恋バナ・噂大好き、真面目委員長な彼女
本の整理が終わり、いつもの受付のイスに座って高山と話していると、再び図書室のドアが開いた。
「波原さん、加山先生まだ来てない?」
そんな声と同時に、窓からの光の反射で、彼女の眼鏡がキラッと光る。
入ってきたのは私のクラスの学級委員長である筒本さん。
筒本さんの問いに、私は首を振った。
「来てない。もうすぐ来るとは思うけど」
「そう。じゃあ、折角だしここで待つわ」
筒本さんはそう言ってさらに図書室の中に入ってきた。
筒本さんも放課後の図書室の常連。
毎日来るわけではないけど、それでも頻繁にやってくる。
性格は訪問者の中では一番まともだ。
丸井君が、イスに座って本を読んだまま振り返った。
「あ、美保さんだー」
「こんにちは良治君」
筒本さんは丸井君の向かいの席に座った。
私はよく知らないし興味もないけど、筒本さんと丸井君は仲が良い。
互いを名前で呼び合うほどだ。
ただなぜ丸井君が美保『さん』と呼んでるのかは知らない。
知りたいとは思わないし。
筒本さんは、受付のカウンターに寄りかかってついさっきまで私と話していた高山に顔を向けた。
「ねえ高山君、あなたの噂、また面白いことになってるわよ」
「はあ?またかよ・・・」
高山は筒本さんから顔を逸らしため息をついた。
まあ覚えのない噂から「バイオレンス高山」なんて言われてる時点で、なんかもう高山は不憫だと思う。
「へー、どんなの?」
丸井君は目を輝かせ、机に身を取り出して向かいに座っている筒本さんにそう尋ねた。
筒本さんは生真面目で、自分に凄く厳しい人。
しかし好きなものは、意外にも噂と恋バナ。
様々な人の噂や、クラスの相関図にやたらと詳しい。
一体そんな情報をどこで仕入れてくるんだろう・・・。
「目についた家の窓ガラスを割りまくってるとか」
「ねーよ!」
「すーくん絶対しないよねー」
「気に食わない奴は図書室で半殺しとか」
「しねーよ!」
「図書室!はははは!!」
「うわ、超迷惑・・・」
「良治君とデキてるとか」
「ますますねーよ!!」
「え、僕も入ってんの?」
「やだ気持ち悪い」
それから筒本さんの口から高山に関する様々な噂を聞かされた。
彼女はキャバ嬢だの家はヤクザだの麻薬を密売してるだの、現実的に考えてあり得ない噂ばかり。
最初は反抗していた高山だったけど、最後の方は疲れたのか「おー」「すげえな」「ないない」みたいな適当な相づちしかしなくなった。
「すーくん、どうやったらこんなによくない噂流れるの?」
「知らねえよ・・・。俺が聞きたいくらいだっつーの・・・」
「高山は気にすることないんじゃない?ほっとけばいいと思う」
「・・・だな」
「あっ、あとね」
がくっとうなだれた高山の背中を、私は励ますようにポンポンと叩いた。
すると、それを見て何かを思い出したように筒本さんが声をあげる。
私たちの視線が、再び筒本さんに向けられた。
高山が面倒さそうに言う。
「なんだ・・・、今度はどんな噂だ?」
「波原さんとつき合ってるんじゃないかって噂もあるわ」
「は?」
「・・・・良治の次は波原か」
筒本さんの言葉を、私は一瞬理解できなくて、思わず聞き返した。
高山はため息をついて呆れた表情になっている。
筒本さんは少し食いついて尋ねた。
「実際の所はどうなの?」
眼鏡越しに見える目が、興味津々と言わんばかりに輝いている。
ほんと、こういう話好きだなこの人・・・。
私の代わりに高山が首をブンブンと横に振った。
「んなわけねーだろ!!話す奴が波原以外いねえんだよ!」
「うん、私も話す人高山しかいないから。あとは筒本さん?でも教室では話したことないね」
「あら、確かにそうね。ここではこんなに話すのに」
「俺もねーわ」
「高山君は教室では怖い顔しすぎてるわ」
「あ?そうか?あんま意識してねーんだけどな」
「うん、そうかも。高山、教室ではずっとムスーってしてる」
「マジか・・・」
「そういうのもあるから、良くない噂が流れるんでしょうね」
「ねえねえ、話聞いてるとさぁー」
クラスの話で少し盛り上がっていると、話に水を差すように丸井君が割り込んできた。
少しだけイラッとして、それでも無表情のまま丸井君を見ると、どうやらイライラは隠せていなかったみたい。
「わ、波原さん顔怖ー」
と、また私の嫌いな笑顔でそう言われた。
チッ、やっぱり丸井君は苦手だ・・・。
「で、どうしたの良治君?」
「なんかさー、話聞いてると、三人とも友達いない感じ?」
・・・・・・・・・・・・。
「何?悪い?いたならこんなに性格ひん曲がってないっつーの」
「うわ、いきなり口悪くなったねー。波原さん」
「余計なお世話だ。てめえは口出しすんな」
「相変わらず冷たいなー、すーくんは」
「・・・・みんな私を怖がって、話しかけてくれないの」
「なんかごめんね、美保さん」
ただ丸井君の良いところを一つ挙げろと言われれば、簡単に怒ったり拗ねたりしない所、ね。
自分でも言い過ぎた?って思うこともあるんだけど、丸井君気にしてないみたいだから。
多分丸井君の良い所は、筒本さんが一番わかっていそうな気がする。
高山は、逆に悪いところとかもいっぱい知っていそう。
小さい頃から丸井君に振り回されていそうだし。
「ねえ筒本さん。明日から話しかけていい?」
「ええ。大歓迎よ。あ、高山君も遠慮せずに話しかけてね」
「ああ、わかった。あとさ、筒本も昼飯一緒に食わねえか?今俺と波原で食ってんだけどさ、誰も来ねえいい場所があんだよ」
「あら、いいの?」
「もちろん。筒本さんなら大歓迎」
「それならお言葉に甘えさせてもらうわね」
筒本さんが嬉しそうに笑った。
普段は表情の乏しい子だけれど、ふと見せる女の子らしい表情は、とても可愛らしいと私は思う。
「高山にしてはいい案かもね」
「んだよ、偉そうに・・・」
「ふふ、明日が楽しみだわ」
そんな私たちの様子を、丸井君が嬉しそうに見ていたことに私も高山も筒本さんも気付いてはいなかった。