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13 暗雲

 日本政府はアメリカ連合への同盟要請の回答を先延ばしにし続けた。そして遂に、期限の前日である十月三一日がきた。

 世界が注目する中、政府が会見を開いた。回答は、同盟拒否だった。あくまで武装中立を保つという姿勢を示した。

 アメリカ連合代表は緊急に会見を開き、一言だけ喋った。

「これから、東洋に暗雲が垂れ篭めるだろう」


 これは軍部にも緊急で知らされた。

 北西司令部の薄暗い会議室では、笹井中将が頭を抱えていた。

「たった今、総司令部から連絡がきた。もしかすると、アメリカ側が無茶な攻撃を仕掛けてくるかもしれん。もう一世紀以上前の威厳はアメリカにはない。世界戦争は泥沼化しているし、恐らく手段は選ばないだろう。ユーラシア大陸側への踏み台として我が国を侵略してくるかもしれんとのことだ。加えて先ほどロシア解放軍トップが、アメリカが侵攻してくるようなら我が国を保護下におくという一方的な発言があった。総司令部は断固戦えと言っている」

 笹井は言葉を切り、窓の外を見た。最近、急に寒くなった。そしてついこの間初雪となり、連日降っている。外は少し積もっていた。

「恐らく、明日にでもロシアは侵攻してくるやもしれん。厳重に警戒すると共に、交戦準備を整えよ」

 そこで会議はお開きになった。皆、敬礼した。だが、分かってもいた。もう物資も少ない。総司令部から支給される物もだんだんと粗悪になったり量が減っている。それに、十月に入ってアメリカから同盟が持ちかけられた後、こういうことを想定し、北西司令部の管轄からは住民を退避させた。もうこの北西司令部は足止めにもならないかもしれない。


 それから三日後だ。ロシア解放軍の戦闘機が日本へ攻めてくるという情報が入った。あらゆる情報を照らし合わせ、北西司令部が主立って戦うこととなった。総司令部からもそのように連絡が入ったという。

「私が行きましょう」

 名乗り出たのは千歳だった。誰も否定する者などいない。ただ、住岡と桜庭は無表情だった。

「よし、いいだろう。楓と柳、白樺、橘、しきみ部隊は出動せよ。指揮は千歳優馬中佐に任せる」

 笹井中将が命令した。敬礼し、彼らは承諾する。本当は鬼を二人出せれば安心なのだが、全面的に緊張が高まる今、一方面だけに戦力を集中させることはできない。桜庭は残ることになった。

 雪のちらつく中、準備が進められた。そんな中、桜庭は千歳の部屋にいた。

「どうした、桜。珍しいな、勤務中に用もなく来るなんて」

 支度をする千歳の傍へ行き、桜庭は彼を眺めた。

「千歳。私が完全型の鬼だなど、全くの誤解だ」

 千歳がきょとんとする。

「私は十分欠陥品だ」

 いきなりどうしたの、という千歳の問いに、桜庭は俯いた。

「私は……私は、感情が分からない」

 千歳の支度をする手が止まった。間をおいて桜庭を見る。

「桜……?」

 桜庭は千歳の袖を握った。

「怒り、憎しみは嫌なくらいに感じる。ただ、幸せとか――愛情が、分からない」

 下を向いたまま喋る桜庭の頬に、彼はそっと手を添えた。

「今誘われてもなあ……帰ったら、また教えてよ。でも、俺はそんなことないと思うよ?桜はちゃんとその感情を、知ってると思うよ」

 そう呟き、彼はかがんだ。そして優しくキスをする。その後、桜庭を抱きしめた。腕の中で桜庭は大人しくしていた。いつもなら殴られてもおかしくない。だが千歳に体重を預け、彼女は眠たそうに目を閉じかけていた。

