『うろなのキュリー夫人を探せ!』
うろな町役場企画課。
彼らの仕事場はうろな町役場の一階、資料室の片隅にある傍らに印刷機の置かれた二つの机だ。そこで企画課の二人はいつも忙しく手を動かしながら仕事をこなしている。その様子は真面目ではあっても黙々と、とはとても言えなくて……。
「でな、珍しいなあ思て後をつけていったら、なんとその茶色の犬が女の子に変身してん!」
「ふーん」
対面に置かれたデスクに座る二人が企画課の職員だ。ちゃんとした職場が用意されないのはその職務内容のせいだけでなく、彼らの勤務態度にも問題がある。
「なにその、教育政策課の職員から学校指定の水着について意見を求められたボクが誕生の歴史から語り始めたものの理解できるものが周りにおらず、次々と聞き手が入れ替わったあげくにいっちゃん熱入れて語ってたときに聞き手を担ってた秋原サンみたいな反応!」
手元は一瞬も止まらずに動いているが、口もまた一瞬たりとも止まることがない佐々木。
「要するに興味ないねん。ていうかまた秋原さんに迷惑かけたんかい」
両肘をついて気怠げに携帯を操作している香我見。
スーツをかっちり着たままキーボードを叩く黒髪と早々に上着を脱いで袖も捲り上げて携帯をいじっている茶髪という、外見にはまったく違う二人だがとても町民に見せられる勤務態度ではないという点で全く同じなのだ。
「だいたい佐々木君の話は長いしうっとうしいし暑苦しいし回りくどいしうっとうしいし」
「うっとうしいって二回言った!?」
「暑いねんからやいやい言いなやもう」
パタパタと襟口から風を取り入れる香我見。受付や窓口など町民の出入りするところには早くも冷房が入っているが、この資料室にはそもそもエアコンがない。
「せやったらボクの話聞いてえな。聞いてくれるまで何千回でも繰り返すで」
「やれば?」
冬でも上着を着ない香我見は夏が近づくにつれてこのように不機嫌になっていくのだ。
「なにその、環境問題に対する自分の無力さを嘆く環境保全課の職員に向かって具体的な資料を用意したうえで町役場女性職員総スク水化計画を語っとったときに偶然通りがかってボクの話を適度な相槌とともに聞いてくれてた秋原サンみたいな目は!?」
「要するにめんどくさいねん。ていうか君はええ加減秋原さんに迷惑かけんなアホ」
「でな、珍しいなあ思て後をつけていったら」
「もうそれはわかったっちゅーねん。どうせ夢とホンマの記憶を混同したんやろ。最近そんなゲーム買うたゆうてなかった?」
眉を下げて仕方なく佐々木の相手をすることにした香我見。なんだかんだで彼も黙々と仕事というのができない人間なのである。
「ああ、ジュラシック・パラダイス?」
「君みたいなもんはサメの方が似合うとる」
「どういうこと!?」
「だいたい犬娘がなんやねん。うちの近所なんか天狗おるわ」
「ああ、こないだ来たあの人? は、それにしてもよりにもよって天狗て…………よお考えてみいよ、香我見クン」
自分の言葉を鼻で笑った佐々木に、香我見はちょっと目線を上げる。するとそれに挑み立つように彼は笑みを浮かべて立ち上がった。
「いったい天狗のどこに萌え要素があるっちゅうねん!!」
香我見はため息を一つついてまた携帯に目を戻し、佐々木も速やかに着席する。
「ま、うちの天狗はんは妖怪やのうて天狗の仮面をつけただけの気のええ兄ちゃんやけどな」
「仮面の下は美少女なんやろ?」
「明らかに男の声やったやろ、寝ぼけとんのか」
「……なあ香我見クン、人間、夢見いひんようになったらおしまいやと思うねん」
「君は夢見すぎや」
「二次元にだっていつかきっといける!」
「ディスプレイに頭突きしたあげくでこ切って仕事休みますとか言われた日にはどつき回したろか思ったわ」
「あ、そんときは眼鏡外してたから心配せんといて」
「心配なんかするかアホ。なんでそこは冷静やねん。むしろ割れとけや」
「そうや! 閃いたで!」
そう言って佐々木はまた立ち上がる。香我見はすでに全力で目を逸らしていた。
「なあ香我見クン」
「今日はもうお腹一杯やねんけど……なに?」
「美少女科学者をうろな町に呼ぼうや!」
「すごいな、もう意味分からん」
携帯を操作している香我見の指が速度を上げた。相方がテトリスをやっているとも知らず、佐々木はジェスチャーを加えて説明し始める。
「ええか? 近頃は『下町のエジソン』とかゆうて中小企業の工場でもロケットやなんや飛ばしとる時代や。せやのにうちはといえばせせこましく工場建てたり埋め立てしとるだけ」
