『小中学校のAED設置と動作の確認報告書』
うろな町役場企画課。
彼らの仕事場はうろな町役場の一階、資料室の片隅にある傍らに印刷機の置かれた二つの机だ。そこで企画課の二人はいつも忙しく手を動かしながらくだらない話をしている。その職務内容から普段の活動では同じ町役場の職員たちとすら交流の機会は少ない。しかし……。
「よっしゃあ! 今日は外回りの日やで、香我見クン!」
「元気やな……このクソ暑いのに」
彼らの本来の仕事は町をより良くするための企画や政策を考えることだが、町を良くするための企画などそうそう出るはずもない。むしろそれだけやっていては飽きるほど暇なくらいなのだ。真面目にしていても税金泥棒となじられる昨今なので、彼らは普段各部署からもらってきた雑用をこなしており、彼らの言う外回りの日とは役場の外に出る必要がある雑用をまとめてこなす日なのだ。
「あんな埃くさいとこに男二人でおったらいつか間違いが起こってまうで」
「死んでもないから安心せえよ」
いつもは上着を脱いでいる香我見なので、六月の日差しであっても随分暑く感じられる。そのぶんだけ精神状態はすこぶる悪い。
「あっはっは、せやから良かったって言うてるんやん。香我見クンってあったまかたいなー」
「しばくぞ」
ところで二人が今会話しているのはうろな南小学校の廊下だ。教育政策課からの仕事で小中高にきちんとAEDが設置されているか、またその動作に問題がないかの確認に来ているのだ。子どもとはいえ町民の目に触れるので真面目に仕事をこなさなければいけないのだが、うろな北小学校の作業を無事に終え、早くもいつも通りの二人に戻っている。
「ん、どうしたん?」
ふと佐々木が目をやると、いつの間にか香我見の隣で二人の少女が彼の動きを興味深げに見つめていた。首に下げたペンダント以外は顔かたちからその身につけた服まですべて瓜二つの外見をしており、とても仲の良い双子なのだとわかる。
「おにいちゃんたち、なにしてるの?」
「おにいちゃんたち、なにしてるの?」
彼女たちは佐々木を見上げて異口同音に整った顔立ちを傾けた。
「むっふっふ……何してると思う?」
「佐々木君、今君の社会的な命は風前の灯火やで」
まだ確認作業中の香我見からの警告はAEDの作動音にかき消されて佐々木の耳には届かなかった。
「しらないひとだね。くーちゃん、どうする?」
「わからないからこばやしせんせーにきいてみよう、みーちゃん」
「ちょ、ちょお待って!」
身を翻した双子の一人の肩を佐々木が掴んだその瞬間、間の悪いことに彼女たちがまさに呼びに行こうとしていた張本人が通りがかった。
「あ、こばやしせんせー」
「あ、こばやしせんせー」
「へ……?」
二人の視線に沿って振り向くと、小柄な割にスタイルのいい女性が引きつった顔でこちらを見ていた。
「あ、あははは…………とりあえず職員室に来てもらっていいかな、おにいさん?」
「ふぅ、びっくりした」
「頼むで佐々木君。こんなん秋原さんにバレたらどんな目に遭わされるか」
「想像したら震えが止まらんな……」
「目ぇ輝かせんなアホ。ホンマ、もうややこしいことせんといてや」
先ほどの女性は小林先生といってなかなかさばけた人物だった。佐々木が素直に職員室まで同行し、自己紹介と事情説明をすると大声で笑った後には柔らかい注意だけで許してくれ、二人は無事にうろな南小学校を出ることができたのである。
「ほんで、ここのAEDはっと……」
続いて二人がやってきたのはうろな中学校だ。小林先生の注意を得て、自分たちの身分は門にいた警備員にきちんと証明してある。そうして学校の案内図を眺めながら二人がAEDの設置場所を探していると、後ろから女性にしてはちょっと低めの声がかけられた。
「ちょっと君たち、失礼だが少し時間をいただけないか」
「あ、ここの先生ですか?」
二人の後ろに立っていたのは声から想像されるよりも小柄なジャージ姿の女性だった。パッと見たところでは生徒と間違えそうなくらいちっちゃいが、まるで剣士のようなその鋭い眼光は学生のそれではない。
「いかにも私は国語教師の梅原だが、君たちは何者だ? 部外者なら許可証を首に下げることになっているだろう」
「えっホンマですか? すんません、受け取り忘れましたわ」
香我見は軽く背筋を伸ばして梅原に名刺を差し出した。
「企画課の香我見です。教育政策課の代理でAEDの設置と動作確認に伺いました」
歯切れよい香我見の挨拶の後、場に不自然な沈黙が落ちる。犯人は一人。会話の流れは明らかに佐々木が続いて名乗る番である。
「おい、キミも自己紹介せんかい」 俯きがちに黙り込んでいる佐々木を肘で小突くといきなり梅原の手を両手で包み込み、満面の笑みで叫んだ。
「可愛い!」