「桜……もしかして、寂しい?」

 面白そうに千歳が尋ねる。すると桜庭はぎゅっと頭を押し付けた。

「だから、それが分からんと言った」

 千歳は微笑んだ。

「ただ、お前といるとそんなことはない。軍は嫌なやつばかりだ。真っ黒だ。千歳。お前はここにいるべきだ。私のために」

「……分かった。また、帰ってくるよ」

 そう言い、彼は桜庭を連れて外へ出た。

「千歳。春になったら、また花見に行こうか。あの花は、嫌いではない。お前とその下で喋るのも」

 ぶっきらぼうに桜庭が言う。千歳は驚いた顔をしていたが、桜庭の頬にそっと触れた。

「了解、桜庭中佐。……俺は、どっちの桜も大好きだからね」


 指示された部隊は既に準備を完了していた。千歳の姿が見えると、彼らは敬礼した。

 千歳が地図を広げ、順に説明した。楓部隊には千歳自身の援護を命じ、他の部隊には空中戦で敵を潰すように、との内容だった。

 北村は今回も明石海斗と夕雲に乗り込み、国境へ向かった。

 雪が降る。空がいつもより低い。重くのしかかってくる。そんなことを考えながら、北村は周囲に目を光らせていた。

 前方に影が見えた時、千歳から連絡が入った。

「ここから別れて行動する。楓は俺について来い」

 ふと千歳と山本が乗る戦闘機に目をやると、その翼の上に千歳が跪いていた。手には鞘に収まったままの刀がある。桜庭の刀よりも少し大きく、柄の装飾は青い。彼は藍色の軍服をはためかせ、前を凝視していた。雪と背景の灰色が、彼を一枚の絵のように思わせる。

 何の警告もなく、敵から攻撃があった。すると千歳は立ち上がり、無線のマイクを調整した。

「楓、頼むぞ」

 そう一言呟き、彼は勢いよく戦闘機の翼を蹴り、敵に突っ込んでいった。

 彼の後方から、敵機に銃弾が浴びせられる。敵機の質は粗悪なのか、簡単に破壊された。ほとんどが無人戦闘機だ。ロシア解放区で使われる文字が見える。

 自らこんな中へ突っ込んでいくなんて初めてだ。北村はそう思い、わずかに足が震えた。変な高揚感がある。おかしい、怖いはずなのに。

 海斗が機体を乱暴に回転させた時だ。北村は海を見た。曇っているからなのか、海までが暗い色をしている。その時、海に何かが見えた。

「明石さん!海に船がある!」

「船?」

 海斗が敵機を一つ追いかけながら、機体を斜めにした。

「あっ、あれ……」

 北村が声をあげる。海斗も驚いたようだ。

「千歳中佐、空母がいますよー。今時珍しい」

 ここ半世紀ほどで空母は一気に数が減った。ほとんどが国際紛争の中で傷つき、使い物にならなくなっている。資源も予算も乏しくなり、見る機会はあまりない。

「やっぱりか。楓、目標を空母に切り替える!」

 敵機とやりあっていた千歳が爆発にまぎれ、下へ飛び出したのが見えた。無人敵機がそれを追う。だが、北村が破壊した。

「中佐を追いかけるぞ!」

 海斗が言い、煙を盾にして近道をした。その時、頭上で爆発があった。残骸が降り、ガラスに当たる。それを見て、北村がはっとした。

「う……梅村!明石さん、青木曹長が!」

 彼らが乗っていた戦闘機がやられた――ただでさえ早くなっている呼吸が詰まりそうになる。だが、海斗は答えなかった。

「明石さん!」

 北村が叫ぶ。海斗が大きく息を吸い込んだ。

「黙れ!中佐を援護する!」

 北村は黙った。だが、溢れてきそうな何かがあって返事ができなかった。口を開いたら溢れ出る。一瞬、脳裏に少女の顔が浮かんだ気がした。心の中で梅村に謝った。連れて帰ってやれなくて、ごめん。そしてまた思ってしまう。なんで死んでしまうんだろう。

 辺りに降るものは、雪か灰か分からない。ただ、他人事みたいにゆっくりと舞う。海に、たくさんの破片が落ちていく。

 その時、海斗が舌打ちした。有人戦闘機に後ろを取られた。北村は必死で撃った。思っていたのはただ一つだった。嫌だ、死にたくない――少しの金しか貰えなくても、養わないといけない家族がいる。妹の美香だって、まだ出稼ぎにやりたくなかった。だから、軍に入ったのに!

 そんな綺麗事だけではない。死にたくない――この感情が北村を支配した。頭が熱くなり、それ以外考えられなくなった。泣きそうなほど生きることを望んでいる。浅ましいくらいの望みだ。

「ねえ、北村君。賭けをしようか」

 明石海斗が言う。北村は一気に現実に引き戻された。何をのんきに、と思ったが、彼は至って真面目だ。

「何の……賭けですか」

 機関銃の衝撃に耐えながら、北村は返事をした。

「生きるか、死ぬか。ケツにくっついてる六一式ベーチェル型のパイロットは俺達が死ぬと思ってる。どっちに賭ける?」

 そりゃあ、と北村は呟いた。

「俺達が生きる方に賭けますよ!」

 決まりだね、と海斗が笑う。そして上空に向かって急加速した。相手もほぼ全力で追従する。後部座席にいる北村は生きた心地がしなかった。かなり速度をあげたところで、海斗が突然エアブレーキを使った。体の感覚がおかしくなる。一瞬息が止まった気がした。視界が歪む。気づくと機首は下を向いていた。

