感じる。その分、理不尽で不便なことも多い。

 水を掻き分け、彼女は泳いでいった。しかし、諦めて浮かんでいる戦闘機のもとに戻った。時雨に乗る神保が彼女を迎えにきた。

 翼の上で彼女は軍服を絞った。雑巾を絞っているように思えた。一通り水を絞り、彼女は刀を持ち直した。

「中佐、あの、松井と増田は……」

 神保が尋ねた。一人で水から上がったことを見れば、助けられなかったことくらいは分かる。彼の口調はひどく沈んでいた。

「場所は分かった。……だが、無理だ。いくら鬼とはいえあの水深を潜れば、水圧でだめになる」

「そう、ですか……」

 桜庭が目を伏せた。愛刀をぎゅっと握る。

 濡れていても寒くなどない。震えもしない。なんて人間味のない体だろうか。

「神保。この機体、損傷しているだろう。私は夕雲に乗せてもらう。先に司令部へ戻れ」

 無線をつないで桜庭が喋った。夕雲の操縦士、明石海斗が返事をする声と神保の声が重なった。二機が接近し、桜庭が夕雲の翼へ飛び移る。後部座席にいた北村が桜庭を見た。彼の目の下にはクマがある。いや、皆疲れきった顔をしていた。顔色も悪い。ただ、鬼である桜庭と明石海斗だけは違った。

 桜庭が髪を掻き上げ、はっとした顔になった。どうしたんですか、と北村が尋ねる。桜庭は海を見た。だんだんと遠のく海は灰色だった。

「……別に、大したことではない。ペンダントを失くしただけだ」

 ペンダント、と北村が復唱し、彼が口を大きく開けた。

「それ、千歳中佐の……!大事なものでしょう、戻らなくていいんですか!」

 呆れ顔で桜庭が彼を見た。

「馬鹿なことを……まだ敵が潜んでいるかもしれない。危険を犯すことはできない」

「でもあれは千歳中佐の――」

「黙っていろ!これ以上損失を出すわけにはいかない!」

 ですが、と北村が反論した。桜庭がキャノピーを叩いた。分厚いガラスにヒビが入る。

「くどい!思い出ごときにすがって生きてなどいけるものか!」

 北村は何も言えなくなった。桜庭から視線を逸らす。

「……北村。貴様には貴様の思いがある。当然だ。だが同様に私には私の思いがある。私には『覚えていること』、それで十分なんだ。少なくとも、私と千歳の間ではな……」

 海斗が横目で桜庭を見た。しかし無言のまま、彼は司令部へと戻っていった。


 夕方、北西司令部の外れを、北村と藤崎と梅村、そして水無月が歩いていた。司令部の中の巡回もローテーションで行われている。今は楓とその他三班が見回っている。

「それで、中佐は結局ペンダント失くしちゃったのか」

 藤崎が言う。北村は頷いた。

「でも、中佐の言うことは正しいだろ。物のために命を犠牲にすることはできない。それに、海だろう。どこで落としたか分からないし、分かったとしても取りになんて行けないだろう」

 水無月が言った。ですが、と梅村が口を挟んだ。

「きっと、すごく辛いことだと思いますよ……」

 水無月が地面を睨んだ。他の者には言わなかったが、桜庭の境遇を知っている北村と藤崎も険しい顔をした。

 その時、先頭を歩く藤崎の足が止まった。よそ見していた水無月が北村にぶつかる。どうした、と北村は尋ねた。そして藤崎の視線の先を追い、はっとした。

 司令部の南門に、民間人がいた。白髪頭の男女が四人いる。すっかり襟元がゆるくなってしまった服を着ている。憲兵が彼らの対応をしていた。

「なんで、民間人がここにいるんだ?」

 水無月が眉をひそめる。アメリカ連合との同盟を拒否した際、侵攻して来られることを懸念した。同時期にロシア解放区からも一方的な宣言があったため、万一のことを想定して北西司令部の管轄からは民間人はいなくなったはずだ。北西司令部以外にも、北東司令部もアメリカ連合の力を懸念して住民は避難させているという。話では本州へ移住したとか聞いている。

