魔法少女の好きなもの
魔法少女(32歳)の朝は早い。
具体的には5時45分、けたたましい目覚ましのベルで始まる。
ついでにマスコットの朝はもっと早い。
具体的には5時きっかりに誰に言われるでもなく目を覚ます。
もっとも、これは彼らの母世界のサイクルの兼ね合いによるものだが。
「おはよう、ナナセ。 お風呂も朝ご飯もばっちりだよ」
「おはよー、相変わらず召使い力高いわね」
「おかげさまで。 いい加減、彼氏の一人でも作って欲しいんだけどね」
呆れ果てながらそんな皮肉を口にするモモンガモドキ。
彼の視線など気にも留めず、ナナセは無造作に寝巻を脱いで裸になった。
「まったく、羞恥心のかけらも無いね」
「畜生の視線に恥じらう方がよっぽど変態じみてるわよ」
「……はあ、ごもっとも」
「それに私の裸を見て平然としているアンタも大概だと思うわ」
と、ナナセは肩を竦めてみせた。
「当たり前だろう、32歳なんて老人じゃないか?」
とは言うものの、ナナセは適当なアンチエイジングのわりに若々しい女性である。
肌のつや、大きいと言うことはないがバランスの取れたスタイル。
少し中性的な顔立ちはどんな髪型にしても彼女の魅力の一側面を引き立ててくれる。
今現在の寝癖でぼさぼさのセミロングの髪でさえもある種の色気を醸し出す。
間違いなく美人と呼ばれる部類で、彼女が独身と知って喜ぶ男は決して少なくない。
街を歩いてナンパされるようなタイプではない。
が、バーのカウンターで物憂げな顔をしていれば誰かが声をかけるであろう。
そういう雰囲気を帯びた女性である。
「……その思想、アンタらの世界では一般的なのかしら?」
「僕らの世界の結婚適齢期は15歳だよ。 ま、僕の好みは10歳前後だけど」
「つまり、一般的な魔法少女の年齢の女の子に欲情する訳か」
この発言には流石のナナセもドン引き。
マスコットと言えば時には魔法少女と一緒にお風呂にも入る存在。
それが彼女たちの柔肌に劣情を催すなど、とてもじゃないが絵に出来ない。
それでもせめて年齢が魔法少女らと同じくらいなら可愛げもあろう。
しかし、彼の場合は色を知っていても何らおかしくはない年齢である。
そんな精神の持ち主が、事もあろうか魔法少女に欲情するとは……。
そりゃ30代を魔法少女にするように指示される訳だ。
「もっとも、その点についてナナセにとやかく言われる筋合いはないけどね」
「……まあ、結局はアンタらの勝手だものね」
「いや、そうじゃないよ、ナナセ先生」
“先生”をこれでもかとばかりに強調。
32歳。 その実年齢で独身であれば手に職があっても何らおかしな事はない。
何かしらの夢や理想を追いかけたその結果なのか。
或いはただ糧を得るための手段と割り切ってのものか。
人によっては公務員の安定感に惹かれた、と言うケースもあるだろうか。
――が、生憎とナナセの場合はそのいずれにも該当しなかった。
「僕が言いたいのはね、君が彼氏を作ろうとしない理由についてなんだよ」
「作ろうとしない訳じゃないわよ。 好みの男が現れないだけ」
「君の望みが無謀すぎるからだよ。 若くないんだから妥協しなよ?」
「っは、ここまで粘ったのに今更妥協なんて」
威勢よく鼻息を吐く彼女の様子を見てモモンガモドキはため息を一つ。
「いい加減現実を見なよ。 毛の生えてない合法ショタなんて都市伝説なんだから」
「いいや! きっと居るわよ! 収入も才能も性格も望まないんだもの!」
そう、彼女が先生と呼ばれる由縁は教師をしているからである。
会話の流れを見れば分かる人には分かる通り、小学校で教鞭を取っている。
彼女がその職を選んだ理由は「小学生とか好きだから」の一語に尽きる。
「居ないよ! 毛なんてどうでも良いだろ? 最悪剃ってもらえば良いじゃないか!」
「嫌よ、剃り残しとか想像するだけで虫唾が走る! あんな汚物、触りたくもない!
良い!? 私はあの毛むくじゃらの肌色ナマコが大っ嫌いなの! 見たくも無いの!
正直言って怖くて仕方がないの! あれを咥えられる人の神経が理解出来ないの!」
「いや、咥える人の気持ちが理解出来ないのはまあ、理解出来るけどさ」
もっとも、衛生面で言えば皮を被っているのもそれはそれで不潔になりがちなのだが。
何はともあれ、これが彼女が小学校に勤める最大の理由だった。
「小学生の男の子は良いわよね! 小さいし、滑らかだし、素直だし、アホだし……」
その他、賛辞と言うより罵詈雑言に近い言葉を目を輝かせて並べまくる。
傍から見ればこの光景こそ惨事も良いところであろう。
女性の好みは10歳前後の本体は成人男性のマスコット、モモンガモドキ(本名不詳)。
そして、小学生しか愛せない32歳の魔法少女、ナナセ。
これが巷を賑わす魔法少女の正体だなどと、果たして誰が想像出来ようか。