乙女チックで超スパルタな外人教師 後編
「美保さんって礼儀正しいよねぇー。波原さんと大違いだ」
「丸井君。あんた何が言いたいの?」
「いやー、波原さんは毒舌どうにかならないのかなーって」
丸井君がクルリと私に顔を向け、腹の立つ笑顔で何を言い出すんだと思ったら、そんなことを抜かしやがった。
うっさい、ほっといて、余計なお世話よ。
これで私が礼儀正しくなったら、それはそれでまた笑うでしょ。
そう言うと丸井君は
「あー、確かにそうかも!」
とか言いやがって・・・。
・・・・・・チッ。
「(今こいつ絶対舌打ちしただろ・・・)」
もう丸井君と話す気なくした。
私は小さく舌打ちした後、そのまま丸井君に見向きもせず、自分の定位置に腰を下ろす。
すぐに高山がやってきて、腰に手を当てため息をついた。
「許せよ、悪気はないんだ。ああいう奴だから」
「・・・それはわかってる。悪気があったらどんだけ性格悪いのよ」
「っつーわけであいつの言ったことはあんま気にすんな」
「な?」と高山は私の頭に手を乗せた。
別に嫌ではなかったから、払いのけたりはしない。
「気にしないようにはしてるんだけど、やっぱカチンときてね」
「まあ、気持ちはわからねえこともねえし・・・」
「よくあんな人とやってこれたわね、高山は」
「自分でも思うな・・・」
軽く会話を交わした後、高山は丸井君に呼ばれ、そっちの方へ行ってしまった。
入れ替わるように私の目の前にやってきたのは、加山先生。
加山先生が言うには「波原サンとお話したくテ!」らしい。
そういえば、加山先生とこうやって向かい合ってゆっくり話すというのはあまりないことだなー、と私はそれを承諾した。
加山先生はカウンターに前のめり、ニコニコと笑いながら話題を出してきた。
「ネエネエ、波原サンはマンガとか読むノ?」
「そうですね。ときどき」
「どんなマンガ?」
「少年マンガも読むし、少女マンガも読みます。自分が気に入ったのであれば、ジャンルは問わないです」
「ワタシはネ、少女マンガ大好きヨ!ニッポンの少女マンガ、スゴく面白い!」
でしょうね、先生は少女マンガ好きでしょうね。
そう思った。口には出さなかったけど。
だって先生、とにかく乙女思考だし。
授業の時もそう。
大体先生が作る例文って、『あのサッカーの上手い生徒が私の好きな人です』だとか『私は彼が好きなのだと実感した』だとか『彼には他に好きな女性がいるが、それでも私は彼が好きだ』だとか、どこぞの少女マンガに出てきそうなセリフやらシチュエーションの文章のようだ。
テストの時とかこういう系の文章が出てきたら
「(ああ、これ加山先生が作ったんだ)」
ってすぐわかる。
ついでに言うと、加山先生の趣味はテディベア集めとお裁縫。
これまた乙女な趣味だ。
だから先生が少女マンガ好きというのは、先生の口から聞かなくてもある程度予想できる。
先生はテンションがあがったのか、少し英語混じりになりながら少女マンガの話をし始めた。
「あのネ!今読んでるのが、学園モノで主人公が図書委員の地味なメガネgirlナノ!少し波原サンに似てるワネ!デネ、その子はとってもイイ子で、ワタシとってもloveなんだケド、相手のboyがvery very coolでso good!!」
「へー・・・」
「バスケ部の同級生でクラスは隣ノ子なんだケド、口ガとっても悪いノ。主人公にモ、暴言吐いたりシテ辛く当たッテ、最初は印象悪いノヨねー。But!時々少しだけ優しくなっタリ、何かしらキュンってスルこと言っタリ、そんナ所がとにかくvery good!」
・・・・ついてけない。
加山先生の勢いに、私は所々で相槌を打つのがやっとだった。
いや、そもそも私に聞かせるつもりで話しているんじゃないのかも。
テンションが上がりすぎてもう周りが見えていないのかもしれない。
とにかく先生の勢いが凄いのだけは、私には理解できた。
「ツンデレっていうのカシラ?そういうのッテツンデレなノカシラ?波原サンはどう思う?」
「・・・さあ、私にもよく・・・・・」
しかもそういう系の言葉の意味聞かれても、私疎いからわからないし。
ツンデレねぇ・・・。
よく耳にするけれど、実際どういうのかはよくわからない。
マンガは読むけど、それよりも小説とか自伝とかそういう類の方がよく読むし、ライトノベルはうちの図書室にはあることはあるけど、読んだことはないし。
・・・まあ、別に「ツンデレ」に興味はないから意味を知る必要はないんだけど。
「そーだ!波原サン、話は変わルンだけどネ」
「はい」
「ワタシの旦那サン、もうすぐお誕生日なノ」
「あ、そうなんですか?おめでとうございます」
「ふふ、アリガトー!」
話題が思い切り変わったことにはつっこまない。
加山先生の旦那さんは年上の日本人・・・という所までは知っている。
「デネデネー、ネクタイをあげようと思うンだケド、柄でちょっと悩んでイテー・・・」
「柄、ですか・・・」
加山先生は頷き、どこからか雑誌の切り抜きを取り出して、私に見せた。
そこには奇抜な柄のネクタイの写真が6枚くらい並んでいて・・・。
思わずセンスない、と言い掛けた口を押さえる。
「この中カラ選びたいンだケド、波原サンの意見を聞かセテくれる?」
「・・・・・この中から?これ以外は・・・、その、ないんですか?」
「Yes!この6枚が厳選されタ柄なノ!」
「・・・・」
加山先生は、どうやら美的感覚が人より少しおかしいみたいだ。
私にはこのネクタイの良さがいまいちわからなかった。
柄もなんだけど、まず色合いからちょっと微妙だし・・・。
「(薄い紫と黄緑の組み合わせってどうなの・・・)」
柄は水玉。これは百歩譲って良しとして、色合いが微妙すぎた。
黄緑の水玉は薄い紫の生地のせいでチカチカしていて、ずっと見ていたら頭が変になりそうだ。
私は真っ先にこの柄を除外した。
他も奇抜なのが多すぎて、どれを選んだら先生の旦那さんは喜ぶのか正直難しかったけど、私は自分の思う一番マシな柄と色合いのネクタイを選んだ。
・・・・いや、柄はラーメンの絵がネクタイいっぱいに描かれていてマシとは言いにくかったけど、色合いが一番マシだったから。
それに、柄はまあバラエティー感があってネタとしていいんじゃない?
