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マザーグース風・破滅ざまぁ短編集

一万の軍勢は“誰も動かなくなりました” 〜管理を捨てた公爵、山の途中で取り残されます〜

作者: 本咲 サクラ
掲載日:2026/04/23

 私の家は代々この一万人の軍勢を支える「兵站へいたん管理」を担ってきた。

 一万という数字は、ただの兵の数ではない。


 食料。

 体調。

 配置。


 そして何より「役割を与える」という、膨大な手間の結晶。


 一人ずつに、意味を与えることで、

 ようやく「一万」になる。



 だが、公爵は違った。


 「役割が多すぎる」

 そう言って、切り捨てた。



 「カネとモノがあれば、誰が何をしても同じだ」


 「管理など無駄だ」


 「私は、この山を埋める軍勢が見たいだけだ」



 配分は崩れ、

 誰が多く受け取り、誰が少なくなるか

 基準は消えた。


 真面目な者ほど、損をする。



 やがて、覚える。


 見ていないなら、やらなくていい。

 誰かがやるだろう、と。



 歪みは、広がる。


 一万の中に、隠れる形で。


 

 私は気づいた。


 無能な指揮官を笑うための、あの皮肉な歌。

 意味もなく登らされ、また降ろされるだけの行進。


 「威風堂々、公爵様。一万の軍勢を山へやり、また下ろした」


 それと、目の前の一万の軍勢が、同じ形をし始めたことに。


 だから、離れた。


 最後に、一つだけ残して。



 「一万は、そのままでは動きません」


 「見られているという前提と存在意義が、それを繋ぎます」


 それ以上は、言わなかった。



 ある日、いつものように公爵は一万の軍勢に命じた。


 山を登れ、と。



 頂上まで行き、

 また降りるだけの行進。


 いつも通りの、見せるための軍勢。



 だが、

 ──止まる。


 中腹で、一人が足を止める。


 それを見て、もう一人が止まる。


 誰かが進もうとすれば、

 「抜け駆けするな」と声が出る。


 誰も見ていない。

 なら、やる必要もない。


 その判断が、連鎖する。



 降りる者。

 座る者。


 一万は、崩れる。

 数のまま、バラバラに分裂した。



 「なぜ動かん!指示通りに登れ!」

 公爵は叫ぶが、届かない。


 声は、分散する。

 一万人の中で。



 中腹では、言葉が変わっていた。


 「なぜ俺がやる?」


 「誰が得をする?」


 責任が、漂う。

 押し付け合いながら。



 かつて「団結」に見えた一万の兵は、

 ただ、公平に扱われて、誰かに見られているから動いていただけだった。


 それが失われた瞬間、足は止まる。


 誰も、頂上に辿り着かない。



 公爵は、一人で立っている。


 上でもない。

 下でもない。

 途中で止まったままの場所に。



 下では、兵が散っていく。


 誰の指示でもなく。

 誰の責任でもなく。


 ただ、それぞれの判断で。



 私は、新しい土地で小さな隊列を眺めている。


 そこには、互いの顔が見える程度の人数しかいない。


 けれど、それで足りる。

 自分の役割・影響力を実感できる規模だからこそ、ヒトの力をより引き出せる。



 「上でもない、下でもない」


 カネとモノしか眼中に無い男の下では、

 一万は、ただの数に戻った。


 ヒトを見なかった公爵は、一人取り残された。


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