表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

君と居る秋

作者: 把 多摩子

2014年2月27日、改稿致しました。

 女は紅葉を見ていた。

 車窓から見える赤や黄色の色とりどりの色彩は、目を、心を暖かくしてくれる。

 新緑の季節にその中を駆け巡るのもまた良いが、この色合いの森を駆け抜けるのも気分よい。

 急な坂道を登っていくと、車が苦しそうに唸り声を上げていた。

 紅葉の時期……新緑の時期もそうだが、同じ目的地を目指す車で賑わっていた。渋滞している、先は長い。

 女は思わず笑みを零す。そしてふと、瞳を閉じた。


『もし、もし、オレ達が別れる事があったらこの場所に来よう。オレはここに居る。お前との思い出の場所だからな』

『私も同じこと考えてたよー。ふふ、この地で再会だね』


 恋の折鶴伝説。

 女は唇を小さく動かした。

 とある山に、古くから伝わってきた昔話だった。

 昔、身分の違いで寄り添えない運命に打ちひしがれた男女が、心中するつもりでこの地を訪れた。そこへ一人の僧が通りかかり、「急ぐ前に温泉にでも浸かって行かれたらどうかね?」とにこやかな笑顔で話しかけた。

 その笑顔に拍子抜けした二人は、せっかくだから、と温泉に浸かる。温泉に浸かり、冷えた身体も心も温めると、不思議と『頑張ろう』という気持ちになっていた。

 二人は生きていくことを決意し、心中せずに済んだ命の恩人でもある僧を探したのだが、何処にもいない。村人に話を聞くと、この辺りに僧などいないという。

「それは、あのお地蔵様じゃろうて」

 一人の村人が、村を護り続けるそのお地蔵様を案内した。二人に話しかけた時のような穏やかな笑みで、お地蔵様はひっそりと立っている。

 感謝の気持ちを込めて、旅館で折り紙を貰うと鶴を折り、お供え物とした。

 以来、そこは『恋の折鶴伝説』という名の場所になったという。


「あの時、私も鶴を折りたかったけれど、折り紙がなくなってたんだよね……」


 女は軽く笑った。

 行った時期が連休中ということもあったのだろうが、観光客が押し寄せていた為すでに折り紙がなかったのだ。他に鶴を折る紙すら、持っていなかった。

 折りたかったんだよね、鶴。

 再度、呟く。

 車窓から空を見上げた。眩しいくらいの晴天、今日は絶好の紅葉日和である。


「山の上の公園に、高台とメガホンがあって、叫べるようになってたんだよね。ヤマビコ体験が出来たの。叫んだねー、二人して『大好きー』って」


 吹き出して、笑う。

 笑っていたら、瞳に涙がうっすらと滲んだ。

 眼下に見える新緑は見事で、絶景だった。

 今日は紅葉、か……。


「別れたら、この場所で落ち合おう」


 恋の折鶴伝説を信じて。絶望に打ちひしがれた男女が、再生できる場所。

 ようやく到着した。案の定混雑している、皆紅葉狩りに来ているので仕方がない。車から降りて足を地面につける。

 ロープウェイの切符を往復分買い、そのまま乗り込んだ。所々まだ緑が見えるが、赤や黄が映えているその風景。写真を撮る目的の人も多く、三脚が目立っている。

 数分後、頂上に到着した。

 人の流れに任せて降りると、ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。空気は冷たい、肺に流れ込み、神経が研ぎ澄まされる。

 知らずに笑みを浮かべていた、女は歩いて公園を目指す。覚えている、忘れるわけがない。

 高台がある、その公園へと足は勝手に動いた。

 子供達の笑い声が聞こえてくる、無邪気だ。

 軽く唇を噛み締めながら、女は高台を目を細めて見つめた。あの頃と何も変わっていない、高台がそこにある。


「別れたら、この場所で落ち合おう」


 再度女は言葉を発した。立ち止まり、手に力を込める。


「別れてないけれどね?」


 手に力を込めると、それよりも強い力で握り締められた。

 隣で恋人が笑う。


「別れてないけど、やっぱここは何時来てもいいよなーっ!」


 二人は顔を見合わせると爆笑した。

 恋人の運転で以前のようにこの場所へ来た。恋人と共に季節の変わった風景を見た。恋人に寄り添い、ロープウェイに乗った。

 そして恋人と共に……。


「さ、高台で叫ぼうか? 前みたく」


 女は子供達に紛れて高台に上り、メガホンの前に立つ。笑いながら恋人も隣に立った。

 せーのっ!

 二人で手を繋いだまま、叫ぶ。


「愛してるよーっ!」


 二人の声が、山に木霊した。

 隣で、後ろで、子供達が、大人たちが驚いて二人を見たけれど、二人には関係のないことで。


「さ、鶴を折りに行こうか」


 女は嬉しそうに恋人に飛びつく。

 恋の折鶴伝説のこの地に、絶望に打ちひしがれた男女が来るとは、限らないわけである。

 けれども、何処かでお地蔵様は今日も恋人を見守っているのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] とても切ない気持ちで読んでいたので、最後に自然笑みが漏れました。 短いながらも話がちゃんと纏まっているのと、文体が詩を読んでいるかのように綺麗だったのが印象に残り、評価ポチッ! 綺麗なお話を…
[一言] このお話を読んで、このお寺を訪ねてみたくなりました。 『ふわり舞う、言の葉』のほうでも書かれていたんですね。素敵な思い出の場所なのですね。 切ないお話かと思いきや、最後がハッピーエンドなので…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