 見ていると、憲兵は彼らに食糧を渡しているようだった。四人が帰ってしまうと、憲兵は書類に何かを書いた。するとそこへ桜庭がやって来た。憲兵に何やら話しかける。憲兵は先ほど書いた書類を渡した。憲兵は敬礼するとそのままどこかへ行ってしまったが、桜庭は立ち止まって書類を眺めた。

「あの、中佐」

 桜庭が書類から顔を上げた。ただでさえ目つきが悪いのに、一気に仏頂面になる。

「私は貴様らに用が無い」

 そしてまた書類に目を向けた。水無月が焦ったように言った。

「中佐!北西司令部の管轄区域内には民間人はいないはずです。先ほどの四人は、一体何者ですか!それに、軍の所有している食糧を渡していたように見えました!」

 ふうっと息を吐き、桜庭は感情の読み取れない目を水無月に向けた。

「水無月。貴様、あれが視えたか」

 水無月がきょとんとする。桜庭は書類を持ったまま、だるそうに拍手した。

「おめでとう、あれは山の妖精だ。数日おきに山への供物として食糧をああして――」

 ぽかんとした後、水無月が桜庭を睨む。

「中佐、ふざけないでください!真面目に質問しているんです、答えていただきたい!」

 桜庭は舌打ちした。そして、改めて彼らに向き直った。

「貴様らは知らなくてもいいことなんだがな……。まさか、本当に住民は全員退避しているというあの話を信じていたのか?」

 水無月が目を見開く。

「嘘だとおっしゃるんですか……。いつ戦闘になってもおかしくないこの場所に、民間人を残して。なぜ本州へ避難させないのです!」

「別にその話の全てが嘘ではない。ちゃんと避難した住民もいる。だが……この地は現在の世界大戦が勃発する前までは、日本の中でも大都市に分類される場所だった。しかし、地形が変わってからはその街も沈んだ。本州の奴らは内心、そこに住む住民を見下している。その彼らが本州に移住して、まともに暮らしていけると思うか?本州ですら、今は物資が不足しているんだ。余所者にやる物なんて、誰も持ち合わせていない。そうなればきっと排除される。理由は適当に作ればいいだろう、近所ぐるみで犯罪をでっち上げれば良い。そうなるとどうなる?言ってみろ」

 桜庭は書類で水無月を指した。水無月が悔しそうに下を向く。

「島流し、です……」

 そうだ、と桜庭が言う。

「だから選ばせた。本州に行きたいという者は行かせた。止めはしないさ。己の運命を選ぶんだからな。だが、ほとんどの住民は残ることを選んだ。彼らは今、山に隠れている。ああして時々、配給を受けるんだ」

 残っているのは、ほとんどが老人と子供だという。本州に行っても、働くことが出来ない者は生きていけないだろう。その点、ここに残っていればもしかしたら助かるかもしれない。北西司令部がロシア解放区から、そして北東司令部がアメリカ連合からの侵攻を防ぐことが出来れば、警戒態勢は解除される。また、ここに住むことができる。

 そうやって待つしかできないのだ。

 あの四人の疲れきった姿を思い出し、北村は目を伏せた。今頃、故郷の岐阜でも家族があんなふうになっているんじゃないのか。母と妹は無事だろうか。叔父夫婦も元気だろうか。中部の山岳地帯なので、外国からの脅威に晒されることはまずないだろう。だが、桜庭中佐は物資が不足していると言っていた。こんな時、真っ先に見捨てられるのは弱い老人や子供だ。

 北村は顔を上げた。もう、何も考えたくない。自分のことで精一杯だというのに、これ以上他人を気にかけてなんかいられない。どんなに綺麗事を吐いたって、自分以外の人間は全て他人だ。家族ですら他人だ。

 ふと気づいた。先ほどから桜庭は北村を見ていた。無言でじっと見ている。まるで北村の心境を見透かしたような目だ。心配しているのか、楽しんでいるのかすら分からない。桜庭からは何一つ、感情が読み取れなかった。

 そして、北村は空を仰いで思った。

 なんておかしな世界を生きているんだろう、俺は。

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