「あ、あれ……ベーチェルは!?」

 後ろに戦闘機がいないのを確認し、北村が驚く。海斗が笑った。

「お前が目くらまされてどうすんだ」

 そして機首を再び空母の方に向ける。千歳中佐の援護に行くぞ、と海斗が言う。

 途中、何機かに妨害された。しかし海斗は器用に避けて空母へ近づく。甲板になにやら蟻のように蠢くものが見えた。爆弾の投下準備を命令された。

「中佐ー、遅くなりました」

 海斗が無線を使う。早く来い、と千歳の声がする。

 空母の甲板の蟻は、千歳と戦う戦闘用ロボットだった。陸斗と藤崎が乗る夕雲が空母を爆撃している。北村と海斗も参戦する。煙と怒号と炎がちらつく。その時、山本から連絡が入った。

「中佐、新手の船が来ています!恐らく中華共栄圏のものです、戦闘用ロボットが待機しているのが見えます!」

 戦っていた千歳が顔を上げた。

「このロシア空母は夕雲(改)に任せる!明石海斗、山本、ついて来い、方位は三二二だ!」

 海斗が無線で返事をし、方向を変える。千歳の姿が見えない。北村がそう思っていると、機体に衝撃があった。左の翼に千歳がいた。だが、全身傷だらけだった。

「千歳中佐……傷は治せるのでは……?」

 北村が尋ねた。ガラスの向こうで千歳が微笑む。

「俺は、欠陥品だからな。治癒に使える力が限られている」

 そして彼は前を向いた。視線の先には三隻の船がある。中華共栄圏のものだ。とても小さい。漁船くらいの大きさだ。しかし、甲板には戦闘用ロボットがひしめいていた。なんとも気味の悪い光景だ。彼らの顔が一斉に夕雲を見つめる。

 どうするのか、と北村が千歳を見た。北村は全身が凍りつくような感覚に襲われた。千歳の目が見開かれていた。その彼の瞳が青く光っている気がした。

「上空から援護を頼む」

 そう言い、千歳は翼から飛び降りた。1隻の甲板に着地する。同時にロボットが群がってきた。それを蹴り飛ばし、千歳は刀を抜いた。額の青紫の模様までもが光っている気がするのは気のせいだろうか。他の船を攻撃しながら、海斗が呟いた。

「千歳中佐が……本気だ」

 え、と北村が聞き返した。俺も初めて見る、と海斗が言った。

 空がだんだんと暗くなる。燃え盛る炎と煙の中、千歳の目は確かに淡く光っていた。頬に血をつけ、白い刀を握る。藍色の軍服は破れ、軍帽はもはやどこへ落としたのかさえ分からない。

 素手でロボットの頭を砕き、襲ってくる兵士すら残虐にひねり潰した。兵士の顔に風穴があく。背後から襲ってくるロボットを殴った際、やりすぎたのか船体が凹んだ。床を殴って穴を開け、そこに爆弾を投げ込む。北村のところまでは聞こえない悲鳴が届きそうだった。

 爆発にまぎれ、千歳は他の船へ移った。同じように甲板で戦い、船が爆発する。そして最後の船に移った。千歳は全身血まみれだった。片足を引きずっている。それでも彼は強かった。斬られたロボットからは茶色い煙が上がり、甲板は赤く染まる。海が黒く染まる。日暮れの空には汚い雲が浮かんでいる。

「海斗、来い!」

 千歳の怒鳴り声がした。爆撃を中止し、海斗が甲板すれすれに寄せる。千歳が夕雲に飛び移った直後、甲板で爆発が起こった。翼の上にうずくまる千歳から、赤い雫が滴る。全身からぼたぼたと垂れている。

「中佐!」

 北村が呼びかける。千歳は息を切らしながら海を見た。

 まだ、向こうに二隻見える。それも、大型の――駄目だ、敵わない。北村がそう思った時、無線が入った。

「戦闘を停止せよ!休戦に入る!繰り返す、戦闘を停止せよ!」

 北西司令部からだった。大型空母の動きも止まった。千歳が荒い呼吸をしながら、海斗に帰還を指示した。司令部から、代わりに椿部隊を派遣するという連絡もあり、海斗は大人しく従った。

「中佐……大丈夫なんですか」

 海斗が尋ねた。翼の上で、千歳が笑う。

「さあ……今回はちょっと……なんとも……」

 呼吸の合間に喋る姿は苦しそうだった。

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