子供っぽくて童顔でイケメンな関西弁教師
「よー、どないしたん?えらい楽しそうやん」
明日のお昼の話が終わろうとしたとき、ドアが開くと同時に気の抜けるような関西弁が聞こえてきた。
地理の三島先生が、興味津々な表情でこちらへとやってくる。
顔立ちはイケメン俳優だと騒がれている人たちと比べても劣らないくらい整っていて、関西出身であるこの先生も図書室の常連。
女子からは圧倒的な人気を誇っているのも見た目と性格を見て頷ける。
先生は私たちの傍へと来ると、再び質問した。
「なあなあ、何の話?俺にも聞かしてーや」
子供っぽい笑みを浮かべる現在28歳の三島先生。
ただ私はこの年齢はきっと数え間違えなんだと信じている。
だってもうすぐ30のすっかり大人な男の筈なのに、どうしてジャージ着ててもまだ高校生に間違えられてもおかしくないくらい違和感が行方不明なの?
意味わかんないわ。いや、まあ童顔ってのもあるんだろうけどさ。
私は心の中でそうつっこむのに忙しかったので、先生の質問には筒本さんが答えた。
「明日、波原さんと高山君とでお昼食べるんです。さっきその約束をしていて・・・」
「あー、だからか!確かに大勢で食べた方がうまいもんなぁー」
三島先生は頷きながらしみじみとそう言った。
三島先生はこの性格だし、なんせイケメンときたもんだから友達は多かったんだろうなーと私は勝手に予想する。
いや、友達よりも追っかけとかファンとかの方がいっぱいいたのかも。
私たちとの会話を終え、先生はいつも自分が座っているイスに腰を下ろした。
先生は図書室に来ると、決まってその席に座る。
先生だけじゃない。
丸井君にも波原さんにも自分の席はあるし、まだ来ていない図書室の訪問者にも1人ずつ決まった席がある。
私はもちろん受付のイス。
もし丸井君とかが座ってたら容赦なく張っ倒すつもり。
高山もあるのはあるんだけど、そこは「席」ではなくて「場所」というのか?
高山は決まって、受付のカウンターにもたれている。
しかも私と会話しやすい位置に。
「・・・・(本人は無意識なんだろうけど・・・)」
受付に肘をついて、私は横目で高山を見た。
高山はいつもの場所にもたれて丸井君と会話していて、私の視線には気付いていない。
・・・と、私自身も何処からかいろんな意味であつーい視線を注がれていることに気付いた。
大体誰の視線なのか予想しつつも、視線のする方を見てみると、やっぱり視線の主は筒本さんだった。
・・・・筒本さん、超顔キラキラしてる。
そして筒本さんの視線プラス三島先生からも見られていたということに、私は気付いた。
三島先生はニヤニヤしながら私を見つめている。
・・・なんだろう。
先生にこんなこと言っちゃ悪いとは思うけど、すっごくイライラするわ・・・。そりゃもう丸井君並に。
「・・・・何、2人揃って」
「いいえ、何でもないわ。気にしないで」
「ええなぁー・・・、青春て・・・」
「いや・・・、先生。いろいろと勘違いしてます」
先生が意味ありげにニヤついていたもんだから、私には先生の思っていることが手に取るようにわかった。
どうせ私が高山のこと好きとか思ったんでしょ?
だからすぐ否定したんだけど・・・。
「波原、ええねん。わかっとる、俺はよーわかっとるで!」
「(いやちっともわかってないじゃん。全然よくないっての。この童顔子供教師)」
さらに先生は勘違いして、私はそれにまたイラッとした。
心の中で悪態をついてしまったけど、まあ仕方ない。
まあ最後の童顔子供教師は関係ないかもだけど・・・。
そこはごめん、先生。
この後も意味ありげに何か言ったりニヤついたりして、その度に否定はしたけど、正直そろそろ疲れてきた。
「わかっとるわかっとる」と言いながら大袈裟に頷いたりもしていて、腹が立つというより次第に呆れてくる。
・・・もういいや。
いちいち否定しても先生には無駄だということが今わかった。
「(話題変えよ・・・)そういや先生。青春がいいなって言ってたけど、青春できなかったの?彼女くらいいたんじゃないですか?」
なんとなくしてみたこの質問。
大したことを聞いたつもりではなかったのに、さっきまでウザいほどニヤついていた先生の顔がみるみる曇っていった。
・・・え?マズいこと聞いちゃった?
