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魔法少女現る

 街を行き交う人々が暮れなずむ空を見上げる。


 視線の先、ビルの屋上には不気味な影。


 巨大な翼に二足歩行可能な四肢。


 そして頭は胴体と一体化している上に巨大な目が一つ。


 どの図鑑を漁っても載っているはずのない異形だった。


 観衆の間にどよめきが広がる。


 けれど、野次馬達に恐れる気配も慄く様子もない。


 何故か?


 その異形の恐ろしさ知らないから?


 否。


 彼らの多くは一度はその圧倒的な脅威を目の当たりにしている。


 たとえ肉眼で捉える事はなくとも。


 新聞で。


 ニュースで。


 あるいはネットで。


 ならば何故、その異形を前にして逃げ惑わないのか?


 その答えは――


「――――――ッ!!?」


 何の前触れもなく異形が吼える。


 正確には悲鳴を上げたとでも言うべきか。


 突然身をよじらせ、泡を吹きながら天へ向かって奇声を発する。


「――――――ぁ!!?」


 少し間をおいてもう一声。


 刹那、野次馬達が割れんばかりの歓声を上げた。


 彼らの眼差しはもはや異形の怪物には向けられていない。


 羨望と好奇の入り混じったその視線は怪物のすぐ後ろに向けられていた。


 突然、姿を現したもう一つの影。


 それは間違いなく人間の形をしていた。


 それは頭の高い位置で縛った長い髪を揺らしていた。


 何も特別な事なんてない、平凡なポニーテール。


 それは異様に長い槍を携えていた。


 金色に輝く穂先が異形の目を背中から貫いていた。


 どこかセーラー服を彷彿とさせるデザインの衣装の上に短めのケープ。


 胸元では大きなリボンが揺れている。


 フリルのついた膝丈のスカート。


 それは得物とはあまりにも不釣り合いなほどに小さかった。


 要するに――年端もいかない少女だった。


 穂先のすぐ近くを掴み、ゆっくりと槍を引き抜く。


 刃渡りが50センチ、柄は3メートル近くと随分と長大な槍だ。


 石突きには金色に輝く小さな宝玉が取り付けられている。


 槍を引き抜いた直後、異形は力なく崩れ落ちた。


 そのままビルから転落、地に落ちるよりも早く灰塵となった。


「……ふぅ」


 異形の消滅を見届けた少女は小さくため息をつき、屋上から階下を見下ろす。


 ギャラリーが彼女に向かって手を振っている。


 槍を屋上の床に対して並行に持ったまま、彼らに向かってお辞儀を一つ。


 割れんばかりの喝采。


 それが少女の耳へと届いた瞬間、彼女は現れた時と同じく忽然と姿を消した。






「ふぅ、疲れた」


 消えた少女が姿を現したのはとあるワンルームマンションの一室。


 少女とその家族が住むにはいささか狭すぎる。


 しかし、間違いなくそこが彼女の住処。


「お疲れ様、ナナセ」


 衣装の袖で汗を拭おうとする彼女にタオルが差し出される。


 タオルを手にしているのは一匹の小さな異形。


 たとえるならばモモンガに小さな手を2つ追加したような姿をしている。


 図鑑に載ってはいないが、図鑑に載っている生き物の突然変異としてはあり得る。


 そんな印象の、基本的には愛くるしい生き物だった。


 ただ、その生き物は人語を話す上に、さも当然のように滞空していた。


 滑空ではなく、滞空。


 それも一切羽ばたくような仕草を見せずに。


 少女はその生き物の存在に何の疑問も覚えず、当然のようにタオルを受け取る。


 タオルは濡れている上に良い具合に熱を帯びていた。


 両手でそれを持って、思い切りよく顔をうずめる。


「ぷはーっ! 生き返ったぁ!!」


 外見に似つかわしくないそんな言葉を発した。


 もちろん、少女がである。


 つい先ほど視線と喝采をほしいままにしていた少女が、である。


「やれやれ。 とてもじゃないけど他の人には見せられない醜態だね」


「別に良いでしょ、家の中なんだから」


「ボクがいるんだけど?」


「畜生は人にあらず」


 そんな台詞と一緒に使い終わったタオルをモモンガめがけて投げつける。


 モモンガはそれを上手く回避すると両の手でしっかりと受け止めた。


「一応、本体はヒト型をした生き物なんだけどね」


「興味ないわ。 それより……」


「はぁ……お風呂なら沸いているよ。 夕飯はあと15分くらい待って」


 そう言い終えると同時にモモンガは風呂場へと飛んで行く。


 少女がその後を追いかけると、洗濯機に使用済みのタオルを突っ込んでいた。


「魔法文明の使者が文明の利器に頼る姿はいつ見ても間抜けね」


「その文明の利器を使いこなせない機械文明の住人よりはマシだよ」


 両掌を天井に向けて、やれやれと言わんばかりに首を振る。


「……私が上がるまでに支度を済ませておいてよね」


「分かってますとも、ナァナセさま~」


「はぁ、マスコットらしくもう少し可愛げってものを意識したら?」


 毒づきながら少女は衣装を脱ぎ始める。


 と、言っても手を用いていそいそと脱ぐ訳では断じてない。


 淡い光に包まれた直後にはケープが光子となって霧散。


 続いてスカート、制服、そして髪の毛を縛っていた大きなリボン。


 最後には少女の身体全体が光に包まれ――


「マスコットらしい可愛げねぇ……」


 心底あほらしいと言った様子で嘆息するモモンガ。


「それを君に言われたくはないよ」


 少女を包んでいた光が弾け、一糸まとわぬ肌が露わになった。


 モモンガの視線なんて気にも留めずに浴室のドアを開ける。


「なんでよ?」


 ドスの利いた声とともにぎろり、とモモンガを睨みつける。


「そんなの決まっているだろ」


 モモンガは彼女から少しばかり視線を逸らしつつ、答えた。


「――君が32歳の魔法少女だからさ」


 浴室の鏡には熟れた女性の裸が映っていた。

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