『高校と幼稚園のAED設置と動作の確認および簡易水質調査報告書』
結局、梅原に校内を案内してもらってうろな中学校での仕事を済ませた二人は、続いてうろな高校にやってきた。過去の反省を活かして真っ先に職員室に行って身分を説明し、廊下を歩く二人はしっかり許可証を首にぶら下げている。
「あれ、ハルお兄ちゃん?」
「か、神楽子……」
高校はちょうど昼休みだったらしく、目の前から歩いてきたツインテールの少女が急に声を上げた。
「ん? 香我見クン、知り合いか?」
どこか動きのぎこちない香我見が口を開くより先に目の前の彼女がお辞儀をした。
「こんにちは。私はハルおに……じゃなくて、香我見さんの従姉妹の霞橋神楽子です」
「これはどうもご丁寧に。ボクは香我見クンの同僚の佐々木達也ゆうんや。よろしゅう」
「神楽子、どうしたんや? 昼休みやっちゅうのに一人で……まさかいじめられてんちゃうやろな。ちょっと職員室行ってくる!」
「ち、違うよ! 四時間目に出された課題がちょっと遅れちゃっただけで」
「なんや、そうやったんかい。じゃあ佐々木君、後は頼むわ。俺は職員室行ってくるから」
「神楽子ちゃんの話聞いてた!?」
「いや、六十分で終わらんような課題出す教師は一件説教せな」
「ほら、もう行くで香我見クン。ほなまたなー、神楽子ちゃん」
「あはは……うちのお兄ちゃんがすいません」
二人がうろな高校を出ると日差しはまた一段と強さを増しており、香我見のテンションもまた一段と下がった。
「あかん、こんな日の下で歩き回ったら死んでまうわ。ちょうどキリもええし、いったん昼飯行こうや」
「そうしよか」
「ていうかキミはなんでそんなに平気やねん。アホか」
「地元やったらこんなんちょっとあったかいくらいやで」
「ホンマかいな。んー、この辺やったら昼飯は『流星』にしよか」
「『流星』って?」
「なんや、佐々木君知らんの? 最近口コミで評判の店や。俺も一回行ったけど、結構イケるで」
「ふーん。あんま興味ないなあ」
「秋原サンも気に入ってるみたいで」
「そこのところすごく詳しく」
「あーもう、暑いねんからくっつきなや。ほら着いた。ここや」
洒落た扉を開けばカランコロンと鈴が鳴って、落ち着いた声が二人を出迎える。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
二人をそつのない振る舞いでに案内すると、青年はさっと奥の厨房に消えた。と思えば料理を抱えてサラリーマンらしき人のところへ持っていく。
「せわしないなあ」
「この店、あの人一人でやってるらしいからな」
「へえー、なんならメイドの五人でも雇えばええのに」
「人を雇う金がないんやと。そのぶん料理はうまい」
「うそん。ツッコミなし?」
「腹減ってそんな元気もないわ」
『流星』で昼食を済ませた二人は次に保育課からの仕事にとりかかった。といってもやることは同じ。それを幼稚園でやるというだけのことだ。
「すんません、町役場のもんです。保育課の代理で伺いました」
「はーい、お待たせしましたー」
パタパタとスリッパを鳴らしながら駆けてくるのは意外にも若い女性だった。
「先日ご連絡した企画課の香我見遥真です。本日は保育課の代理で伺いました」
「同じく佐々木達也です」
「お疲れ様です。私は藤崎芽衣といいます」
「可愛いですね! 結婚してください!」
「あの……私、夫がいますので」
「真面目に答えんでもいいですよ。アホですから」
初対面だろうがお構いなしの佐々木を適当に抑えながらAEDの設置場所まで案内されると、香我見は早速動作確認を始めた。
「佐々木君、これから先、君はそこから一歩も動いたらあかん」
「え、なんで」
「ええか、今君の社会的な命は風前の灯火や」
「また!? ボクの灯火弱すぎちゃう!?」
「あかん、手が震えてきよった」
「そんなに酷い? ちょっとは信用してえな」
「小学校で職員室に連行されるようなやつをどないして信用すんねん!」
「あの……」
確実に教育に悪い会話を続ける二人へついに藤崎が遠慮がちに声をかけてきた。
「お昼寝の時間ですから。もう少し静かにしてもらえると助かるのですけど……」
「すんません」
「さーて、次はどこ?」
「山」
「えっ!?」
「山や。何回も言わすな」
「あっという間に機嫌悪なったなあ……それ、どこの仕事?」
「環境管理課や。水質調査っちゅうことやけどそんな大袈裟なもんやなくて、軽く様子見だけやから俺らんとこに回されてきたらしい。なんや簡易検査キットでできるんやと」
「ボクちょっと用事思い出した」
「逃げたらもぐぞ」
「何を!?」
なんやかんやで目的の川に到着した企画課の二人。釣りを趣味とする香我見はたまに山に入ることもあり、土地勘はそれなりにある。迷うことなく指定された川にたどり着き、佐々木が傍らにキットを広げて人差し指ほどの試験管に水を採取したり、リトマス紙のような何らかの試験紙を浸したりしていると、ふと目線を上げた彼が呟いた。
