異形の紳士は何処かに去る
「他人を巻き込まないように、とは……最期の最期まで紳士だったね」
「油断しない。 最期かどうかはこれから確認することよ」
例の如く、瞬間移動で焼け焦げたスポポ17の前に姿を現すナナセ。
言葉の通り、手にはしっかりと杖が握られており、油断も隙も無さそうだ。
眼前の真っ黒なそれの腕のリーチの外側で、じっと得物を構えて様子を伺っている。
半歩、また半歩とにじり寄りながら、慎重に杖を伸ばす。
『もう魔力は10ブロックも無いはずだから、最悪、逃げる事だけを考えれば良いよ』
『言われなくてもそのつもりよ』
聞かれて都合の悪い内容は念話で済ませる。
当たり前と言えば当たり前のことだが、それを徹底する所が彼女の強さであろう。
きっちりと不都合な可能性を想定し、その上でのリスク管理。
子どもを魔法少女にしていてはなかなかそう上手くは行かないものだ。
『ついでに言っておくと残りは12ブロックよ。 とりあえず、もう一発は撃てる筈』
ブロック。 ナナセのみが用いる独自の魔力の運用方法。
通常、魔法を使うものは体内の魔力を必要量だけ即席で生成して運用する。
しかし、ナナセには生粋の才がある訳ではないから、必要量なんて器用な真似は不可能。
そこで、変身によって得られた魔力を百分割し、あらかじめ使い易い状態にしておく。
これによって彼女はゲーム画面のMPを確認するように正確に魔力を管理出来る。
加えて、魔法の効果が安定する為、対象の反応から相手の強さを測るのにも便利。
更に余計な計算や調整が不要な為、魔法の発動速度を大幅に引き上げることにも成功。
地味な事だが、こう言った工夫もまた間違いなく彼女の強さの一因であろう。
「……ふぅ」
軽く息を吐き出し、改めて意識を集中させる。
そのささやかな動作の、喩えるならば呼吸とまばたきを同時に行った瞬間。
もはや死体も同然のスポポ17の右腕が動いた。
所詮はわずかな間隙。 ナナセも即座に反応して瞬間移動で逃げる。
遠くへは逃げなかったものの、攻撃の始動を見切って逃げられる程度の距離に着地。
が、それでも無傷でかわしきることはかなわず、彼女の頬に赤い筋が伝った。
死んだふりをしていた異形はどこか機械的にも見える仕草で血の付いた指を咥える。
――そして、
『○気凛々! ○気100倍!』
と、どこかで聞いたようなフレーズと共に勢い良く起き上がった。
アレを食らって生きていた事に、こうも簡単に回復した事に驚きを隠せないナナセ。
傷口から察するにほんの2,3滴吸われただけの筈なのだが……。
それでもなるべく平静を装ったまま、彼に些細な疑問を尋ねてみる。
「……あのヒーローはあなたの世界にまで名を轟かせているのかしら?」
『当たり前でしょう。 弱者に文字通り身を切ってパンを差し出すヒーローですよ?』
「当たり前に至る因果関係が全く理解出来ないわよ……」
『何と言っても愛と○気だけが友達というのが素晴らしい。 真の孤高を教えてくれる』
「ただのぼっちだって解釈もあるけど?」
『それは違う! 愛は誰かに与えるもの、勇気は他が為に湧き上がるもの! 一人ぼっちでは持ち得ないものなのです!!』
そんなやり取りを繰り広げながら、並行して相棒とも念話。
『ねえ、何か急に無害な感じになったんだけど……?』
『そう言えば聞いた事がある。 彼らは小食で、ネズミ一匹殺さないって』
『それ、本当なの?』
半信半疑ながらも、杖をわずかに下ろして半歩距離を詰める。
「えっと、もう少し飲む? 私の血?」
『二滴で十分ですよ!』
「そんな事言わずに。 他の人を襲われても困るし」
『二滴で十分ですよ!』
何か贈り物を受け取るのを渋っているような、恐縮しきった表情を浮かべている。
こんな人外の顔から、こうも人間臭い感情が読み取れる事に驚愕を隠せないナナセ。
「えーっと、そんなに少量で良いの?」
『ハイ、私達の種族はそういうものなのです。 この二滴で3日は持ちますよ』
「そ、そう……だったら、今度からはお腹がすいたら私を探しなさい?」
『なんと! 私のような異邦人に己が血潮を恵んで下さるというのですか!?』
「まあ、他の人に害がないのなら……」
『素晴らしい! あなたこそ本物の孤高のヒーローだッ!!』
感動のあまりに何処にあるかも分からない目から涙を流してむせび泣くスポポ17。
グロテスクなんだか暑苦しんだか、何とも形容しがたい光景である。
「ただし、他の人の血を飲もうとしないこと。 良いわね?」
『勿論ですとも、我が主よ!』
「……あ、あるじ?」
『ええ、主です! かような醜い私めに血肉を恵んで下さる方が主でなくば何なのか!』
気がつけば夕暮れを夜の帳が多い始めた空を仰ぎ見て叫ぶ。
「はあ、何でも良いわ。 宿までは提供出来ないから、そこらの橋の下で我慢しなさい」
『ははっ! かしこまりました、我が主よ!!』
ビシッと起立し、恭しくお辞儀をすると、スポポ17はいずこかへと飛び去った。
彼が消えて行った夜空を眺めながら、ナナセとモモンガモドキは呟く。
「異世界人にもあんなのがいるのね……」
『いや、流石にあれは特殊過ぎる例だと思うけどね……』
誰の手で異世界に呼ばれたのか、とか。 こっちの世界で生きて行く気なのか、とか。
色々聞くべき疑問があった気はするが、二人はそれらの疑問を今だけ忘れる事にした。