「は?」
「まさか先生にこんな可愛い人がおるやなんて! 香我見クン信じられるか? ボクらは今妖精を見とるよ!」
「アホか!」
すぱこん、と頭をはたいた。
「すんません、うちのアホが」
初対面にしてアクセル全開の佐々木を目の当たりにした梅原は手をふりほどくことも忘れて呆気にとられている。これを客観的に見ると、黒髪の男性に手をとられながら茶髪の男性に口説かれる梅原、という図である。偶然通りがかってその光景が脳まで伝わった瞬間、考えるより先に彼の体が動いた。
「くぉらぁあああああ!! どこのどいつだ俺の梅原先生にちょっかい出す馬鹿はぁあああ!?」
「うわ、またややこしそうなんが来たな……」
ここがグラウンドなら砂埃を上げたに違いないほどの勢いで駆け込んでくる男性を見て香我見は直感した。このタイミングで登場するどこかテンションの振り切れた男性。こいつは間違いなく変態に違いないと。
そして同僚の登場で判断能力を取り戻した梅原は顔を真っ赤にして佐々木の手を振りほどいた。
「し、清水! お前、私の頼んだ仕事はどうしたんだ!?」
「そんなことはいいんです! 先生に何かあったらと思うと、俺……俺……っ!!」
「清水……」
「ただでさえ誘拐されそうな容姿なのにっ!」
「おい清水」
かなりドスの利いた声に香我見はちょっと身を引いたが、佐々木はなんとますます調子を上げ、両手を広げて二人の間に割って入った。やはり同じ女性に対する好意というのはシンパシーを感じるらしく、
「いやー、わかってますなお兄さん! この可愛らしい大きさ! 最高ですわ!」
「馬鹿か、それに見合ったスタイルもだ」
「それに思わず頬ずりしたくなるようなきめ細やかな肌も見逃せませんな!」
「俺に言わせればあのにお……ゴホン、雰囲気が梅原先生の魅力を語る上では譲れないところだな」
「おっと? お兄さんともあろうお方が手入れの行き届いた艶やかな髪には言及なさらない?」
「ふっ。分かるな、あんた。俺はここで国語教師をしている清水渉だ」
「お兄さんもやりますな。ボクは町役場で働いてます企画課の佐々木達也いいます。よろしゅう」
誰もついていけない応答を経て、二人の間でガシッと熱い握手が交わされた。
「まさか佐々木クンと渡り合える奴がおるとは」
「渉だけに」
「やかましいわ」
「ほとんど意味が分からなかったがとりあえず清水、お前は後で覚悟しておけ」
「ふっ、喜んで」
優雅に微笑んで見せたその表情は、今までの変態っぷりが嘘のように爽やかだった。
「なんや、壮大な茶番を見せられたような気がする……」
「ところでお二人とも、今日はどうしたんですか?」
「あ、ええっと、今日は教育政策課の代理でAEDの設置と動作の確認に伺ったんです」
すっかり健全な男性教師に戻った清水に、佐々木に慣れている香我見も狼狽気味だ。
「それなら俺が案内しますよ。ちょうど次の時間は授業がないですし」
「ええんですか? 授業の準備とかあるんちゃいます?」
「大丈夫です。授業前になって焦らないようにだいたいは事前に済ませてありますから」
「せやったらお願いしますわ」
「このマゾ変態ド清水!」
話がまとまりかけたところで、腰のあたりまで伸ばした綺麗な黒髪をなびかせた女生徒が清水に怒鳴り込んできた。この場にいる人物は誰も気づかなかったが、もう休み時間に入っていたようだ。
「桜沢、どうしたんだ?」
「あんたまた先生の尻追っかけて、あんたがいないと印刷機使えないっていったい何千回言わせるわけ?」
「あー……」
清水がちらりとこちらを見たので香我見は手を振った。
「こっちは僕らで探しますんで、気にせんとってください」
「すいません」
彼は申し訳なさそうに会釈すると桜沢という女子生徒に引きずられていった。
「さて、じゃあ梅原先生。ボクと保健体育の授業について少しお話でも」
「働けボケ」
おはようございます。弥塚泉です。
今回は交流回。企画課の二人がいつもの資料室から飛び出し、無駄に前後編でお届けします。
初めに言っておきましょう。
いろいろすいませんでした。
では、午前の部で登場していただいた方を作中での登場順でご紹介します。
保護欲の独占市場、仲良し双子ちゃんこと、くるみちゃんとみるくちゃんはパッセロさんの『くるみるく』から。
お色気お茶目な小林先生、凶暴かわいい梅原先生、変態かっこいい清水先生はYLさんの『"うろな町の教育を考える会"業務日誌』から。
反則的ドストライク黒髪ロング美少女、桜沢さんは深夜さんの『うろな中学文芸部』から。
それぞれお借りしました。
修正訂正などのご指摘はお手数ですが、メッセージ、感想、活動報告コメント等々からご連絡ください。
なお、紹介文はすべて弥塚泉の主観で綴ったものです。