戸惑って筒本さんを見ると、筒本さんも困惑した表情でオロオロと先生を見ていた。
「せ、先生?」と声を掛けていたけど、当の本人は反応なし。
筒本さんは私と目が合うと、困ったように首を傾げて、また先生に視線を戻した。
今度は私が先生の傍まで行き、声を掛けてみる。
「おーい、先生ー」
俯いている先生の肩を軽く叩いてみると、簡単に先生は顔を上げた。
ただ顔を暗かった。
いつもヘラヘラしてお気楽な先生からは想像つかないようなドンヨリとした顔。
ただイケメンなのは変わってない。
先生はようやく口を開いた。
「いや、青春はしとったで。してなかったって意味でそう言うたとちゃうし。ただ・・・、悪いけど、彼女はおらんかったわー・・・・」
力なくそう言って、また口をつぐむ。
・・・・・はい?それだけ?
「・・・・何?彼女いなかったからそんなに落ち込んでんですか?」
いやー、ね?
ないとは思うけど、思ってはいるんだけど、一応聞いてみた。
そりゃまあ高校時代彼女いなかったら多少はショックなんだとは思うけど、あそこまでは落ち込まないでしょ。
だって昔のことだし。
もし本当だったらちょっと引く・・・。
先生は慌てたように首をブンブン横に振った。
それを見てちょっと安心。
「ちゃう!それはちゃう!誤解や!!」
「そうやなくて!」と先生は言葉を続けた。
「俺が高校ん時の話やねんけど・・・・」
おーっと、何も前触れもなしに先生の昔話に突入したよー。
いやまあ別に聞かない理由はないし一応聞くけど・・・。
先生は苦笑しながら昔を語り始めた。
どうやら高校は告白は何回かされたものの、彼女を作る気はなかったからずっと断り続けていたみたい。
恋愛にも対して興味はなく、男友達とつるむ方が楽しかったとか。
でも一度だけ、友達にも薦められてつきあおうかなと思った子もいたらしい。
けど、最終的に自分がいうほど乗り気じゃなかったから、結局止めたと先生は話してくれた。。
「・・・・で?」
「で、ここまでが前置きや」
「前置き随分長いですね」
ここまで何故だが先生の学生時代の話を10分ほど聞かされた。
うん、筒本さんの言うとおり前置きにしては随分長かった。
まあ結構聞いてて楽しかったけど、それでその話と先生のテンションが下がった理由とどういう関係があるのか考えると、前置きいらないよね。
先生は「あー、すまんなぁ。ちょっと話したかってん」とはははーと笑って、ようやく本題に入った。
「で、まあ高校生活あーだこーだあって、なんとか卒業できてん。で、その卒業式のときに・・・。
『三島ぁー、お前大学関西圏ちゃうんやてなー。あっちで1人かいな』
『さびしなったら帰ってこいよー』
『うっさい!誰がさびしなるか!!』
『あれー?みっしー泣いてんのとちゃうん?目ぇ潤んでるやん!』
『泣いてへんし!言いがかりつけんなやドアホ!』
「普通の卒業式の風景じゃないですか?」
「まあ聞いといて、こっからやねん。そのとき、俺は1人の女子に中庭に来るよう呼び出されたんや」
「え、それって・・・」
「告白・・・。卒業式に、告白・・・!」
「(筒本、一気にテンション上がったなぁ・・・)まあさすがに俺もそこまで鈍ないからなぁ。薄々そうやと思ってた。だから若干緊張しながら、中庭に行ってんけど・・・」
『(んー、やっぱ告白、やんなー・・・)』
『・・・あ、三島くん。来てくれたんや』
『あ、ああ・・・、まあ・・・。で、なんか用?』
