むむむ、どうやら余計な動きがあるようです
「ところでクレイン様は最近、お父上であるマルシアス侯爵とはご連絡をおとりでしょうか?」
突然、ヘイネス公爵が私の実家の名前を口にされました。
ジアス少年、いえ、ジアス様と微笑み合っていたので、ちょっと驚いてしまいます。
「いいえ、お父様とは特に……。家令からは屋敷と領地の現況報告を頂いていますけれど」
「そうですか」
「あの、何かありましたでしょうか?
ヘイネス公爵が何か含みのあるお顔をされたので、私は首を傾げてお訊ねしました。
するとジアス様が公爵に「父上」と何も言うなというように首を横に振られましたが、そんな事をされれば余計に気になるというものです。
私は公爵をジッと見つめて、話をするように促します。
公爵は少し困った表情をされましたが、最初から話はする気でいたようで、すぐに居住まいを正して説明してくれました。
「実はですね、マルシアス侯爵からジアスにクレイン様の妹君、キャスカ嬢との婚姻を打診されまして」
「え?」
私は王太子妃にあるまじきポカン顔を、ヘイネス公爵親子に披露してしまいました。
ですが、こればかりは致し方がない事です。
あの癇癪を起こしてばかりで淑女教育を放棄した異母妹が、この毅然とした少年の妻にしてほしいと望んだという事ですから。
何て不釣り合いな二人でしょう。
私と夫以上に似合わないのではないでしょうか。
私は言葉をなくして、ジアス様を見つめます。
「父上、ちゃんと返事をした事もお話しください」
「ああ、そうだな」
ジアス様と異母妹の婚姻話を聞いて呆然としてしまっている私に、ジアス様がコホンと一つ咳払いをされると、父親にちゃんと説明するように求めました。
呆然としたまま、顔を公爵に向けますと彼は自分の頭をカシカシと掻きます。
そしておもむろに「申し訳ございません」と軽く頭を下げられました。
「クレイン様には大変失礼かと存じますが、この話はお断りさせていただきました」
「え?」
私はまたもやポカン顔を披露します。
「本当の事を申しますと、クレイン様の母君が亡くなられてからのマルシアス侯爵の評判は、あまり良い物ではありません。それはクレイン様もご存じでしょう?」
ヘイネス公爵はお母様が亡くなられた後、お父様がすぐに義母を連れて社交界に現れた事を話しているのでしょう。
喪に服す事もなく、煽情的なドレスに身を包んだ義母を連れたお父様は、我が物顔で社交界を荒らしていったのです。
傲慢な態度で露出の多い女性を侍らせるゲストなど、迷惑の何物でもございませんね。
お母様と縁の深かった方は当然、お父様と距離を取られました。
ヘイネス公爵もその内のお一人です。
ですから私も侯爵とお会いしたのは、七年以上前になります。
そんな中、私を王女様の代わりにサビティ国へ嫁がせる事に成功したお父様は、邪魔者を排除できただけではなく、陛下に恩を売ったお陰で社交界での立場も少しばかり返り咲いたとオーガに聞いておりました。
そこで調子に乗ったお父様は、異母妹の相手を探したのかもしれません。
高望みをして、ヘイネス公爵家に声をかけたのでしょう。
ですが、気安く打診された公爵家はたまったものではありません。
私はヘイネス公爵親子に深々と頭を下げました。
「ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございません」
「いけません、クレイン様。サビティ国の王太子妃である貴方様が頭を下げるなど……」
私の謝罪に公爵は慌てましたが、この場所は私専用のサロンなので他者に見られる心配はないと、頭を横に振りました。
まあ確かに使用人は沢山部屋にいますけれど、ほとんどがヘイネス公爵家の使用人で、私の方はモナとリックだけなので醜聞をまき散らす恐れのある者はいません。
公爵家の者は、主人がこのお二人ならば多分大丈夫でしょう。
それに今更、私の頭一つが下がったところで大した醜聞にもなりません。
もっと酷い事を散々言われていますので。
私は公爵に視線を合わせました。
「いいえ。これはマルシアス侯爵家の者としての謝罪です。家の者が恥知らずな真似をいたしました事は、お詫びしなければいけません」
お母様が亡くなって縁が切れたという事は、自分たちは良く思われていないという事実に、お父様は何故思い至らないのでしょうか?
