さてさて、上手くいきました
「ですが、クレイン様のお父上が邪魔されるのではないですか? エイワード国王のお耳に、ある事ない事吹き込まれるかもしれませんよ」
胸を押さえていた宰相が気を取り直したように、引きつった笑みのまままだ私に抵抗します。
あらあら、頑張りますわねぇ。
「それなら大丈夫ですわ。お父様はエイワード国王に全く信用されていませんから。我がマルシアス侯爵家の名前だけで生きているような人ですので」
親子の情? 容赦? 何それ、おいしいの?
私がすました表情で答えますと、皆様から微妙な空気が流れだします。
ええ、容赦など一切する気はありません。
私が侯爵家を継いだ暁にはお父様、義母、異母妹には問答無用で屋敷から出て行ってもらうつもりですわ。
もちろん、金子も渡す気はございません。
お母様が亡くなってから好き放題に使い込んでいるお金を返せと言わないだけ、ありがたいと思っていただきたいですわね。
「あ、あ~、そこまでクレインが決めているならいいんじゃないか。お互いが得なようだし」
「カール様⁉」
夫が頬をポリポリと掻いて、私の意見に賛同してくれました。
慌てる周囲ですが、私はキョトンとしてしまいます。
まさか夫が一番に賛同してくれるとは思ってもいませんでしたから。
国王陛下がジト目で夫を見つめています。
「……お前、分かっていないだろう。クレイン嬢の意見を取り入れるにしろ取り入れないにしろ、後四年は子作りはできないのだぞ」
「それでもやれる四年とやれない四年では、全く違う。俺は二十二歳まで我慢などしたくない!」
う~ん、ここまであからさまに欲望に忠実ですと、最早見事と言いますか、尊敬すると言いますか……。
要するに夫は我慢ができない子、という事ですわね。
「これほど性欲が強いのは、誰に似たのかしら?」
王妃が横を向いてポツリと呟かれます。
陛下はそっぽを向かれました。
気まずい空気が室内に流れます。
因みに夫はお互いが得、と言いましたがサビティ国は決して得ではないのですよ。
わざわざ大国から嫁を貰った結果、その嫁を手放すのですから金と労力だけがかかり、その上、王太子が離婚という醜聞を残すのです。
諸国からどう思われるか考えますと全く得とは言いませんが、まあ、私がわざわざ言う事ではありませんね。
「……あの、両殿下がそこまでお考えでしたら四年後の離婚は仕方がないとして、それで次期王太子妃の座はクラウディア様で構わないのでしょうか?」
一人の重鎮がオズオズと手を上げて、誰にとは言わずに質問いたします。
「クレイン様は誰から見ても王太子妃に相応しいお方であります。ですが、クラウディア様は……。こう言っては何ですが、優秀だという話は聞いた事がありません」
彼の言葉に皆様、顔を見合わせます。
私は、内心でハッと笑ってしまいました。
私が王太子妃に相応しいと思ってらしたのなら、どうして今まであのような態度を許していたのかしら?
子供だと侮っていたのは、夫だけではないでしょうに。
チラリと宰相を見ますと、彼はバツが悪そうに視線を逸らしました。
やはり彼は、ちゃんと把握してそうですね。
まあ、今はその話は宰相ではありませんが、横に置いておきましょう。
私はクラウディア様を思い浮かべます。
先程、夫も言っていたようにクラウディア様は素晴らしい肢体の持ち主ではあります。が、それ以外の噂は聞いた事がございません。
卓越な話術を持ち合わせているという話もなければ、慈善活動に力を入れているというような事もございません。
貴族女性の嗜みと言われる詩集や刺繍にも、長けているなんて事もないようです。
ダンスも可もなく不可もなくといったところでしょうか。
皆が眉間に皺を寄せたところで、夫が鼻息荒く叫びました。
「クラウディアには色気がある。欲を促す肢体を持ち合わせているだけで十分、王太子妃の資格はあるだろう」
「……………………」
色気がなければ世継ぎはできないと、夫が真面目な顔でほざきます。
本当にこの方の頭の中を一度、見てみたいものですわ。
あ、女性の胸しかないでしょうから、やっぱりやめときます。
「……真面目な話、クラウディア様を第一候補として他の令嬢を見繕っておくのも必要かと」
頭を押さえた重鎮が、首を振りながらそのような事を言いました。
それってクラウディア様に対しても他の見繕われた令嬢に対しても、かなり失礼ではないでしょうか?
