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【完全記憶】で恋人の”純愛”を記録し続けた僕。〜君たちが結ばれる卒業式に、僕だけの”祝福”という名の復讐を〜  作者: ledled


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第四話 空っぽのトロフィーと、新しい朝

あの日、僕が体育館を後にしてから、学校中がその話題で持ちきりになったらしい。友人からのLINEで、その後の様子を断片的に知った。姫奈と皇は、全校生徒の好奇と非難の視線に晒され、完全に孤立したという。卒業までの数日間、彼らは誰とも口をきかず、まるで世界から拒絶されたかのように、ただ息を潜めて過ごしていたそうだ。


当然の報いだと思った。僕の心を壊し、僕たちの二年間を踏みにじったのだから。

しかし、僕の耳に届いた次の噂は、予想していたものとは少し違っていた。


「陽向、聞いたか?天野川さんと皇、逆に結束が固まったみたいだぞ」

「『世界中が敵になっても、俺だけは姫奈の味方だ』って、皇が言ってたらしい」


電話口の友人の言葉に、僕は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

絶望し、後悔し、不幸になるはずではなかったのか。僕の復讐は、完璧だったはずだ。


だが、現実は違った。

彼らは、僕が与えた「社会的制裁」という名の業火の中で、むしろ互いへの依存を深めていた。共通の敵(僕)と、自分たちを理解しない世界(周囲)。それが、彼らを悲劇のヒーローとヒロインに変え、歪んだ純愛を完成させるための最後のスパイスになってしまったのだ。


卒業後、彼らが二人で地元の大学に進学したという話を聞いた。そして先日、駅前で、二人で一つのイヤホンを分け合い、仲睦まじく寄り添って歩いている姿を見かけた、と別の友人から連絡があった。

彼らは、彼らなりのハッピーエンドを迎えていた。


僕の復讐は、一体何だったのだろう。

彼らにとっては、二人の絆を確かめ合うための、ただの障害物でしかなかったのかもしれない。


そんなことを考えていたある日の午後、アパートのインターホンが鳴った。モニターに映っていたのは、憔悴しきってはいるが、どこか吹っ切れたような表情の姫奈だった。あの日以来、初めて見る彼女の姿だった。


ドアを開けると、姫奈は俯いたまま、か細い声で言った。


「陽向くん……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。あんな酷いことをして……」


その言葉に、僕の心は動かなかった。怒りも、憐れみも、何も感じなかった。


「でも」と姫奈は顔を上げた。その瞳には、涙はなく、強い意志のようなものが宿っていた。

「私は、凱斗くんと生きていく。だから、もう会わない。最後に、一言だけ謝りたくて……」


ああ、そうか。君はもう、前を向いているのか。

僕が作り出した瓦礫の中で、君たちは新しい愛を見つけ、もう歩き出しているのか。

僕だけが、あの日のまま、時間に取り残されているというのに。


その瞬間、僕の心の中で、最後の何かがぷつりと切れた。

そして、僕の瞳から、自分でも予期していなかった一筋の涙が、静かに流れ落ちた。


それは、怒りでも憎しみでもなかった。

復讐を終えた達成感でも、彼らの幸せを目の当たりにした絶望でもない。

ただ、かつて心から愛した少女と、本当に、永遠に別れるのだという、純粋な悲しみの涙だった。二年間、僕の世界のすべてだった彼女が、もう手の届かない、まったく別の世界の住人になってしまったのだという、決定的な喪失感。


僕は、何も言わなかった。

ただ、静かにドアを閉めた。

扉の向こうで、姫奈が小さく嗚咽する声が聞こえた。でも、僕はもう、その声に応える言葉を持たなかった。やがて、その気配は遠ざかっていった。


一人になった部屋で、僕は自室のPCの前に座った。

デスクトップには、あの日からずっと残っていた『卒業式』と名付けられたフォルダがある。

クリックして開くと、この数ヶ月で僕が集め、編集した、おびただしい数の映像と音声データが並んでいた。


姫奈の嘘。皇の言葉。二人の密会。公園でのキス。

それは、僕の復讐の証であり、勝利の証のはずだった。僕が手にした、栄光のトロフィー。


でも、今の僕には、それがひどく空っぽで、虚しいものにしか見えなかった。

こんなもののために、僕は自分の心を殺し、時間と能力を費やしたのか。

こんなものがあったところで、失われた僕の時間は戻ってこない。壊れた心が元通りになるわけでもない。


僕は、フォルダにカーソルを合わせた。

そして、静かにゴミ箱のアイコンへとドラッグする。


『これらの項目を完全に削除しますか?』


PCの無機質な問いかけに、僕は一瞬だけ躊躇した。

脳裏に、付き合い始めた頃の、純粋で、ただ僕だけを見てくれていた姫奈の笑顔が蘇る。あの陽だまりのような日々。

でも、それももう、僕が執着すべき過去ではない。


僕は、静かに「はい」をクリックした。

データが消去されていくプログレスバーが、まるで僕の青春の終わりを告げるタイマーのように見えた。


「……さよなら、姫奈」


誰に言うでもなく、そう呟いた。

復讐は、結局何も生まれなかったのかもしれない。僕の心には、ぽっかりと大きな穴が空いたままだ。

けれど、過去のすべてを葬り去ったことで、僕はようやく、空っぽのスタートラインに立つことができたような気がした。


ふと、窓の外に目をやる。

いつの間にか、夜が明けていた。

東の空が白み始め、柔らかな光が部屋に差し込んでくる。


それは、新しい一日の始まりを告げる、静かで、穏やかな朝の光だった。

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