あらまあ、初めてのお客様ですわ
翌日、ヘイネス公爵はお茶の時間少し前に到着されました。
国王陛下と謁見後、私のサロンに顔を出された公爵は記憶の通りの優しい笑みで「クレイン嬢」と両手を広げてきたのです。
一瞬、躊躇ってしまったのは致し方がない事。
だって明らかに、その腕の中に飛び込んで来いという事ですわよね⁉
十二歳とはいえ、私はれっきとしたこの国の王太子妃です。
いくら私のサロンとはいえ、夫以外の男性の腕の中に飛び込む訳にはいきません。
まあ、夫の腕の中などに飛び込む気も、さらさらございませんが。
暫しの静寂後、ニコニコと笑顔を張り付けたヘイネス公爵が「ぐっ」と言って脇腹を押さえて膝を付いてしまいました。
ガクリと頽れる感じですわね。
何事? と私が目をパチクリとしていますと、公爵の後ろから夫と変わらぬ年頃の青年が顔を出しました。
ヘイネス公爵と同じダークブラウンの髪で、瞳は珍しい青と黄色のオッドアイの青年です。
しかしその容姿は、ヘイネス公爵とそっくりで少々垂れ眼ではありますが、大変整っていてお美しいです。
全体的に優しい雰囲気のその青年に、思わず目を惹かれてしまいました。
要するに、夫よりは私の好みの顔という事ですわ。
私がジッと見つめていると、青年はスッと紳士の礼をいたしました。
「父の無礼をお許しください、王太子妃様。改めてご挨拶を。私はカシック・ヘイネスの息子、ジアス・ヘイネスと申します。ジアスとお呼びください」
「私はクレイン・アフレア・サビティです。この国の王太子妃ではありますが、ヘイネス公爵には母が生前の折には、大変可愛がっていただいた記憶がございますわ。どうぞ、クレインと名前で呼んでくださいな」
「ありがとうございます」
二人で挨拶を交わしていますと、ムクッと起き上がったヘイネス公爵が「失礼いたしました」と居住まいを正しましたが、まだ脇腹を擦っています。
よっぽど痛かったのですね、と同情しながら、チラリと犯人であろう息子のジアス青年を盗み見しますが視線を思いっきり逸らしています。
父親が顔見知りの少女とはいえ、いきなり他国の王太子妃に挨拶もそっちのけで抱きしめようとしたのですから、脇腹を小突くぐらいの処罰を与えたくなるのも分かりますが、それでも大の男が蹲る力でやるのは如何なものかと思います。
うん、公爵をよく見るとほんの少し涙目です。
立ち直った公爵が改めて挨拶をしてくれます。
「クレイン嬢、うっ、クレイン様、ご無沙汰しております。私の事を覚えていてくださったとは嬉しい限りです。お母上がお亡くなりになり、どうしているかと心配しておりましたが、うっ、ぐっ、突然、こちらの国に嫁がれる事になり、心配は募るばかりでした。うっ、ぐっ、がっ、てこれぐらいはいいだろう⁉」
ヘイネス公爵が挨拶の途中、何やら呻き声を上げていましたが、とうとう我慢ができなかったのか、声を荒げました。
ジアス青年が公爵の不相応な発言があるたびに、脇腹を小突いていたようです。
他国の王太子妃である私を〔嬢〕呼びした上に、父親がいる令嬢を心配だったと言い、最後には嫁ぎ先での心配までするのは、流石に挨拶の言葉にする事ではありません。
周りには私の侍女や護衛騎士、ヘイネス公爵の侍従や騎士など沢山いるのです。
少し距離を置いてから、改めて話す事ですわ。
ジアス青年が注意されるのも、分からなくはございません。
ですが……。
「ヘイネス公爵は、私にとても親身になってくださっていたのですね。申し訳ない事ですわ。私もとても懐かしく、色々とお話ししとうございます。どうぞ、ソファにお座りになって。ゆっくりとお茶でも飲みながら、お互いの近況をお話いたしましょう」
私はヘイネス公爵親子を、お茶の席へとお誘いしました。
公爵はニッコリと微笑み、ジアス青年に「ほれ、みろ」と囁いて、また脇腹を小突かれています。