私はラーメン柄のネクタイを指さした。
「これがいいんじゃないかと・・・」
すると先生は嬉しそうに顔を輝かせた。
「アッ!やっぱり?実はワタシもコレかコノ水玉のやつカデ迷っテたノー。波原サンがそう言うナラ、コレにしちゃおッカナー?」
「え・・・」
先生の言葉に、私は先生の美的感覚を本気で疑った。
いや、先生ごめんなさい。
あの中からラーメンにしようかと思ってたのはまあいい。
でも一番マシなラーメンと一番センスのない水玉で悩んでたっていうのは、どうも納得がいかないんですけど・・・。
この2枚って悩むほどレベル一緒?
センスないの、先生じゃなくてもしかして私の方?
他の人から見たら、あのラーメンのネクタイは水玉のネクタイとくらい奇抜なのだろうか・・・。
いや、全部同じくらい奇抜ではあるんだけどね。
「お?加山先生それ何ですかー?」
すると、加山先生の持っていた切り抜きに興味を持ち、三島先生がそう尋ねながらこちらへとやってきた。
加山先生はニッコリと笑って、切り抜きを見せながら同じ質問をする。
「ワタシの旦那サンのお誕生日プレゼントデス!三島センセーはドレがいいと思いマスか?」
三島先生は「どれどれー・・・」と切り抜きのネクタイを眺めていく。
顔色一つ変えずに、6枚のネクタイを見ていって・・・。
あれ、やっぱあの柄はおかしくないの?
一通り眺め終わったのか、三島先生は顔を上げた。
「・・・加山先生、この中から選べばいいんですか?」
ひどく困惑した表情をしていた。
「Yes!」
素敵な笑顔で頷く加山先生。
私は内心ほっとする。
うん、きっと三島先生も柄の奇抜さに困っていると思う。
あの表情から間違いないわ。
やっぱり美的感覚がおかしいのは加山先生だというのが今わかった。
三島先生は困りながらも、1枚のネクタイに指をさす。
「えー・・・、俺はー、このラーメンが一番マ・・・いや良いと思いますけど・・・」
三島先生もラーメンの柄を選んだ。
「アラ!やっぱりソレなンですネ!波原サンもそれがイイって言ってクレたから、ワタシそれに決めマス!」
加山先生はそれに対して嬉しそうにそう言った。
三島先生はそんな加山先生に「あ、あははは・・・」と苦笑い。
ほんと、一体どこを探せばあんな柄のネクタイが何枚も見つかるのかしらね・・・。
「あっ!もうコンナ時間だワ!会議があるンだった、ワタシ先に失礼するワネ!」
いつまでもマイペースな外人さんだと思う。
加山先生は満足そうに笑いながら私たちに礼を言い、「See you!」と片手をあげてさっさと図書室から出ていった。
終始先生のペースにつき合わされた私は、一気にどっと疲れが出てきて、図書室のドアが閉まったと同時に近くにあったイスにドカッと腰を下ろした。
今図書室は、嵐が去ったかのようにしんとしている。
小声で高山と何かを話している丸井君の声だけが、少しだけ聞こえてくるくらいだ。
変な空気になっているのに、高山も丸井君も何も気にすることなく話を続けているのは、きっとこれが日常茶飯事だからだろう。
「・・・波原、何やねんあのネクタイ」
「知りませんよ・・・。あー、目が痛い・・・」
「俺も、なんか目ぇチカチカするわ・・・。あの色合いはキツいで・・・」
「あ、もしかして水玉のやつですか?」
「それそれ!あれどこの店で売ってるんやろな。加山先生もよお見つけたわ・・・」
三島先生はそう言って、目と目の間をぎゅっと押さえた。
加山先生は、図書室の訪問者の中で多分最強・・・だと思う。
図書室から見える空はまだ青が広がっていた。
下校時刻まではまだまだ長いけど、今日は早く帰りたい気分だ。