表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

平和なホームルーム

「ふう、何とか間に合ったわね」


「それにしてもあの倒し方は流石に引くよ……」


「勝てばいいのよ、勝てば」


 変身を解き、スーツ姿に戻ったナナセはそんな言葉を平然と吐いた。


 子どもを戦場に立たせるくらいなら、自分が戦う。


 それは彼女が戦闘と言うものに抱くイメージを端的に表す言葉でもある。


「それにしても、アレは流石に子どもの夢をぶち壊しだよ」


「銃後の美少年達の命と貞操が守れればそれで十分」


「いや、彼らはそんなものを欲しちゃいないから」


「そんなの分からないわよ。 それより、外に出るからテレパシーに切り替えて」


 言うが早いか、職員用トイレを後にしたナナセは靴を鳴らして足早に廊下を歩く。


 モモンガモドキは彼女の頭に飛び乗ると、魔法で姿を消した。


 言葉を交わす事も無く一定のリズムで歩き、やがて一つの教室の前で立ち止まった。


 5年3組。 児童数は男子16名、女子15名の大した特徴のない至って平凡なクラス。


 それが彼女が担任を務めるクラスである。


「みんな、おはよう。 さっさとホームルーム始めるわよ!」


 相手は子どもだが、愛想や可愛げをあまり感じさせない作り笑いを浮かべるナナセ。


 自分を可愛く見せようとか、相手に不快感を与えない為の言った笑顔ではない。


 ただ、彼女の顔が最も映える形がたまたま笑顔と形容される、そんな表情だ。


 それゆえか、笑っているのにどこか澄まし顔のように見えなくもない。


 今まで騒いでいた児童達は、そんな笑顔を見るや否や自分の席に着席した。


「起立! 礼! 着席!」


 クラス委員長の号令に従って一連の動作をこなし、ナナセの言葉を待つ。


 模範的ではあるがいささか年相応さに欠ける態度。


 それは、ナナセに対する率直な敬意の表れとでも言うべきもの。


 相手が子どもでも、職場が小学校でもパリッとしたスーツを着こなす才女。


 彼女が自分達に一定の敬意を払っている事を子ども心に理解しているのだ。


 その事実とフォーマルな衣装の持つ適度な堅さが少年少女に不思議な緊張感を与える。


 子どもと大人という前提の無い彼女の姿勢に彼らなりに応じようとしているのだ。


 ……実際は小学生に劣情を抱くが故に、彼らの目線を気にした結果に過ぎないのだが。


 しかし、彼らがそんな事実を知る由もない。


「まずは朝の10分読書。如月さん、工藤くん、河野さんには感想を述べてもらいます」


 表面上は平然としているが内心ギンギンのナナセの言葉を受けて児童達が本を取り出す。


 読む本の選択肢は学校側から指定されているため、大体は無難な児童書を読んでいる。


 中には『罪と罰』とか昔のライトノベルを手にしている児童もいるが。


 ちなみに前述の傑作に浸っているのは河野さん。


 その様子を見たナナセはどんな感想が飛んで来るのかと少し冷や汗ものである。


 彼女が児童達の手にした本を眺めている間にも時間は過ぎて行く。


 そうして、特に何事も無く静かな10分間が過ぎ去った。


「じゃあ、本を閉じて3分間で感想を纏めて」


 彼女の一声で本を閉じて、思い思いの方法で考えをまとめ始める児童達。


 ある女子生徒は限られた時間ながらも簡潔な文章に纏め上げようと悪戦苦闘。


 その隣の男子生徒は読書の最中に取ったメモに目を通し、沈思黙考している。


 彼女は文章を要約する能力が向上し、彼はメモをとる習慣が身につくだろう。


 今日感想を述べる3人へと視線を向ける。


 如月さんは要点だけを書き出して後は頭の中で整理しているらしい。


 工藤くんは予め感想を用意していたらしく、余裕綽々で天井を見上げている。


 河野さんはぼんやりと窓の外を眺めていた。


『本の感想って課題一つ取っても皆対応が違うもんだね』


『面白いでしょう? 色々分析して、自分なりに効率の良い対策を練ってるのよ』


 性欲だけで教師をやっている訳じゃないんだな、と感心するモモンガモドキ。


 関心の方向性がおかしいのはさて置き、ナナセは確かに教師としても優秀だった。


 たった10分間の読書。 それだけの課題を通じて、彼女は児童の能力を引き出す。


 たとえば予習の習慣。


 とっさにメモを取るクセ。


 或いは要約や、それを通り越して速筆という形で。


 時にはナナセにも想像のつかない進歩を見せる児童だっているかも知れない。


 確かな事は、彼女はそのどれをも否定しないということだ。


 ただし、いい加減な態度で臨む事だけは許さないが。


「では、河野さんから行ってみましょうか?」


「はい」


 短く返事をした一人の女子児童が静かに立ち上がった。


 おかっぱと言うほどには野暮ったいものではないがそれに近い髪型の黒髪。


 白いブラウスに、膝丈よりも長い漆黒のスカート。


 トドメとばかりに黒縁の眼鏡が無愛想な表情を仮面のように覆い隠していた。


 帯びた雰囲気も年齢不相応に落ち着いていて、不気味ささえも漂わせる。


 立ち上がった河野さんはそんな児童だった。


「感想をどうぞ」


「私にはまだ5年ほど早いと思いました」


「……まあ、そうでしょうね」


 ある意味で想定通りの答えに呆れつつも安心し、河野さんに着席を促すナナセ。


 こんな感想でも、うっかりラスコーリニコフに同調されるよりはマシだろう。


 勿論、仮に同調したとしても彼女はそれを頭ごなしに否定はしないが。


 ――もっとも、それを実践しない限りは、だが。


「さっすが江子(こうこ)ちゃん。 フリーダムだね!」


「何がさすがなのか分からない」


 河野さんは隣の席の賑やかな児童――水鏡 美波――の言葉を淡々と受け流した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