公爵はとても快活な方のようで、そんな彼を父に持つジアス青年は気苦労が絶えないようですね。
でもそんな気さくなやり取りを見て、とても仲が良いのだろうとほっこりいたします。
「甘い物は平気ですか? もしもお食事がまだなようでしたら、何か軽い物でも用意させますが……」
お昼を少し回ってからの到着なので、お食事は済んだのか気になった私は、お菓子を用意するのと同時に、軽食を用意した方がよいか尋ねました。
するとジアス青年が首を横に振ります。
「お気遣い、ありがたく存じます。ですが、昼食は済ませてありますし、私も父も甘い物も大丈夫です」
「嘘を吐け。甘い物、お前苦手……うぐっ!」
またもや公爵の脇腹を小突いた模様。
ジアス青年、いくら嗜好をバラされたからといって、そろそろ脇腹に痣ができるでしょうから、その辺で勘弁してあげてほしいですわ。
「あら、そのような遠慮はご無用ですわ。甘くないお菓子もご用意しておりますので」
私はモナに合図をいたしました。
モナはワゴンに乗せたお菓子を机の上に並べます。
塩ベースのクッキーとチーズ入りのスコーンなどを並べて、甘さが平気な公爵にはスコーンに乗せるジャムを色々と取り揃えました。
これならば、各自お好みに合わせて甘さを変えられるので大丈夫かと思いましたの。
お茶は疲れを癒すために、ハーブティーをお出ししました。
お二人は香りを楽しんだ後、ゆっくりと口をつけホッと一息つかれています。
私もこの国に着いた時には長旅で疲れ切っていましたからね。
お気持ちはよく分かりますわ。
「クレイン様は、とても気配り上手なお方ですね。お母上にそっくりだ」
ふと公爵が、そんな事を仰います。
「私は、お母様に似ていますか?」
「容姿もそっくりですが、何より性格がとてもよく似ておられる。優しくて気高くて、私の憧れの女性でしたよ」
片目をバチッと瞑ってウィンクをしてくる公爵に、私は表情筋が柔らかくなるのを感じます。
「フフフ、ありがとうございます。ですが、そのような事を仰られては奥様が気を悪くされますわ」
「ああ、お気遣いなく。母は三年前に他界しております」
そう言って返した私に、ジアス青年があっさりとお母様が亡くなった事をお話されました。
「まぁ、それは存じ上げなくて……失礼いたしましたわ。お気を悪くされないでくださいね」
「大丈夫ですよ。こいつはクレイン様とは年も近いし、同じような境遇で、分かり合える気持ちもありますでしょう。何なりと相談してくださいね」
公爵が私の謝罪をあっさりと受け流して、ジアス青年の肩をバンッと叩きました。
お茶を零しそうになったジアス青年は、父親をジロリと睨みつけます。
私は慌ててジアス青年に話を振ります。
「ジアス様はお幾つでいらっしゃるのかしら? 十六、七歳といったところでしょうか?」
「いえ、私は十四です」
「え?」
意外と若いジアス青年、あ、十四歳ならば少年ですわね。その少年に、私は少しだけポカンとしてしまいました。
夫と同じぐらいの背丈に、落ち着いた風貌でしたので、すっかり夫と変わらない年齢だと思い込んでいたのですが、どちらかというと私と近かったようです。
「まぁ、重ね重ね失礼いたしましたわ。大変落ち着いていらっしゃるから、すっかり年上かと。二歳しか違わなかったのですわね」
「こいつは老けて見えますからね。気にしないでください。うぐっ!」
何度目か分からない脇腹を小突かれて、公爵はとうとう蹲ってしまわれました。
「私も、年相応には見えないとよく言われますの。お互い難しいですわね」
ホホホと私は笑って誤魔化します。
「クレイン様は、気品に満ちていらっしゃいますから、そのように見られるのでしょう。立場のある身では、致し方ない事だと存じます」
フッとジアス少年が笑います。
その笑顔は年相応で、とても柔らかな雰囲気に、私もつられて微笑みます。
初めて見たジアス少年の笑みに、何故か胸がキュンといたしました。




