んん、どういったご用件でしょう
「カール様があのような事をした手前、我が国としましては強く反対はできませんが、私どもはクレイン様、貴方こそが王妃に相応しいと思っております。ですので改めて四年後の離婚というのは考え直し……」
「円満離婚で何の問題もなくて、お互い良かったですわね」
私はに~っこりと、目の前で難しい顔をしている宰相に微笑んで見せます。
ビクッと肩を跳ねさせる宰相。
あら、また表情筋が仕事をしていませんでしたか⁉
あの会議から一週間後、宰相が執務室に現れて発した言葉は、離婚をなかった事にしいてほしいというものでした。
あれから毎日こうして懇願に来るのですが、次期王太子妃の選別に苦労しているのかしら?
ですが、そんなの知った事ではございません。
いい加減、鬱陶しくなってきた私は宰相にもう一度、微笑んで見せます。
「四年後の離婚は決定事項ですわ。私は夫の不貞を見逃すだけではなく、これまで私に対するこちらの対応もなかった事にしてあげると言っているのです。この意味、宰相なら分かるでしょう?」
この二年、貴族だけではなく城の使用人による故意の不手際も宰相は分かっていたはずです。
私が大人しいからといって放っておいていい問題ではありませんでした。
私はこの国に請われて、他国からやって来た花嫁なのです。
それを全て、まるっと忘れてやると言っているのですから、ありがたく受け入れろと言う話ですわね。
今まで文句の一つも言わずに従っていた私が、あの日から反論しキッパリと言い切るのです。
宰相の顔が引きつるのも無理はありません。
「……クレイン様の本当の姿は、こちらという事ですか?」
「あら、何の事かしら? 私は寛大な態度を取ってあげているつもりですが、気に入りませんか?」
そう言うと、宰相は「いえ」と言って頭を垂れました。
「本当に王太子妃に相応しいと、改めて感じた次第です」
「いりませんわ、そんな評価。離婚のお話以外なら愚痴でも相談でも、何でも聞いて差し上げますから、もう仰らないで」
「……………………では、ご相談なのですが」
――話しますのね……。
いえ、別にこちらから話を振ったのですから構いませんが、四十代の地位の高い男性が、十二歳の少女に真剣に相談するのですね。
分かりました。私も真剣にお聞きしますわ。
「カール様のお相手、クラウディア様の事なのですが、彼女とはあまりお会いにならないようにしていただけませんか?」
会いたいと言われても嫌です、と言いたい出来事をわざわざ口にする意図とは?
私は宰相にキョトン顔を披露します。
「元より会うつもりはございませんが、会うような事態があるのでしょうか?」
尋ねますと、宰相は苦虫を嚙み潰したような表情をされました。
「実はカール様が四年後の離婚を話されてしまったようで、クレイン様に会いたいと言っているのです。先程、カール様がこちらにクラウディア様を連れてこようとされているのを見かけまして、慌てて引き留めました」
どうやら私に相談事というよりは、お願い事のようです。
しかも相手は、すでに行動に移した後。
ハアー、夫も愛人も一体どういうつもりなのでしょうね?
次期王太子妃になっていただきたいお方ならば、いずれ夫が離婚の話をするのは当然かもしれませんが、それにしても早過ぎます。
重鎮たちも、周囲の根回しがまだ済んでいないでしょう。
それを確認もしないで早々に話してしまわれたのですね、夫は。
その上、先触れもせず直接私の執務室に連れてこようとするなんて……。
「殿下って、それほどお馬鹿様でしたっけ?」
思わず口から本音が漏れました。
ですが宰相は気にした風もなく、呆れた口調で続けます。
「いえ、普段はそこまででは。恋人という立場に浮かれているのでしょう。一応注意はしましたけれど、また押しかけて来ないとは言い切れません。くれぐれもお気をつけください。私どもの方でも本人はもちろんの事、騎士や侍女たちにもお二人の接触は避けるよう通達しておきますので」
「ご心配、痛み入りますわ」
私は真剣な顔で礼を述べながら、心の中では薄ら笑いを浮かべます。
そうですわね、宰相も必死ですわね。
これ以上、私に不敬を働けば流石にエイワード国にも黙ってはいられません。
どんな話があってクラウディア様が私に会いたいのか分かりませんが、普通に考えれば本妻と愛人が出会えば修羅場となります。
そこのところ夫は分かっていないようなので、周囲がちゃんと考えておいてくださいね。
「それと……」
まだ何かあるのですか?
これで話は終わりだと思ったのですが、宰相はまだ話を続けます。
ちょっと、うんざりしてしまいます。
言いませんけどね。
「エイワード国のヘイネス公爵が明日の午後、参られます。隣のケッセル国に向かわれるそうなのですが、一目クレイン様にお会いしたいとの事です」
あら、予想外にまともなお話でしたわね。
うんざりなんて思って、申し訳ありません。
「ヘイネス公爵は、まだお母様が健在の頃にお会いしていたお方です。とても気さくなお優しい方のなので、私の事も気にかけてくれていたのでしょう」
私はヘイネス公爵のお顔を思い浮かべます。
まだ幼い頃でしたのでハッキリとは覚えていませんが、ダークブラウンの髪に青色の瞳をした垂れ眼のおじさま。
彼の大きな手で頭を撫でられたのを覚えています。
お父様には、そのように触れられた事はございませんでしたので、とっても新鮮でした。
殴られた事はありますけどね……。
「そうですか。あまりにタイミングが良いので……その、少し勘ぐってしまいました」
宰相は言いにくそうにしながらも、ホッとした様子を見せます。
ああ、夫の不貞が露見したタイミングで妻の国から要人が来るとあっては、確かに私がバラしたのかと疑ってしまいますわね。
「ご安心くださいな。そちらが約束を守ってくださる限り、私も必ず約束は守りますわ」
ニッコリと笑うと宰相の頬が引きつります。
これは私の笑顔を見て引きつったのではなく〔約束〕の言葉に反応したとみて良いでしょう。
気を取り直したように、宰相がコホンと咳払いをいたします。
「それでは謁見の間で国王陛下と対面後、王太子妃のサロンにご案内いたします。この国には一週間ほど滞在される予定ですので、そのように」
「分かりましたわ。よろしくお願いいたします」
宰相がお帰りになられたのを確認して、モナが声をかけてきます。
「ヘイネス公爵のお噂は、耳にした事がございます。奥様が懇意にされていたそうですね」
「フフフ、オーガたちからでしょう。お母様が亡くなってからはお父様が嫌がって、屋敷に寄せ付けなかったのですわ」
「クレイン様を虐待しているのを見られたくなかったんでしょうね。卑怯極まりないお方ですわ」
「あら、モナたちがいたから私は平気でしたわ。物を投げつけられるぐらい我慢できましたもの」
「そんなの我慢しないでください!」
ヘイネス公爵の懐かしいお話をしていたら、いつの間にかモナに涙目で怒られてしまいましたわ。
隣ではリックが「私が側に居たなら必ずお守りしていたものを」と何だか厳しいお顔でブツブツと呟いていました。
二人に悲しい思いをさせたのでしょうか?
申し訳ない事でしたわ。
ですがそれは、もう過去の話です。
四年後その場所に戻れたら、今度は私が物を投げつけて屋敷から追い払ってやりますから。