「せせこましいゆうな。美少女か非常食か知らんけど、そんなん呼ぶ予算あるわけないやろ」
「ふっふっふ……ホンマにそうかな?」
「おい、会計課の仕事見てないんか。五分前に仕上げとったはずやろ」
「心配ない、ちゃあんと把握済みや雰囲気イケメンの茶髪シスコン!」
「しばきまわすぞクソメガネ!!」
「逆転の発想や香我見クン。外から呼ぶんやのうて中から探せばいいんや」
「そんなもんおるかいな」
香我見の言葉にもっともだと思ったのか、佐々木は腰を下ろしてしかつめらしい顔になって腕組みをした。
「ふーむ、せやったら企画にしよか。名付けて、『うろなのキュリー夫人を探せ!』」
「なんやねんその深夜番組みたいな企画は。それにそんなやつ見つけてどうすんねん。町のためになるんか?」
「なるなる。まず、昨日ボクが見た犬娘の正体がわかるやろ」
「ここでその話持ってくるんかいな。俺は佐々木君が寝ぼけてただけやと思うけど」
「そんでキミのとこの美少女天狗の正体もわかるし」
「美少女ちゃうし。普通の兄ちゃんやし」
「ほんできっと二次元にも行ける」
「なんで?」
「なんかすごい技術で!」
「それよりも、そんなすごいねーちゃんが来るんやったらうろな七不思議を解明してもろた方がええんちゃう?」
「うろな七不思議って?」
「佐々木君知らんの? 西側の山の話とか聞いたことあるやろ。妖狐やら天狗の話もあったっけな」
「ああ、ボクも何コか知っとるよ。丑三つ時に澄玉神社の鳥居の下をくぐると違う世界に行ってまうとか」
「澄玉神社って神楽子の実家やないか。ちょっと腹が頭痛で腱鞘炎起こしたから早退する」
「落ち着こう香我見クン! ただの噂やから!」
「そうか? でも気になるな……」
「そこで美少女科学者や!」
「だから招集費用はどないすんのって」
「企画課の予算から出す。会計課の仕事やってるときに気づいてんけど、工夫したらもうちょい削減できんねん」
「いくら?」
「一万五千円」
「日雇いのバイトレベルやないか」
「まあまあ、とりあえず企画書作ろうや。えー、企画名は『うろなのキュリー夫人を探せ!』」
「目的はうろな七不思議の解明にしといた方が無難やな」
「招集費用は一万五千円。企画課の経費削減の資料つけて、と」
「要点はだいたいこんなもんか?」
「あとは美少女科学者の具体的な候補とその経歴を加えて……ぽちっとな」
「古い」
香我見の呟きと同時に印刷機がその体を揺らしながら紙を吐き出していく。
「うわ、これホンマに科学者か? 可愛い子ばっかりやんけ」
「いわゆる天才ってやつみたいやね。天才もピンキリやから、探せばいっぱいおるよ」
「一万五千円で来てくれるやつがおるかいな」
「天才とナントカは紙一重って言うし……あ、こないだの食事券とぬいぐるみもつけとこ」
「まあええわ、ほな町長さんとこ行こか」
そして二人が二階を目指して部屋を出ると、階段の踊り場でまたしても彼らの先輩に会った。
「お疲れ様です、榊町サン」
「いや、榊だから……わざとやってない?」
「悪気はないんです、すんません」
どうやら彼は職場である住民課に帰るところらしく、胸の高さほどの書類を抱えていた。
「二人とも、町長のところに行くの?」
「そうですけど……もしかしていはりません?」
「そうみたいだよ。散歩に行っていることが多いから」
そこまで聞くと、二人はぎこちない動きで顔を合わせた。
「香我見クン、ボクちょっと嫌な予感が」
「偶然やな、俺もや。ほなすんません榊サン、俺らはこれで」
「あら、香我見さんに佐々木さん」
二人が踵を返すとちょうど秋原がこちらにやってくるところだった。
「あ、秋原サン……どないしはったんです?」
「風野さんが渡し忘れた書類を榊さんに届けに来たんですけど、ちょうど良かったですね。話は聞こえていました。企画書は私がお預かりしておきます」
「いや、その……これは……」
「すんませんでした」
その後四十分相当の説教を三十秒で受けた彼らはどっさり書類を抱えて泣きながら帰ったという。
「ちなみに、この企画課予算案は来月から採用しますね」
そう言って最後に笑顔で見送られた佐々木の心に、後悔は欠片も存在していなかった。
どうも、弥塚泉です。
ちょこっとサブタイトルいじりました。
特に意味は……あるかも?
さ、もうすぐうろな町は夏祭りですよ!
名前は出てきませんでしたが、寺町 朱穂さんの『人間どもに不幸を!』から鍋島サツキさん、三衣 千月さんの『うろな天狗の仮面の秘密』から天狗仮面さん、登場した方ではシュウさんの『うろな町』発展記録から榊さん、秋原さんをお借りしました。