しかも、お母様の縁のある方が私を心配して訪ねて来てくれたのを、全て遠ざけたのはご自分です。
その中にヘイネス公爵が含まれていた事も、忘れてしまっているのでしょうか?
お母様がご存命の頃は高位貴族の方々にお茶会や夜会に誘われていましたが、今ではさっぱり途絶えて、侯爵家だというのに下位貴族の方としか交流がありません。
社交界に返り咲いたといっても、王族が開く夜会に呼んでいただいた程度でしょう。
個人的な高位貴族のお茶会や夜会には、まだお呼ばれはしていないはずです。
それでも王族と繋がりを持てたとでも勘違いをして、ヘイネス公爵家に厚かましくも淑女教育が全くできていない娘を押し付けようとしたというのは、私にとっては頭が痛くなる内容でした。
「私はキャスカ嬢を存じませんが、クレイン様の妹君なら魅力的な方なのでしょう。それをお会いもせずにお断りしたのは、大変申し訳ない事でした。一応、弁明させていただければ、私もまだまだ修行中の身ですので今はまだ相手を決める気がなかったのです」
そう言って苦笑するジアス様に、ますます申し訳なさがこみ上げます。
「いえ、断ってくださって良かったですわ。異母妹は、その、公爵家の嫁にはふさわしくないので」
「と言いますと?」
「その、学ぶという事が大層嫌いな娘でして、感情の起伏が激しく、自分の欲に正直な者なのです」
私は異母妹の性格を口にしました。
まかり間違ってジアス様が会う事のないように、逃げてもらわなければと思ったのです。
異母妹や義母、そしてお父様の毒牙にかからないようにという私なりの注意です。
「それは、クレイン様とは真逆な方のようですね」
ジアス様は少し引いています。
そうですね、仮にも侯爵家の娘がそんな性格だなんて思いもよりませんものね。
「私はただ単に、妻の死を悼む事もできず、娘を贄のように小国に差し出して、陛下に恩を売ったような顔をしてふんぞり返っている男の娘を貰いたくないと思って断ったのだが、どうやら正解だったようだ」
ヘイネス公爵がムスッとした表情のまま、呟きました。
どうやら公爵は、かなりお父様をお嫌いなようです。
私とお揃いですわね。
口には出しませんけれど。
しかしあのお父様が一度断られたからといって、ヘイネス公爵家を簡単に諦めたりしますでしょうか?
お父様は私の口から言うのもなんですが、かなりお金と権力に執着のあるお方です。
侯爵家の正当な後継者である娘の私を排除しようと考えるほどには、野心家のようですしね。
ただし、力が伴っているかどうかは別ですけれど。
「しかし、ご実家にあのような者たちがのさばっているのでしたら、クレイン様も気が気ではありませんな」
そんな事を考えていると、ヘイネス公爵がズバリと私の懸念を口にしてくださいました。
「父上、クレイン様にとってはご家族なのですよ」とジアス様が公爵を窘めます。
そうですね、普通なら他家の問題に口を挟むのは余計なお世話ですけれど、今の私にはそのお心がとてもありがたいものなのです。
私はふと、ヘイネス公爵親子に計画を話してしまおうかと考えました。
この短時間お話しただけでも、お母様を覚えてくださっていて私の事も気にかけて、わざわざ王宮にまで挨拶に来てくださったお気持ちは、少々弱っていた私の心を温かくしてくれました。
彼らが味方になってくだされば、私の計画も速やかに進むのではないかと考えてしまったのです。
ですがやはり七年もの間、交流がなかった方をいきなり信じて全てを話すには勇気がいるものです。
私は側に控えているモナをチラリと見つめました。
モナは迷いなく、頷いております。
どうやら私の好感度だけではなく、モナのお眼鏡にも叶ったようですわね。
私は真っすぐに、ヘイネス公爵親子を見つめました。