『うん、ちょっと言いたいことあんねんけどさー・・・』
『・・・い、言いたいこと?』
『・・・・・みんな!集合!!』
『は?・・・・集合?』
「俺を呼び出した同学年の子がそう叫んだら、校舎の中とか茂みの中から、女子が30人くらい一斉にどっと押し寄せてきてな、・・・・俺を囲んでん」
「へー・・・・、えっ!?」
「こっわ・・・」
「やろ!?俺もめっちゃ怖かってん!1回、『これ、悪夢や』て思たくらいやし!」
「ねえ、先生。この流れだと、もしかして・・・」
「せや、多分波原の思てる通りや。このあとな・・・」
『三島くん、聞いてください!・・・みんな行くで!せーのっ!!』
『『ずっと好きでした!!うちを彼女にして下さい!!!』』
「そう言って全員が全員頭下げて手ぇ出してきよった・・・」
「うわー・・・。それは、さすがにちょっと・・・」
「戸惑いますよね・・・。そもそも告白なんて集団になってするものでもないし、集団でするとしても『彼女にして下さい』って言うのは、私はどうかと・・・」
「『ずっと好きでした。一生忘れません』くらいならよかったのにね」
「あら、それ良いわね」
「で、まあそのあとごめん言うて全員振ってんけど、『せめて記念に』って、なんか1人ずつ握手して写真一緒に撮らされたわ」
「わー、引くわー」
「しかもそれっきり自分と同年代くらいの女の人が苦手でなぁ・・・。この話も、実は結構トラウマやねん」
先生が語り終わり、私と筒本さんは何も言わずとも疲れきった表情で互いの顔を見合った。
なんだろ、そんなに濃厚な話・・・だったっけ?
聞いてただけなのにすっごく疲れた・・・。
「じゃあ、そのこともあって余計彼女を作りにくくなった?」
「そうなるなぁー。まあ未だ興味ないっちゅーのもあんねんけど」
あはははと28歳とは思えないくらいの無邪気な笑顔を見せる先生。
ていうか、私はてっきり先生は女の扱いには慣れてると思ってたわ。
だって先生、女生徒に対しては、一線引いてるけど友達感覚で上手に接してるし。
でもそうでもないみたいね。真反対だった。
「あ、てか俺自分のことめっちゃ話してもうやん!」
「先生今更すぎ。軽く30分は話してましたけど」
「うわー堪忍なー。おもろかったか?つまらんくなかったか?」
「いえ、普通に面白かったですよ。先生、話すのお上手ですね」
「ほんまか!俺この話すんの自分らが初めてやわ。やっぱ俺、図書室のメンツ好きや!」
そう言って先生はまた無邪気に笑った。
いやだから・・・、それアラサーのする笑顔じゃないって・・・。
先生のは、同じ笑顔でも丸井君とは全くタイプが違うと思う。
色で言うと、丸井君はブラックな感じ。裏がありそうな怖い笑顔。
逆に先生はホワイト。純真無垢で癒される笑顔。
ただどうにこうにもそんな笑顔を見せてるのが大の大人だから、私はちょっと複雑な気分になる。
「(そーいえば・・・)」
ふと、私は再度高山に目を移した。
そういえば、高山が笑った顔、見たことない、なんて思いながら。
図書室ではムスーっとしてるか呆れてるか疲れきってるか。
教室では常にムスー。図書室の時より怖い顔でムスー。
1年の頃からなんだかんだでつるんできたんだから、そろそろ笑った顔見せてくれてもいいんじゃないの?
高山の横顔を眺めながら、私はそう密かに思った。
ちなみにこの時、筒本さんと三島先生がまたキラキラニヤニヤしながら私を見ていたらしいんだけど、私は全く気付かなかった。