「あ、不審者」
「ホンマや。一、一、零と」
「ちょぉっと待ったああああああ!!!!」
流れるような連携で今まさにコールボタンを押さんとしていた香我見の携帯が奪われる。
「人を見るなり不審者呼ばわり、あまつさえ何の躊躇いもなく百十番っていくらなんでも酷くないか君たちィ!?」
その犯人であるところの男は香我見に向かって涙目で訴えた。Tシャツに麦わら帽子までは理解できるのだが、まるでカウボーイのように先を輪っかにした縄をびゅんびゅん振り回しながらを歩く姿は怪しさ満点だ。
「いやだって、平日の昼過ぎにオッサンが山で目ぇ血走らせて徘徊しとったら普通に百十番やろ。むしろ逃げ出さんと頑張って会話しとる自分を褒めてやりたい」
「そこまで怪しいか!?」
「おじさーん、何奇声上げてんのー?」
彼の涙混じりのツッコミに呼ばれたかのように、向こう岸の草むらから高校生くらいの女の子が現れた。
「おじさん言うな! 俺はまだ二十九だって言ってるだろ!」
どうやら不審者っぽい男性の知り合いらしい彼女はひょいひょいっと石を渡り、佐々木の隣までやってきた。
「おにーさんたち、おじさんの知り合い?」
「いや初対面やけど……キミはなんで誘拐されたん?」
「誘拐って決めつけるな! コイツからついてきてるんだよ!」
「ぐすっ、怖かったよう……」
「よしよし」
「話を聞けよ!」
「佐々木君に頭撫でられた方がマシってあんた相当酷いな」
「この場に俺の味方はいないのか!!」
「はいはい。じゃあアンタ、名前と職業聞かせてもらおか。一応俺らも町役場の職員やし、不審者やったらほっとかれへんわ」
一応作業中の佐々木に代わり、仕方なく香我見が応対することにする。
「川崎省吾だ。普通の銀行員をやってる。後ろめたいことなんて何もないぞ」
「銀行員はんがなんで女の子連れ回してはりますの?」
「しかも山って変態やな」
「コイツは俺についてきてるだけだって! 俺はな……ツチノコを探してるんだ!」
「そういえばツチノコ探して引っ越してきた人がおるって聞いたことあるような気ぃするわ」
「ふーん? まあ誰にも迷惑かけてないし、ええか」
「ちょうどこっちも調査終わりや。ほな」
二人はさっさと話を切り上げると振り返りもせずに去っていった。
「あいつら……絶対暇潰ししたかっただけだろ」
「捕まらなくて良かったねおじさん」
「おじさんじゃねえって!」
二人が町役場に帰ってくる頃にはすでに空は真っ赤に染まり、カラスが子どもたちに帰りを促していた。
「ふー、しんどかったなあ」
「佐々木君はほとんど仕事に関係ないことに体力使うてたけどな」
「あ、二人とも。今日は外回りだったんだね。お疲れ様」
「お疲れ様です、榊野サン」
「アホ、何回間違えんねん。すんません榊田サン」
「いや、榊だよ?」
資料室に帰る途中、ちょうど住民課の受付をしていた榊に声をかけられた。
「帰ってきたところで申し訳ないんだけど、これを秘書課まで持っていってくれないかな」
「いいですよ。って書類一つだけですか?」
「うん。さっき来た秘書課の子が忘れていっちゃったみたいで」
「また風野ですか……」
榊は答えなかったが、目が泳いでいた。
「しゃあない、行こか」
「ついでやしな」
軽い足取りで二階へと向かった二人だったが、やはり疲れていたのだろう。いつもなら当然ノックして入る秘書課のドアをそのまま開けてしまった。
「すんません、住民課の忘れ物を届けに……あ」
「佐々木君? どうし……あ」
「……っ……!!」
そして二人が見たものは、誰もいない秘書課のデスクで大きな大福を頬張っている秋原だった。
顔を真っ赤にしながら五時間相当の弁解を十分聞いて秘書課を後にした佐々木は一言、「やっぱり秋原さんが一番やな」と言った。
こんにちは。本日二度目の弥塚泉です。
本日は総勢十二人の方と絡ませていただきました。
登場していただいたのはいいもののあまり会話できなかったり、弾けさせすぎてしまったり反省点も多々ありますが、とても楽しかったです。
ていうか、一回で欲張りすぎましたね。企画課にはこれからもうちょっと頻繁に外に出てもらいましょう。
では、午後の部で登場していただいた方を作中での登場順でご紹介します。
紹介文はもちろんすべて弥塚泉の主観で綴ったものです。
嫁にしたいランキング第一位、藤崎芽衣さんは大池 音羽さんの『Family』から。
外見は柔らかいけど中身は熱い、葛西拓也さんは綺羅ケンイチさんの『うろな町、六等星のビストロ』から。
ツチノコ大好きラブリー中年、川崎省吾さん、おじさん大好き辛口少女、日出まつりさんはここもとさんの『うろな町でツチノコを探し隊』から。
愛すべき先輩の榊さん、そして我らがヒロイン秋原さんはシュウさんの『うろな町』発展記録から。
それぞれお借りしました。
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