ふふふ、計画を始動します
「それよりも、そんなに殿下がクラウディア様を必要とされてらっしゃるのなら、王太子妃に迎え入れられたら如何ですか?」
固まる皆様を無視して、私は自分の意見を述べます。
そうしないと話が進みそうにありませんからね。
私の言葉に、形だけの謝罪を拒否られた夫が目を大きく開きます。
周囲の息を呑む音も聞こえました。
「ま、待ってください、クレイン様。お怒りは十分承知しておりますが、カール殿下も若気の至りというものでして、魔がさしたというか何というか、とにかく謝罪させますので、そのような事を仰るのは……」
宰相が慌てて私たちの間に入ってきました。
私が夫の不貞に怒っているとでも思っていらっしゃるのかしら?
全然、全く、これっぽっちも興味などありませんのにね。
しかも、王太子をつかまえて臣下が謝罪させると言うのは如何なものでしょうか?
私には無価値ですが一応、体面というものがございますでしょうに。
「クレイン嬢、愚息の愚行に我慢ならないのも理解できるが、ここはお互いの国のためを考えてだな……」
陛下が何かゴニョゴニョ仰っていますね。
確かにここサビティ国より私の母国エイワードの方が大国で軍事力もありますので、この婚姻が王太子の不貞により解消されれば、大問題になります。
サビティ国は例え戦争を回避できたとしても、賠償金などを考えますとかなりの痛手になるのです。
それでは友好国として、わざわざこの婚姻を申し出た意味がなくなってしまいます。
私は陛下にできるだけ怒っていない事を示すために、笑顔を作りました。
ですが私の表情筋はあまり働いてくれませんので、歪な表情になってしまったようです。
陛下がビクッと肩を跳ねさせました。
ちょっと失礼ですわね。乙女心が傷つきましたわ。
私はシュンと項垂れる気持ちを叱咤して、抑揚のない声で説明を始めました。
何を言われるのかと身構えるサビティ国の皆様に、私はまずは安心させる言葉を紡ぎます。
「大丈夫ですわ、陛下。王太子妃に迎え入れると言っても、それは今すぐの話ではございません」
「ん、どういう事でしょうか?」
陛下の代わりに宰相が問いました。
「四年後。私が成人を迎える十六歳に、私と離婚してクラウディア様を王太子妃に迎えてください。六年も婚姻生活を続ければ、いくら祖国でも蔑ろにされたと怒る事はないでしょう。それにそれだけあれば、クラウディア様も王太子妃教育をしっかり受けられますわ。私もこの二年、教育を受けさせていただきましたが、幸いな事にあくまで妃教育の一環まででしたので、この国の重要な部分はまだ教わっておりません。ですので十分、母国に帰しても問題はございませんでしょう。成人までは王太子妃の仕事も問題のない程度で行いますので、そこは安心してくださいませ」
微笑む私に宰相はゴクリと唾を飲み込みました。
「た、確かに四年後であれば大きな問題には発展しないかもしれませんが、それではクレイン様はその後どうされるのですか? 側室などの立場に落とされてもよいと仰るのですか?」
「あら、私は離婚すると言いましたわ。離婚して祖国に帰り、実家の侯爵家を継ぎます。現在、我が家には正当な血筋の者がいないのです。ご存知のように我が国は世襲制で当主である母は亡くなり、父は私の後継人にすぎません。そして現在いらっしゃる継子は、侯爵家とは無縁の者です。成人を迎えれば、私が家を継ぐのに何の問題もございません。幸いにも母が生前から仕えていた使用人が、力を合わせて侯爵家を守ってくれています。ですので、私が帰るのを皆が待ちわびているのですわ」
実家に帰ります、と言い切った私は顔を上げて皆様を一望しました。
あら、皆様どうしてそんなお顔で私を見ているのでしょうか?
正直、私はこの二年、夫とはほとんど交流を持っていませんでした。
理由はもちろん、夫は私が子供過ぎて何の興味も持てなかったようです。
胸の話ばかりしているところから分かるように接触は当然ながら、私との会話にも興味が持てないようでした。
夫曰く、子供の私が何を言っているのか分からないそうです。
いえいえ、普通に官僚から受け取った執務について話していただけなのですが、それが分からないと言うのならそれは夫の脳ミソが子供という話なのですが、おかしいですわね?
夫は仕事はできると宰相から伺っております。それなのに分からないと言うのは、私の話を聞く気が一ミリもないという事でしょうか?
それならそれで仕方がありませんので、私は夫と交流を持つのを諦めました。
因みにそれらの仕事は夫に回したところで意味が分からないと言われるので、私が処理して宰相に回しておきました。
ええ、あくまで夫の矜持を潰さないように内密で。
ですから夫と私が離婚しようと、二人の間には何の問題もございません。
「こちらの国には側室制度はございませんでしょう? サビティ国にとって子供ができない妃は無用な者。ですので四年後に、この六年二人の間に子供ができなかった事を理由に離縁すれば、我が国も納得するでしょう。実家に帰されたとて、文句を言うのはお父様ぐらいですわ。ですから障害なく戻れるように、この四年で私も動く事にいたします。どうですか? 双方、利があると思いませんか?」
私の説明に皆様、唖然とされておりましたが、宰相が我に返ったように慌てて反論されました。
「しかし、クレイン様はまだ成人前で、子供などできないのは当然の事です。反対に、できた方が殿下の品位を疑われてしまいますよ。クレイン様の年齢を承知の上で娶った我が国の信頼が失われてしまいます」
確かに成人前の私に子供ができたとなると、いくら夫婦だとはいえ、それは国の醜聞になってしまいます。
ある意味、年頃の夫が私相手に欲情する事無くクラウディア様を相手にされた事は正常といえるでしょう。
まあ、不貞は不貞ですが。
私はハラハラしている宰相に視線を送り、ニッコリと微笑んで見せます。
あら、またビクッとされてしまいましたわ。
そんなに私の表情筋は動かないのでしょうか?
「皆様、ご安心を。そこは上手くエイワード国王にもご納得いただけるように動きますわ。きっと問題など起きません」
そうお伝えしても、皆様納得のいかない顔をされています。
仕方がないので、具体的に説明いたしましょう。
「まずは、エイワードの王太子殿下に手紙を送りましょう。殿下とはそりが合わなかったので、本当の夫婦になる前に離婚したいと申し出れば、個人の話で国の問題には発展しませんわ。王太子殿下は、王女様の代わりに年端も行かない私を送り出した事を大層気に病んでいらっしゃいました。結婚式の際に『何かあればすぐに申せ。妹の代理をしてくれたお前はもう、私にとっては妹と同じだ』というお言葉を頂いております。ですから私がサビティ国とは円満に離婚できるので侯爵家に戻りたいと手紙を書けば、聞き届けてくださるでしょう」
そこまで言うと、皆様は少しだけ表情を緩められました。
けれど宰相だけは難しいお顔のままです。
「それは言い換えれば、クレイン様はエイワードの王太子に妹のように大切に思われているという事ではないのですか? 当初のお話通り友好国の証としての立場を十分に果たしてくれている、そんな貴方様と離婚するというのは我が国にとっては痛手になるのですが……」
「え、そこは仕方がないのでは? 殿下がこのような真似をなさったのですから」
コテンと首を傾げると、宰相が「うっ」と言って胸を押さえました。
あらあら、宰相ってば何を今更の話をされているのかしら?
私を要らないと言ったのは、貴方の国の王太子ですよ。
それにこの国は私を受け入れなかったではありませんか。
それを今更ごねられてもねぇ。
私は宰相を見つめたまま、心の中で呆れてしまいました。




