君と居る秋
2014年2月27日、改稿致しました。
女は紅葉を見ていた。
車窓から見える赤や黄色の色とりどりの色彩は、目を、心を暖かくしてくれる。
新緑の季節にその中を駆け巡るのもまた良いが、この色合いの森を駆け抜けるのも気分よい。
急な坂道を登っていくと、車が苦しそうに唸り声を上げていた。
紅葉の時期……新緑の時期もそうだが、同じ目的地を目指す車で賑わっていた。渋滞している、先は長い。
女は思わず笑みを零す。そしてふと、瞳を閉じた。
『もし、もし、オレ達が別れる事があったらこの場所に来よう。オレはここに居る。お前との思い出の場所だからな』
『私も同じこと考えてたよー。ふふ、この地で再会だね』
恋の折鶴伝説。
女は唇を小さく動かした。
とある山に、古くから伝わってきた昔話だった。
昔、身分の違いで寄り添えない運命に打ちひしがれた男女が、心中するつもりでこの地を訪れた。そこへ一人の僧が通りかかり、「急ぐ前に温泉にでも浸かって行かれたらどうかね?」とにこやかな笑顔で話しかけた。
その笑顔に拍子抜けした二人は、せっかくだから、と温泉に浸かる。温泉に浸かり、冷えた身体も心も温めると、不思議と『頑張ろう』という気持ちになっていた。
二人は生きていくことを決意し、心中せずに済んだ命の恩人でもある僧を探したのだが、何処にもいない。村人に話を聞くと、この辺りに僧などいないという。
「それは、あのお地蔵様じゃろうて」
一人の村人が、村を護り続けるそのお地蔵様を案内した。二人に話しかけた時のような穏やかな笑みで、お地蔵様はひっそりと立っている。
感謝の気持ちを込めて、旅館で折り紙を貰うと鶴を折り、お供え物とした。
以来、そこは『恋の折鶴伝説』という名の場所になったという。
「あの時、私も鶴を折りたかったけれど、折り紙がなくなってたんだよね……」
女は軽く笑った。
行った時期が連休中ということもあったのだろうが、観光客が押し寄せていた為すでに折り紙がなかったのだ。他に鶴を折る紙すら、持っていなかった。
折りたかったんだよね、鶴。
再度、呟く。
車窓から空を見上げた。眩しいくらいの晴天、今日は絶好の紅葉日和である。
「山の上の公園に、高台とメガホンがあって、叫べるようになってたんだよね。ヤマビコ体験が出来たの。叫んだねー、二人して『大好きー』って」
吹き出して、笑う。
笑っていたら、瞳に涙がうっすらと滲んだ。
眼下に見える新緑は見事で、絶景だった。
今日は紅葉、か……。
「別れたら、この場所で落ち合おう」
恋の折鶴伝説を信じて。絶望に打ちひしがれた男女が、再生できる場所。
ようやく到着した。案の定混雑している、皆紅葉狩りに来ているので仕方がない。車から降りて足を地面につける。
ロープウェイの切符を往復分買い、そのまま乗り込んだ。所々まだ緑が見えるが、赤や黄が映えているその風景。写真を撮る目的の人も多く、三脚が目立っている。
数分後、頂上に到着した。
人の流れに任せて降りると、ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。空気は冷たい、肺に流れ込み、神経が研ぎ澄まされる。
知らずに笑みを浮かべていた、女は歩いて公園を目指す。覚えている、忘れるわけがない。
高台がある、その公園へと足は勝手に動いた。
子供達の笑い声が聞こえてくる、無邪気だ。
軽く唇を噛み締めながら、女は高台を目を細めて見つめた。あの頃と何も変わっていない、高台がそこにある。
「別れたら、この場所で落ち合おう」
再度女は言葉を発した。立ち止まり、手に力を込める。
「別れてないけれどね?」
手に力を込めると、それよりも強い力で握り締められた。
隣で恋人が笑う。
「別れてないけど、やっぱここは何時来てもいいよなーっ!」
二人は顔を見合わせると爆笑した。
恋人の運転で以前のようにこの場所へ来た。恋人と共に季節の変わった風景を見た。恋人に寄り添い、ロープウェイに乗った。
そして恋人と共に……。
「さ、高台で叫ぼうか? 前みたく」
女は子供達に紛れて高台に上り、メガホンの前に立つ。笑いながら恋人も隣に立った。
せーのっ!
二人で手を繋いだまま、叫ぶ。
「愛してるよーっ!」
二人の声が、山に木霊した。
隣で、後ろで、子供達が、大人たちが驚いて二人を見たけれど、二人には関係のないことで。
「さ、鶴を折りに行こうか」
女は嬉しそうに恋人に飛びつく。
恋の折鶴伝説のこの地に、絶望に打ちひしがれた男女が来るとは、限らないわけである。
けれども、何処かでお地蔵様は今日も恋人を見守っているのだろう。