肝試し/七組目
企画課を二回も連続で見舞ったくじ運の悪さもさすがに三度は続かず、七組目は小林夫婦の長女、小林果菜と海の家ARIKAの料理担当の青空海、それに日生双子の片割れの日生涼維という比較的スタンダードな年齢構成となった。
「よっしゃあ、ついにあたしの出番だぜえ!」
意気揚々と懐中電灯を振り回して先陣を切るのは海だ。元来お祭り好きな彼女だからそろそろじっとしていることにもフラストレーションが溜まってきていたところだった。
「でばんだぜー!」
こちらは長すぎる待機時間に船を漕ぎ始めていた果菜だ。妹とは違い、少し揺すって起こしてみると目を覚ましたのでめでたく参加となった。うたた寝で体力もばっちり回復してむしろ元気が有り余っている様子。
「テンション高いなあ……」
そして涼維が突っ走る二人の後ろをぶらぶらとついていく形だ。彼と前方二人には温度差があるが、これは彼のテンションが低いのではなく、彼女たちのテンションが高すぎるのだ。
「はしゃぎすぎて怪我しないでよ、海姉」
「ん? もしかして怖いのか涼維。心配すんなって、海姉が守ってやっから」
「聞いてないし」
夏限定とはいえ、お隣さんの海のことだから忠告など聞かないのは半ば予想していた。
「おっと、どうした果菜ちゃん?」
呆れたような涼維に文句の一つでもぶつけてやろうとした海だったが、手を引っ張られた感覚に対する返事が先だった。
「あ、あれ……」
果菜が震える手で指差した先には下からライトアップされたスーツ姿の不気味な人影が。
「なんだあれ?」
涼維も目を凝らしながらじわじわと距離を詰めていき……、
「先手ひっしょおう!」
「おわあっ!」
風のように涼維の横を走り抜けていった海がすかさず人影に肘打ちをぶちこんだ。するとそれはなすすべもなく吹っ飛んでいくことになった。
「おおおおおおおおい! 何やってんだよ!」
「何って、エルボーだけど?」
「大丈夫かあの人!? 森の中にぶっ飛んでったけど!」
「だーいじょうぶだって。あれ人形だから」
けろりとしてそんなことを言うものだから涼維は一瞬その意味を掴み損ねた。
「に、人形?」
「そっそ。だから果菜ちゃんももう怖くないぞー」
そう言って隣でしわになるほど海の服を握りしめている果菜をぐいっと持ち上げてやる。
「歩ける? おんぶしよっか?」
高い高いの状態でそんなことを聞かれるものだから怖さよりも恥ずかしさの方が勝ったらしい。
「だ、大丈夫だもん!」
頬を膨らませてぷいっと顔を背けてしまった。
「あっは! よーし、じゃあ気を取り直して行くとしますか!」
その後も仕掛けがいくつかあったものの、
「せやあっ!」
「ていやあ!」
「おりゃあ!」
海が出てきた瞬間に薙ぎ倒していくので、果菜はお化けにドキドキ、涼維は脅かし役の人間をノックダウンしてしまわないかドキドキ、ということになっていた。
「もう肝試しじゃねえよこんなん……海姉のアスレチック大会じゃん……」
目的の祠までたどり着いた時には未だ元気な海とは対照的に涼維は精神的に疲労していた。
「えー、楽しいじゃん」
海が祠から札を取って涼維の方を振り返った瞬間、涼維は海の後ろに迫るものを見た。
「海姉! 後ろ!」
「え?」
「げぼらっ!!」
振り向きざまに放った海の裏拳が背後に迫った何者かに炸裂し、なにやらガゴッという鈍い音も聞こえた。
「海姉……」
「よし、行こうぜー」
海は先ほどまでと変わらぬ上機嫌、果菜は怖がって海から離れようとしなかったので事の真相を知ることはなかった。
ただ、涼維だけはその後の道程で音響はともかく、お化け役がまったく出てこなかったことに対して首をひねる海の陰で犠牲となった見知らぬ企画課に対してひっそりと黙祷を捧げていた。