まあ、私には関係ございませんが。
そこで私はすくっと椅子から立ち上がります。
皆様一斉に私に視線を向けました。
「ここからは私には関係ないお話でしょうから、ここで席を外させていただきますわ。では殿下、四年後離婚するという事で、それまでは引き続きよろしくお願いいたしますわ」
「よろしくするような事は、ないだろう」
ブスッとした表情で私を見ずに、そのような事を言う夫。
一応、王太子妃として一緒に行う公務が少なからずあるだろうと頭が痛くなりましたが、そっちがそう言うなら、そこも全て拒否できるように頑張ってみますか。
私は新たな目標を掲げます。
「では国王陛下、王妃殿下、御前を失礼いたします」
わざと最上級のカーテシーで礼を尽くすと、周囲からは感嘆の溜息が聞こえました。
先程まで目もくれなかった夫も、何故かポカンとした表情で見つめています。
ですがそんな事、私の知った事ではございません。
私はクルリと踵を返して、侍女と護衛を連れて部屋から出て行きました。
パタンと重厚な扉が閉じられます。
「~~~~~モナ」
「お部屋まで我慢なさってください」
私は震える体を叱咤して、できる限りの速足で自分の部屋へと急ぎます。
そうして自分の部屋の扉が閉まると、私はモナに抱き着きました。
「やったわ~。離婚を約束させたわ。これで侯爵家に帰れるわね」
「おめでとうございます、クレイン様」
「毅然として立派でしたよ、クレイン様」
私は侍女のモナと護衛のリックと共に、歓喜の声を上げたのでした。
お父様の策略により、十歳で生まれ育った国を出なくてはならなくなったあの日、私はオーガ、マリッサ、アボラとモナの四人と密談をいたしました。
成人を迎える日までにサビティ国の王太子と離婚して、侯爵家に戻って来るにはどうしたらいいのか。
オーガが集めた情報によりますと、サビティ国の王太子は非常に分かりやすい性格のようで、しかも女好き。
それを利用しない手はないと、オーガは言います。
わざと不貞を起こすように、もっていけばいいと言うのです。
ですが十歳の私には、どのようにすればいいのか分かりません。
私はモナと顔を見合わせました。
「いいですか、数年は我慢してください。すぐに事を起こせば、クレイン様が離婚したがっている事が相手にバレてしまいます。そうですね、せめて二年は大人しくしていただきたい」
「それは構わなくってよ。成人前の年齢では、公の場所に出る事も少ないでしょうし。けれど、不貞の相手はどうするのかしら? まさかハニートラップでも仕掛けるの?」
私の疑問にオーガはニッコリと微笑みます。
「その必要はございません。腐っても相手は王太子です。群がる令嬢は沢山いるでしょう。普通の王子であれば、そんな令嬢たちには見向きもしないでしょうが、女好きの王太子なら放っておいても誰かとそういう関係になりますよ」
「そんなものなの?」
コテンと首を傾げる私に、モナ以外の全員が頷きました。
「ただしクレイン様は、必要以上に王太子に近付かないでください。ジッと見つめたり、触れるのは極力避けるのです。顔をじっくり見られてはいけません」
「くれぐれも目立たないようにしてください。そうすれば大丈夫ですわ」
マリッサとアボラの言葉に、私はますます首を傾げてしまいます。
私とモナには、まだまだ大人の世界は分かりません。
「クレイン様は見て見ぬフリをしていただければ、それでよいのです。相手の令嬢が勝手に動いてくれるでしょう」
「フフフ、妻のいる王太子を寝取るような女の嫉妬は浅はかで愚かですから、すぐに行動に移してくれますわ」
マリッサとアボラがニコリと、それはそれは良い笑みを浮かべてくれたのです。




